所長室
誰もいなくなった室内で、エヴァンは1人椅子に座り、ふぅと一息ついた。
久しぶりに、精霊なんてものを思い出しましたね……
ふふふと笑いながら、オードリーの顔を思い浮かべる。茶色の髪に血のように赤い瞳を持つ、おどおどした少女。それがエヴァンから見たオードリーの印象であった。
昼間に瞳が緑色になれば、オードリーはおどおどしなくなるのだろうか、とふと思いつき、エヴァンは明日の昼間に会いに行ってみようと決める。
しかし、瞳の色が変わるということは、さぞや生きにくい人生だったのでしょうね……
オードリーが夜になると家の中から出てこなくなるであろうことは、先ほどのオードリーの様子から想像するに難くなかった。オードリーの気持ちを考えると、エヴァンは心が痛くなる。
そういえば、オードリーさんは薬屋を営んでいると言っていましたね。彼女が店主ということは……
そこまで考え、エヴァンはハッとすると、考えを振り払うように頭を振った。
いやしかし、オードリーさんはまだ若い。17、8といったところでしょう。なのに薬屋の店主ということは、ご両親は……
既に死んでいるか、彼女を捨てたかの2択であることにどうしてもたどり着いてしまい、エヴァンは顔をしかめた。
オードリーの薬のように、試験薬に何かが溶けたというのはエヴァンにとっても初めてのことであった。
試験薬とオードリーの薬、どちらに問題があるにせよ、これは早急に解決しなければならない問題だ。試験薬の方に問題がある恐れが残っていると、これからの薬屋の調査に支障をきたしてしまう。
それに、オードリーからは魔力を全く感じなかったが、彼女自身に何かがないとも限らない。レオンたちがオードリーを連れてきたのも、調査と監視のためである。
しかし、エヴァンはオードリーから、一切悪意を感じ取ることができなかった。何かを恐れていたり、おどおどしていたのも、瞳がからんだ時だけだったように思う。
まだまだ時間はありますし、オードリーさんを呼んでゆっくりお話しでもしましょうかね
そう決めると、エヴァンは思考を取り除くように頭を振り、椅子から立ち上がった。そして部屋の全ての蝋燭の火を消すと、静かに部屋を出た。