過保護
「さて、食事も終わったことだし、今日はもう休みましょうか」
食事を終えて一息ついた頃、グレイスがオードリーを見て微笑んだ。
「オードリーさん、明日は朝から話を聞かせてもらうわね。生い立ちから、色々と」
グレイスはオードリーが静かに頷くのを見ると、今度はレオンとブラッドリーの方を向いてにっこりと笑う。
「レオンとブラッドリーは明日までに報告書をまとめておきなさい」
「え、今からっすか。俺もう休みたい……」
「やりなさい。明日、朝一に確認しますからね」
グレイスの笑みには逆らえない気迫があり、ブラッドリーは渋々と頷く。そして、そんなぁ、と言いながら、ソファの背もたれに身体を預けた。それに対し、レオンは素直に承知した後、オードリーの方を見ながら口を開いた。
「では、私はオードリーを部屋まで送ってから、研究室に戻ります」
その言葉に、グレイスは呆れたような顔をしてレオンを見た。
「あのねぇ、オードリーさんの部屋は私の隣なのよ。私が一緒に行くから、2人はこのまま研究室に行きなさい。全く、フードの件と言い、レオンはオードリーさんに優しいわね。普段はそんなタイプじゃないくせに」
「……そんなことは……」
「はいはい。フードだって、オードリーさんだけが目立たないように研究所内で被って歩いてたんでしょう」
答えに詰まり、レオンは黙り込んだ。グレイスはレオンが返答できないことを確信したようで、レオンとブラッドリーを部屋から追い出しにかかる。
「さぁ2人もこの部屋から出た出た。仕事しなさい、仕事。ついでに片付けもよろしく」
グレイスは2人をソファから立たせ、容器の入った紙袋を押し付けると、扉の方へと追い立てていく。レオンとブラッドリーはその気迫に押され、黙ってグレイスに従うしかなかった。
グレイスは自ら扉を開けて2人を外に押し出すと、険しい顔をして2人を見上げた。そしてそっと2人に近づいて、小さく、けれども厳しい口調で呟いた。
「オードリーさんは調査対象なのよ。深入りはやめなさい。特にレオン。理由は想像がつくけど、割り切りなさい」
レオンとブラッドリーが何かを返す前に、グレイスはさっさと扉を閉めてしまう。パタンと目の前で扉が閉まり、レオンとブラッドリーはしんと静まり返った廊下に立ち尽くした。もう遅い時間であるため、廊下には誰もいなかった。
「行くか」
ポツリと呟いてレオンが歩きだすと、その隣にブラッドリーが並んだ。2人で研究室に向かっている途中で、レオンがぼそりと呟く。
「なぁ、俺はそんなに深入りしているか」
「してるっす。というより、もはや過保護っすよ。何でもかんでもオードリーさんのことを気にかけて、心配して。前も言ったっすけど、感情移入しすぎっす」
普段はふざけが過ぎている年下の同僚に真面目に即答され、レオンははぁとため息をついた。宿でブラッドリーに言われた時から気をつけようと意識したつもりだったが、どうしてもオードリーの事を気にしてしまっていた。
しかも上司から釘を刺される程に、それが態度に出ているのだ。そしてそのことを指摘されるまで、行き過ぎた行為であることに気づいていなかった。
「まぁでも、俺もオードリーさんの雰囲気に絆されちゃってるっすから、あんまり人のこと言えないんすけど」
ブラッドリーは続けざまにそう言ったが、レオンは思い詰めたような顔をして考え込んでおり、ブラッドリーの言葉が聞こえていないようだった。ブラッドリーはその様子に肩をすくめると、研究室まで一言も発することなく歩き続けた。