泣き虫
俯きがちになりながらも淡々と最後まで話し終えると、オードリーはふぅと息を吐き出した。しかし、その後誰も言葉を発しない。
不思議に思って顔を上げる。それぞれが神妙な面持ちをしており、重苦しい空気が漂っていた。自分の生い立ちはやっぱりそんなに重い話だったのねと、オードリーは再度ため息をつきたくなる。
空気を変えようとオードリーが口を開こうとした時、グスッグスッと鼻をすする音がし始めた。
その音のする方を向くと、報告書を読んでいた筈の3人がソファの横に並んで立っていた。その1番右端で、ジェフリーがハンカチを顔にあてて泣きじゃくっている。その横では、モーリスが無表情でジェフリーの頭をガシガシと撫でていた。
「オ、オードリーさん、つ、辛かったですよねぇ」
そう言って泣き続けるジェフリーに驚きながらも、オードリーは微笑んだ。
「辛くない、と言えば嘘になりますが、それでも幸せだと思っています。両親の愛情を受けて育ちましたし、お金にも困っていません。夜だけ部屋に閉じこもっていればいいだけですから」
「そ、それでも辛いですよぅ。お、お友達から晩御飯に誘われても、お断りしなきゃいけないんでしょう? 僕だったらそんなの耐えられません。そ、それに……こ、恋人……だって作れないし。そ、それにそれに、ば……ば、化け物だなんて……うぅ」
オードリーの笑みを見てさらに酷く泣き始めたジェフリーに、オードリーはどうしたらよいかわからずオロオロしてしまう。
オードリーは自分の境遇に心を痛めてくれる人に慣れていなかった。今までの人生でオードリーの瞳を受け入れてくれたのは両親だけであったし、友人には隠し続けてきた。
ジェフリーのあまりの泣き様に、オードリーは段々と申し訳ない気持ちが押し寄せてきた。
「ジェフリー、そのくらいにしておけ。オードリーが困っている」
「モーリス、だってぇぇぇ」
「毎度のことだが、お前はいい歳して泣きすぎだ」
モーリスは呆れ顔でため息をついた。椅子を持ってきて、中々泣き止まないジェフリーを座らせ、文句を言いながらも優しく背中をさすってやる。子供の様に泣き噦るジェフリーに、オードリーは自分より歳上ということが信じられなくなってくる。
グレイスはそれを横目に額に手を当ててため息をつくと、オードリーに同情の入り混じった笑みを向けた。
物心ついた時から母親がいないということと、特にここ2年は天涯孤独ということで、同情の眼差しには慣れていたし敏感でもあった。またかと思いながら、オードリーもグレイスに向けて笑みを作る。
「ごめんなさいね。ジェフリーは無視して頂戴。泣き虫なのよ。その内落ち着くから。では、いくつか質問させて貰うわね」
グレイスはオードリーが話している間動き続けていた羽ペンを手で掴むと、ペン先をインクにそっと浸した。そして新しい用紙を取り出し、そこに何やら書き始めた。
「まず、ご両親の髪と瞳の色は?」
「父も母も、茶色の髪に緑色の瞳です」
「うんうん。じゃあ出身地は?」
「父は王都だと聞いていますが、母はわかりません」
「……そう。オードリーさんの師匠はお父様という事だけど、お父様が誰に師事していたかわかるかしら?」
オードリーは静かに首を振る。一瞬言葉を詰まらせた後、躊躇いがちに口を開いた。
「……あの、父は昔の話をすることを酷く嫌がっていて、殆ど教えてもらったことがないんです。私が生まれたアンバーという村の事までは教えてくれたのですが、それより昔のことは全く。親戚がいるのかどうかすらわからなくて」
すすり泣きにまで収まっていた泣き声が大きくなり、オードリーは口元に笑みを浮かべたまま顔を引きつらせた。




