精霊
オードリーは状況についていけず、突然現れた訪問者に悲鳴をあげることもできないまま、嫌そうな顔をして立っている男性を呆然と見つづけていた。背が高く兵士のようにがっしりとした体形をしているくせに、その顔は優男風に整っており、顰めた顔にはいやに迫力があった。
何これ、この人誰、どこから現れたの……
グルグルと思考が回りまともに考えることもできずにいると、男性はさらにその顔を歪めてオードリーの胸倉を掴んで椅子から引っ張り上げた。ひぃっとオードリーは小さく悲鳴を上げたが、男性は苛立った様子でオードリーに顔を近づけ、ジロリとオードリーを睨みつける。
「だから、お前は誰なのだ。何故私の名を知っている。いい加減答えたらどうだ」
「わ……わかりません。貴方のお名前も知りません」
「ああ? 名前を呼んで俺をここに呼びつけたのはお前だろうが」
そんなこと言われても、とオードリーは男性から顔を逸らしながら弱々しく答える。オードリーの怯えように、男性はさらに苛立ちが増したようだった。その気迫に押され、オードリーはあまりの恐ろしさにぎゅっと目を瞑った。
「お前、人間だろう。何故俺を呼びつけることができた」
オードリーは泣きそうな顔で先ほどまで読んでいた本をそっと見ると、震える手を上げ静かに指さした。男性は訝しげに目を細めると、オードリーから手を離しその本を手に取る。そして開かれていたページを黙って一読すると、ふんっと鼻で笑い馬鹿にしたような顔でオードリーを見下ろした。
「この呪文を読んだだけだとでも言いたいのか。確かに俺の名が入っているが、これは精霊同士でしか使えない。俺を馬鹿にしているのか」
「でも……本当に……それを口に出して読んだだけで……」
「正直に話せ。どうやって俺を呼んだ」
オードリーは堪えきれず、瞳から涙があふれ出た。男性の方を見ることができず、オードリーは震えた小さな声で懸命に声を搾り出した。
「……本当に、その言葉を読んだだけです。……あなたは、精霊のレナードさんなのですか……?」
「そうだ。……お前本当に、何も知らないのか」
「すみません……何が何やらわかりません……」
レナードはオードリーのあまりに怯えた様子に、呆れたようにため息をついた。その表情からは幾分か苛立ちが和らいでいた。目の前で静かに泣き続けるオードリーを今度は困った様子で眺めると、やや優し気な声音で声をかけた。
「……おい、お前、名前は?」
「……オードリー・クロムウェルです」
「精霊にあったことは?」
「……ありません。……最近まで精霊という言葉自体知りませんでした。あなたは本当に精霊なのですか」
「何度言えばわかる。精霊だと言っているだろう。……堂々巡りかよ」
レナードは再度ため息をつくと、近くにあった椅子を引き寄せどかりと座り込んだ。
「とりあえず、落ち着け。別にとって食おうというわけじゃない。俺はどうしてお前が俺を呼べたのか知りたいだけだ。本当に、この言葉を口に出しただけなんだな?」
「……誓って嘘はついていません」
「……わかった。信じよう。何もしないからとりあえず泣き止んでくれ」
レナードはそれから一言も言葉を発さず、オードリーが泣き止むのを静かに待っていた。オードリーが涙をハンカチで拭きながら恐る恐るとレナードを見ると、困惑したような表情でオードリーを眺めていた。中々泣き止まないオードリーにレナードはすっかり毒気を抜かれたようだった。




