閲覧許可
終わりの鐘が鳴り響き、さあ今日は終業だ、という頃だった。フレドリック・レイナーの調査報告書の閲覧許可が下りたと、グレイスが研究室に駆け込んできた。ツカツカソとソファに向かって歩き、疲れた様子で腰掛ける。苛立っているようなグレイスの様子に、室内には張り詰めた空気が流れた。つられて、オードリーも思わず緊張する。
「それはまた、随分と早いですね。申請して2時間くらいしか経っていないでしょう?」
レオンは動じることなく、隣で固まっているブラッドリーにお茶の用意を頼むと、胡乱気な表情でグレイスを見た。この手の閲覧申請に対し許可が下りるまでには、通常、中1日の時間が必要だ。申請書を記入した後、まずはその申請理由等が妥当かどうかなどが確認される。そして上官、さらに上官へと書類が回っていき、何人もがそれを確認して署名する。
こんなに早く許可が下りることはまず有り得ない。
「私が申請した時には既に所長が申請してたのよ。あの人、自分の立場を使って急がせたみたい。苦情を受けるのは私なのよ?」
全くもう、とグレイスは愚痴をこぼしている。グレイスの言葉に、レオンは気の毒そうな顔でグレイスを見た。
「それは……ルイス所長ならやりかねませんね。では、明日の朝からブラッドリーと共に調査に入ります」
「そうして頂戴。はい、これ」
グレイスの様子に、レオンは余り刺激しないよう言葉を選びながら声をかける。そんなレオンを気にすることなく、グレイスは半ば投げやりに許可証を押し付けた。
ブラッドリーがグレイスの様子を伺いながら、紅茶の入ったティーカップを恐る恐るグレイスの前に置くと、グレイスは何も言わずに静かにそれに口付ける。ブラッドリーは逃げる様にその場を離れ、グレイスから出来る限り離れる方向へと移動した。
グレイスは暫くティーカップを忙しなく動かしていたが、突然、あ、と何かを思い出した表情になり、オードリーの方へと顔を向けた。そして今度は申し訳なさそうな表情をして、顔の前でパンっと手を合わせる。
「オードリーさん、明日なんだけど、自室で待機していてもらえないかしら。レオンもブラッドリーも1日いないし、研究室から誰もいなくなる時間があるのよ」
そう言ってチラッとオードリーを見上げるグレイスに、オードリーは肩の力が抜け、笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。元々ここでも本を読んでいるだけですから。自室から1歩も出なければいいんですよね?」
「ごめんなさいね。助かるわ。食材は残っているかしら?無かったら食事は持っていくわ」
オードリーが笑顔のまま食事を断ると、グレイスはホッとしたような顔になった。明日は皆忙しいようだ。
「では、今から図書館へ行こう。新しい本を借りておいた方がいいだろう」
「それがいいわね。今日はもう帰りなさい」
レオンの提案に、グレイスはにこにこと笑って2人に退室を促した。オードリーはレオンの気遣いを有難く受け取ることにしてこくりと頷く。そしてグレイスにむかってぺこりと頭を下げると、レオンと共に図書館へ向かって歩き出した。