魔法使い
翌日、お昼の鐘がなりオードリーが店を開けると、花屋の息子が飛び込んできた。
「こんにちは、オードリー。ごめんね、昨日、父さんのお薬貰いにくるの忘れちゃった」
「あら、ハリー、こんにちは。それはいいのだけれど、大丈夫? 昨日は何かあったの?」
ハリーに渡す薬を準備していると、ハリーは待合の椅子に座って楽しそうに話し始めた。
「オードリー、知らないの? 昨日、王都から魔法使い様が来たんだよ。町のみんなが大通りに集まっててね、僕もアレンと一緒に見てきたんだ」
「魔法使い様が?」
「そうだよ。すごかったなぁ。町の関所からね、黒いローブを被った魔法使い様が、2人入ってきたんだ。フードをすっぽり被っていて、顔は見えなかったんだけどね。僕、魔法使い様って物語でしか聞いたことなかったから、本当に真っ黒なんだなってびっくりしたんだ。周りの大人たちもね、魔法使い様がいらっしゃった、すごい、すごいって騒いでいて、建国の日のお祭りみたいに盛り上がってたんだよ」
そうなの、と相槌を打ちながら、オードリーは昨日お客さんが少なかった理由を理解した。
この国では、魔力を持つ者は「神の祝福を与えられた者」と呼ばれるほど、非常に稀有な存在である。魔力を持った子供は、1年間で10名程度しか生まれないとされている。
魔力は遺伝するとは限らず、どんなに遡っても魔力持ちの先祖がいないのに、魔力持ちの子供が生まれることもある。未だ魔力持ちが生まれる仕組みは解明されていない。
魔力を持つ者は王立魔法学校への入学が義務付けられており、13歳で入学し、18歳までの5年間で魔法について学ぶことになっている。校内にある寮での共同生活を行わなければならず、年に1度ある長期休暇のみ帰省が許される。
多くの国民にとっては閉ざされた未知の世界だ。魔力を持ってさえいれば、貴族、平民、男女問わず入学が可能であり、魔法学校を卒業した後は、所謂エリートと呼ばれる道に進むことが約束される。
そのため、魔法使いは国民の憧れであった。
そして、ヴォレンティーナの町では、少なくともオードリーが知るこの1年、魔法使いが訪れたことも、魔法学校の学生が帰省したことも、魔法の使えるものが生まれたこともなかった。そもそも、オードリーは今まで魔力を持っている者を見たことがない。
確かに、お祭り騒ぎになるわよね。こんな国境にある町に、魔法使い様がいらっしゃったんじゃあ……
そんなことをオードリーが考えていると、ハリーが不思議そうに尋ねてきた。
「ねぇねぇ、オードリー。魔力持ちって珍しいんだよね? だから、魔法使い様って、滅多に見られないんだよね?」
「ええ、そうよ。魔力を持つ人って、ほとんどいないそうよ」
「じゃあ、その人が魔力を持ってるって、どうしてわかるの? 王国は広いんだから、魔力を持ってる人が本当にその人たちだけ、なんてわからないんじゃないの?」
「え? そうねぇ。なんでだったかしら」
オードリーは、うーん、と少し考え、あぁそうだと思い出したように答えた。
「魔力を持った子供が生まれるとね、その魔力を王都の研究所が感知するのよ。いつ、どこで生まれた子供かわかるの。そうすると、そのお家に王都から魔法使いがやってきて、間違いなく魔力持ちである事を確かめるそうよ」
「へぇ、そうなんだ。やっぱりオードリーは物知りだね。昨日おんなじ質問を父さんと母さんにしたんだけど、2人ともわからないって答えてくれなかったんだ」
「私も昔、人から教えてもらっただけよ。私には無理だけれど、薬を作るのに魔法を用いることだってあるから、基本として教えられただけ。魔法使いなんて関わることもないから、忘れていたくらいだし。結局、私には薬の知識しかないわ」
笑いながらオードリーが薬を渡すと、これで僕も1つ賢くなったよ、とハリーは楽しそうに受け取った。
「じゃあ、魔法使い様が来たってことは、もしかしてこの町で魔力持ちの子供が生まれたのかな」
「かも知れないわね。あらハリー、帰ってお家のお手伝いをしなくていいのかしら? アレンと遊ぶ時間、なくなっちゃうわよ?」
あ、そうだった、とハリーは薬のお礼をいいながら、慌てて店を飛び出して行った。
まぁ、魔法使い様がいらっしゃっていようが、私には全く関係ないわね。
オードリーは誰もいなくなった店内で1人、昨日の続きのページから薬学書を読み始めた。