出会い
日が陰り本が読みにくくなってきた頃、カランカラン、と扉につけた鈴がなった。オードリーが顔を上げると、そこには2人の黒ずくめの人間が立っていた。
膝下まである黒いローブに身を包み、目元まで隠れるほど大きなフードを被っている。ローブで体型が隠れているが、身長が高いことと、かろうじて見えている口元から、2人とも男性だと思われた。
そして、店の外には人だかりができている。
魔法使い様がなんでうちの店に……
疑問には思ったが、オードリーは笑みを浮かべて声を掛けた。
「魔法使い様、何かご入り用でしょうか」
すると、1人の魔法使いが口を開いた。
「あなたがオードリー・クロムウェルか」
「ええ、その通りです」
「それではここが、魔女の薬屋で間違いないか」
「は? 魔女の……なんですか?」
「なんだ、薬屋の店主自身はその呼び名を知らなかったのか」
オードリーには訳がわからず聞き返すと、やはり淡々とした口調で返ってきた。
「あの、別の薬屋と間違えられているのではないかと思うのですが……」
戸惑いながらそう答えると、もう1人の魔法使いが口を開いた。
「あなたがオードリーさんで間違いないんすよね?」
「ええ、オードリーは私ですけれど……」
「1年程前にこの町にやってきた?」
「ええ……」
「夕方になるとお店を閉める?」
「え、ええ……」
「そして扉の真ん中に四角い扉もついている」
「……ついていますね」
名前やら店の閉店時間やらを確認され、肯定するしかない質問をされるたびに不信感を募らせたオードリーは、徐々に笑顔を保てなくなっていった。
一方、尋ねてきた魔法使いはそれだけ聞くと腕を組み、うんうんと頷きながら、もう1人の魔法使いの方を向いて自信満々に告げた。
「レオンさん、やっぱりこの店で間違いないっす」
「ブラッドリー、それは最初からわかっている。本人に確認をとろうとしただけだ」
ブラッドリーはレオンに発言をばっさりと切られたが、まるでそれがなかったかのように今度はオードリーの方を向き、困惑を隠せていないオードリーに同じ調子で告げた。
「オードリーさん、この店は、町の人たちに魔女の薬屋って呼ばれているんすよ」
「わ、私、魔女じゃありません! ただの薬屋です!」
オードリーは思わず大きな声で叫んだ。すると、ブラッドリーはオードリーの気が動転していることに驚いたようで、慌てて優しい声でオードリーをなだめ始めた。
「オードリーさん、安心してください。町のみなさんはオードリーさんが本当に魔女だなんて思ってないっす。なんでも、薬がよく効くことと、オードリーさんが夜になると外に出てこないことから、そう噂されてるだけらしいっす。気にすることじゃないっすよ、ね、レオンさん」
ブラッドリーがレオンの方を見るとレオンははぁ、とため息をつき、先程より少し優しい口調で言った。
「本当にあなたが魔女だなんて思ってはいない。何も疑っていないから、落ち着いてくれ。念のため薬に魔力が含まれていないか確認するために、寄らせてもらった。それに、これはこの町全ての薬屋でお願いしていることだ」
「……わ、わかりました。どの薬が必要でしょうか」
「今ある全ての薬を2つずつほしい。検査した薬は使用できなくなるため、代金はお支払いする」
オードリーは慌てて薬を準備し始めた。日がどんどん落ちていっており、店内も暗くなってきている。急がなければ、暗いから蝋燭に火を灯せと言われるかもしれないと思うと、余計に焦りが出てしまう。
「お待たせいたしました。こちらが今ある全ての薬になります」
オードリーはカウンターの上に薬を広げ、魔法使いに言った。
「ありがとう。すぐに終わる」
レオンとブラッドリーはそれぞれ、どこからか取り出した小瓶に、1種類ずつ薬を入れ始めた。薬を入れ終わると、その全ての小瓶に無色透明の液体を少しずつ入れていく。すると、全ての薬がすぐに溶けてしまった。
レオンたちはしばらくその小瓶を眺めていたが、全ての小瓶に栓をすると、またどこかに収納する。
「薬に魔力がないことは今証明された。代金はここに。外の者たちに、この薬屋は問題ないと、言っておこう。ご協力、感謝する」
レオンはオードリーに手を差し出してきた。恐る恐るオードリーも手を出すと、レオンの手が伸びてきてしっかりと握手をされる。しかし、その手はすぐに離され、2人は店を出ていった。
もうかなり暗くなっている。オードリーは2人を見送ると、すぐに店の扉に鍵をかけ、カーテンを閉めて蝋燭に火を灯した。そしてそのまま、いつも座っている椅子に腰をかけ、カウンターに突っ伏した。
オードリーは、町の人たちに魔女と呼ばれていたことと、魔法使いたちが店内にいる間に日が暮れていくことに動揺してしまった。魔法使いたちは問題なしと言っていたが、その行動を怪しまれたのではないか、明日から町の人たちの態度が変わるのではないかと考えてしまう。
「もう、この町から出た方がいいのかもしれない」
オードリーはそう悲しそうに呟くと、むっくりと顔をあげた。蝋燭の灯りに照らされたその瞳は、まるで血のような暗く赤い色をしていた。