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柘榴石の瞳  作者: 美都
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20年前

 エヴァンは興奮冷めやらぬ様子で写真を見ながら、オードリーの父についてオードリーに尋ねてきた。オードリーは呆然としながらも、聞かれたことに答えていく。


 どこでどんな生活をしていたのか、など今までにグレイスたちにも聞かれたことを、フレッド目線で話してみる。オードリーは久しぶりに父親について考えることになった。


 そんな中、エヴァンは唐突に質問を変えた。


「オードリーさんから見たお父上は、どういった人ですかな?」

「仕事が大好きな人でした。最後の最後まで、仕事に生きていました。薬のことについてはすごく厳しくて、私は必要な知識や技術を全て父から叩き込まれました。

 一方で、お店に立つとどんなお客様にも優しく紳士的で、周りの人から好かれていました。でもそれ以上に、私の事を愛してくれる、優しい父親でした。どんなに仕事をしやすい町でも、私を守ることを最優先にしてくれて……」

「良いお父上だったんですな。今のオードリーさんの笑顔を見ればわかります」


 エヴァンの言葉に、オードリーは思わず顔を赤らめた。先ほどまでは何とも言いあらわせない混沌とした気持ちであったのに、フレッドのことを思い出しながら話していると、温かい気持ちに変わっていた。


 しばらくしてエヴァンが何も言わなくなると、オードリーもフレドリックの事を尋ねてみることにした。


「フレドリックさんは、本当に父なのでしょうか。どういった方だったのか、教えていただけますか?」

「そうですね。少し長くなりますがよろしいですかな?」

「もちろんです」


 オードリーが頷くと、エヴァンはぽつりぽつりと昔話を始めた。


 エヴァンが彼、フレドリック・レイナーと出会ったのは、30年前のことだ。エヴァンの働く第四研究室にフレドリックがやってきた。その頃フレドリックはまだ学校を出たばかりであったが、珍しく第四研究室が名指しで引き入れた期待の新人だった。


 フレドリックは生まれた時から魔力が人並み外れて多く、その使い方もセンスが良かった。加えて頭も良く、学生時代には座学でも実技でもトップの座を譲ったことがなかったという。さらに、父親が生前薬師であった関係で、薬学にも明るかった。


 エヴァンはフレドリックが第四研究室所属となると聞いた時、きっと嫌味な奴に違いないと思っていた。彼の話を聞けば聞くほど、その才能が羨ましく感じ、嫌な奴であって欲しいと願っていた。


 しかし、初めて会った彼は、人付き合いの上手な好青年だった。その一方で、実はエヴァンと同じように薬にしか興味のない変人だった。


 それを知った時、あれだけ嫉んでいた気持ちが和らぎ、2人は意気投合した。


 エヴァンにとってフレドリックは仕事の良いパートナーとなった。そしてプライベートでも、気の置けない友人となった。10程歳も離れていたのに、そんなことも全く気にならなかった。


 フレドリックの活躍は目覚ましく、彼が在籍していた10年間で、現在使われている多くの薬を開発した。魔力を込めなければ普通の薬として使えるものも多く、薬学自体を進歩させたと言っても過言ではなかった。


 しかし、20年前、彼は忽然と姿を消した。部屋には荷物が残っておらず、彼の魔力は王都の外れの森を最後に世界から消えていた。しかしそこには亡骸もなく、生きているのか死んでいるのかさえ判断できなかった。


 魔法使いの失踪ということで、時間をかけて調査を行ったものの、結局彼は死亡したという扱いになり、研究所でその話を口にする者はいなくなった。


 エヴァンは当時、そのことにひどくショックを受けた。フレドリックが自分に黙っていなくなったことにも、生死がわからないことにも。


 正式に死亡とされたため調査を続けることもできず、仕事に没頭することで悲しみを忘れようとした。ただ、一緒に撮った写真をどうしても捨てることができなかった。


 オードリーの件で問題となっている試験薬と呼ばれる魔力感知液は、当時フレドリックが開発していたものだ。他の者が引き継ぎ研究を進めたが、彼の力なしではさらに10年の時間を要した。それだけ彼には才能があったのだ。


「薬学に関しても魔法に関しても、さらに言うのであれば人間性に関しても、非の打ちどころのない人でした。私は彼が大好きだった」


 過去を懐かしむように微笑みながら話していたエヴァンだったが、彼の失踪に関しては20年経った今でも辛く悲しい現実のようだった。


「フレドリックさんがいなくなった原因に心当たりはなかったんですか?」


 オードリーがおずおずと尋ねると、エヴァンは悲しそうに首を横に振った。


「いいえ、全く。彼の人生は順風満帆だったように思います。ただ、そう、1度だけ彼が悩んでいたことがありましたな。好きな女性がいるけれども身分の差がある、と。

 しかしですな、こう言っては何ですが、彼ほど優秀な魔法使いであれば、どんな貴族だろうと結婚できるのですよ。魔法使いは国の為に働きさえすれば、大抵のことが自由になるのです。

 相手の親だって、娘を魔法使いと結婚させることに喜びこそすれ厭いはしません。だから安心して彼女に想いを打ち明けてはと話しました。

 本当にそのくらいしか、彼が思い悩んでいたことに心当たりなどないのです。もし彼女に袖にされていたとしても、失踪するほど心が弱くもないですしね。それに、魔力を封印するには大掛かりな儀式が必要なのですよ。だから失踪ではないとされておりましてな」


 エヴァンは一瞬苦笑いを浮かべたが、またすぐに元の穏やかな笑みに戻った。


「フレドリックが本当にオードリーさんのお父上かどうかはわかりませんが、このことは第三研究室の面々にも通達しましょう。何か解決の糸口が見つかるかもしれませんぞ。余計にからまるかもしれませんがね」


 エヴァンは立ち上がると、ソファに座るオードリーにそっと手を差し伸べた。


「それではオードリーさん、早速第三研究室へ向かいましょう。こちらへ呼ぶより我らが行った方が早いですぞ」


 オードリーは微笑みながら、静かに自分の手を重ねた。

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