宿舎
レオンとブラッドリーを部屋から追い出し扉を閉めると、グレイスはオードリーに向かって微笑んだ。
「じゃあ私たちも行きましょうか。しっかりとフードを被っていてね。少し歩くから」
オードリーはグレイスに従い、ソファから立ち上がった。フードを目深に被り、レオンが置いていった自分の荷物を背負うと、扉から廊下に出る。グレイスは部屋の蝋燭の火を全て消し、部屋を出て扉に鍵をかけた。
「グレイスさん、聞いてもいいですか?」
歩きながら、オードリーは恐る恐ると言った様子で口を開いた。それを見たグレイスは一瞬呆れたような顔をしたが、すぐににこりと笑った。
「答えられることには答えるっていったじゃない。答えられないことは、ちゃんと答えられないって言うからね。研究所内の人間は基本的に他人に無関心だけど、そんなにおどおどしていちゃ目立つわよ。で、なにかしら?」
「私の薬は、かなり怪しいものなんですよね。そうす……」
「その話は明日でいいかしら」
グレイスは慌てたようにオードリーの口を手でふさいで、ひきつったような笑みを浮かべた。オードリーがコクコクと頷くと、グレイスは元の穏やかな笑みを浮かべて手を離す。
「じゃあ、行きましょうか」
そう言ってグレイスは何事もなかったかのように歩き出した。オードリーはそれから何も言えず、ひたすらその後ろをついて歩いた。
しばらく歩くと、急に周りの雰囲気が変わった。廊下にはドアノブのついた扉が並び、それぞれ人の名前が書かれたプレートが付いている。そして、人通りが多くなった。黒いローブを羽織っていない人も多い。皆オードリーを不思議そうに見ては、すぐに興味を失ったようにふいっと顔をそむける。
「もう宿舎に入ったわ。見ての通り、皆あんまり他人のことに興味がないの。だからオードリーさんも周りの目を気にしなくていいわ」
グレイスは右手に見えた階段をさらに上っていく。1階上は、先ほどより部屋数が少なく、扉と扉の間隔があいていた。そして、廊下には誰もいなかった。
「この階は、室長クラスの階なの。と言っても、多くは城下町にある自宅から通勤しているから、空き部屋が多いわ。さて、ここがオードリーさんの部屋よ」
グレイスは廊下の突き当りから2つ目の部屋の前で立ち止まる。そして、その右隣り、突き当りから3つ目の扉を指さした。
「そしてこっちが私の部屋。何かあれば来るといいわ」
そう言ってから、グレイスはオードリーに宛がう部屋のドアノブを回し、扉を開いた。蝋燭に火が灯り、オードリーが最初に目にしたのは、オードリーが今までに住んだどの部屋よりも広いダイニングルームだった。キッチンが備えつけられており、自炊できるようになっている。奥には大きな窓があり、左手にはさらに2つの扉があった。
「手前の扉が浴室、奥の扉が寝室よ。キッチンと浴室は魔力を使うようになっているから、魔力が足りなくなったら教えてちょうだい。食器とか足りないものは、そのうちレオンが買い出しに連れていくと思うわ。それじゃあ今日はゆっくり休んでちょうだい。明日の朝8時に迎えに来るわね。食材は今は無いでしょうから、朝食は研究室でとってもらうわ。鍵は必ずかけておいてね」
グレイスはオードリーが口を挟む隙が無いほどの勢いで話すと、にっこりと笑ってさっさと部屋を出て言った。残されたオードリーはグレイスに挨拶もできず、その場に立ち尽くした。
グレイスさんのあの笑顔、ちょっと怖いわね……
オードリーはグレイスの表情を思い出しそんなことを思ったが、慌ててその考えを払うように頭を振る。そして、今日はもう休もうと背負っていた荷物を床に降ろし、扉にしっかりと鍵をかけた。




