我儘
第三研究室では、エヴァンに集められた面々がぽかんと呆けた顔をしていた。いつも好々爺然とした雰囲気を崩さない所長が、珍しく興奮した様子で今更確かめようもない話をしたのだ。驚かない訳がない。
エヴァンの話が終わってしばらく無言が続いた後、腕を組んで考え込んでいたグレイスが、写真を持ってにこにこと笑っているエヴァンを見つめてゆっくりと口を開いた。
「あの、ルイス所長、もしこの方が本当にオードリーさんのお父様だったとしましても……この方についてはわからないことだらけですし……流石にもう……その、ですね……」
グレイスの話を聞きながらにっこりと笑みを浮かべ続けるエヴァンに、グレイスは言葉を無くしていく。何も言えなくなると、右手を額に当て長い長いため息をついた。そして何かを諦めたような顔つきになり、今度は両手を腰に当てた。
「わかりました。フレドリック・レイナーについても調べてみますわ。もう20年も昔のことでどこまで調査できるかはわかりませんので、あまり期待なさらないでくださいね」
「お願いしますぞ」
エヴァンはそれはもう満足そうに笑うと、「それでは」と言い残して研究室から出ていった。
「あぁ、もう。あのご老人は本当に勝手なんだから」
グレイスはソファに勢いよく倒れこむと、再度長いため息をついた。そしてひじ掛けにもたれかかり頭を抱えている。
「すみません。私が父に似ているなんて言ってしまったので……」
オードリーはグレイスたちの様子に申し訳なくなり、頭を下げる。エヴァンと2人で話していた時には、こんな風に困らせる事になるとは思ってもみなかったのだ。
「いいのよ。本当に似ているんでしょう?他人の空似という可能性の方が高いかもしれないけど、調べてみる価値はあるわ。……それに所長はフレドリック・レイナーに対して本当に執着しているのよ。いつかこうなると思っていたわ」
落ち込んでいるオードリーに、グレイスは弱々しく微笑みを向けた。グレイスはオードリーに対していつも笑顔だったが、今回ばかりは本当にオードリーを労わっているのだと感じとれる。
「ミラー室長、そうは言っても第三研究室の中でフレドリック・レイナーと関わりのあった者は誰もいません。確かに彼の話は有名ですが、その功績と失踪について話を聞いたことがあるだけです。一度彼を知っている者に話を聞いてはどうでしょうか」
「そうねぇ。ってことは第四かしらね。あそこに所属している人たちは大抵異動したがらないから、年寄りも多いのよね」
レオンの意見にグレイスは嫌そうに顔を顰めて頷くと、またため息をついた。
「とりあえず、当時の調査報告書の閲覧申請をしておくわ。許可が下り次第、レオンとブラッドリーはフレドリック・レイナーについての調査を始めて頂戴。……ああ、ほんっと頭が痛い」
グレイスはよろよろと立ち上がると、研究室から1人静かに出ていった。




