オードリーの秘密
「さて、じゃあ始めましょうか」
グレイスは全員を見回すと、足元に置いていた鞄から数枚の用紙を取り出した。
「レオンとブラッドリーは報告書ご苦労様。全て読んだわ。あなたたち3人も、この後目を通しておきなさい」
グレイスはその紙の束を近くにいたモーリスに渡すと、今度は鞄から1つの小瓶を取り出した。もう何度も目にしたグレイスの薬が入ったものだ。
「ヴォレンティーナに魔法薬があるとの噂の件だけど、別のものが見つかったのよ。こちらのオードリーさんの薬なんだけど、面白いことになったわ」
グレイスが小瓶を軽く振って見せると、アビーが目を開いてそれを奪い取った。
「室長、これ、溶けたってこと?」
「そういうことよ」
「へぇぇ。おもしろーい」
目を輝かせて小瓶を見つめるアビーを無視して、グレイスは話を続ける。
「今のところ、オードリーさんの薬に何かがあるのか、この試験薬に問題があるのかはわからないわ。でも、魔力が含まれていないといっても、この正体不明の薬を売らせ続けるわけにいかないし、この薬を口にした人は既に大勢いるのよ。それに、試験薬に問題があった場合は、今までの結果が意味をなさなくなってしまうわ。どちらにせよこれは早急に解決しなければなりません。全員今持っている仕事は後回しにして、この問題の解決を最優先にしなさい」
グレイスの言葉に、5人はそれぞれ返事をした。それを確認した後、グレイスは神妙な面持ちで口を開いた。
「それと、研究所全体に緘口令が敷かれます。今から言うことは外部に漏れるとオードリーさんが困ることになるから、誰にも言うんじゃないわよ。信じられないとは思うけど、オードリーさんは夜になると瞳が赤くなるのよ。そのことを承知しておきなさい」
「……は?」
「室長、なにおかしなこと言ってるのー? そんな人いるわけなーい」
モーリスはさらに険しい顔つきとなり、ジェフリーはきょとんとしている。アビーに至ってはケラケラと笑い始めてしまった。グレイスは呆れた顔でため息をつく。
「アビー、笑うのをやめなさい。信じられなくても、今夜身をもって理解することになるわ。それに、これは所長の出した緘口令よ。破ったらどうなるか、わかっているわね?」
「わ……わかったよぉ」
グレイスにじーっと見つめられ、アビーは笑うのをやめて小さな声で呟いた。
「まぁ、いいわ。とりあえず、3人はその報告書を読みなさい。終わったらそれぞれに指示を出すから」
グレイスは手でしっしと3人を追いやると、今度は鞄から白紙の用紙と羽ペン、インクを取り出す。それらを机の上に置いて手をかざすと、羽ペンが浮き上がりインクの蓋が開いた。驚いてその様子を見つめているオードリーにグレイスはいつもの笑みを浮かべた。
「さて、オードリーさん。まずは生い立ちから聞かせてもらえるかしら?」
グレイスの声に合わせて、羽ペンが用紙にカリカリと文字を書き連ね始めた。




