報告
「では、報告とやらを聞くとしましょうか」
エヴァンがレオンに話を促す。レオンは頷いて、どこからか1つの小瓶を取り出した。その中にはオードリーの薬が溶けた、薄っすらと茶色い透明な液体が入っている。
「まずはこちらをご覧ください。今回、ヴォレンティーナの町に魔力を含む薬があるとの噂があったため、第三研究室の私とブラッドリーが現地に派遣されました。結局、全ての薬屋を調べても、魔力を含む薬は発見できませんでしたが、オードリーが作る薬だけはこのように試験薬に溶けたのです。それも全ての薬が」
レオンの言葉にグレイスは眉根を寄せ、小瓶を手に取ってじっと見つめた。
「試験薬に溶けたですって? これは魔法を検知する特殊薬だから、何も溶けないようにできているわ。そんな話、聞いたことがない」
「ええ、私も驚きました。実際に目の前で頭痛薬を作らせましたが、特に気になる過程もないのです。使用する薬草も確認しましたが、そちらは一切溶けませんでした」
「気になる所は本当に1つもないの?」
「私が見た限りでは。オードリーが言うには、水は全て『月を浮かべた泉の水』を、作るときには『使う人が良くなるようにと祈りながら』作るそうですが、その水で洗った薬草には何の反応もありませんし、その後の調剤では水を使いませんでした。祈るというのも原因とは考えにくく……ルイス所長は、何か心当たりはございませんか?」
レオンの報告を静かに聞いていたエヴァンは、レオンに振られて静かに口を開いた。
「残念だが、私も君たち同様に試験薬に溶けるものを見たことも聞いたこともありませんな。この試験薬はここ10年で開発されたものであるし、過去の報告書や文献を探しても出てはこないでしょうな。ただ……いえ、これは今関係ない話ですな」
「ルイス所長、気になりますわ。何か引っかかっているのなら教えてくださいな」
口ごもったことでグレイスに続きを促され、エヴァンは頭をぽりぽりと書きながら恥ずかしそうに笑った。
「いえね、ただ昔聞いた御伽噺を思い出しただけですよ。もう50年ほど前のことになりますかね。幼い頃、よく母親に聞かされた噺がありましてな。それは精霊が出てくる物語で、精霊たちは『月を浮かべた泉の水』しか口にしないと出てくるんだが……君たちは、聞いたことはありませんかな?」
エヴァンの言葉に、他の者は皆首を横に振った。するとエヴァンは少し寂しそうに笑う。
「そうですか。私の母親は、精霊はいるのだと信じておりましてな。私も幼い頃は信じていたものです。しかし、精霊を信じている者も今はとんと減りましたな。その御伽噺も、今はもう語り継がれていないのかもしれない。斯く言う私も、もう精霊を信じてはいないし、自分の息子たちに話して聞かせたことなんて一度もないんだがね……」
エヴァンはパンっと手を叩くと、一転して元の笑顔に戻った。
「今の話は忘れてくだされ。ただの昔話だよ。それよりも、だ。とりあえず、オードリーさんの薬の調査は引き続き第三研究室に任せましょう。オードリーさんの瞳の件もあるし、君たちと同じように研究所内の部屋を1部屋与えてやりなさい。その方がオードリーさんの生活のためにも、調査のためにもよいでしょうぞ」
「その瞳の件で、研究所に緘口令を敷いていただきたいのですが……」
話がまとまりかけたところで、レオンが慌てて付け加えた。その言葉に、エヴァンもグレイスも不思議そうな顔をする。
「レオンと同じなんだから、大丈夫じゃないかしら?」
「オードリーの瞳は、蝋燭の灯りがないところでは緑色なんです」
レオンの言葉に、2人は目を見開いた。2人の驚きように、オードリーは居たたまれず俯いてしまう。すぐにエヴァンは険しい顔つきになると、レオンに尋ねた。
「瞳の色が変わるということかね?」
「ええ。私は瞳の色が変わる人に会ったことも聞いたこともありませんし、それが普通だと思います。ですので、研究所の外に漏れぬよう緘口令を敷いていただきたいのです。調査するにあたり、隠し続けることも難しいですから」
「明日の朝一で通達をしよう。しかしな、何がどうして外部に漏れるかはわからん。早く解決するようにしなさい」
「努力します」
「ではオードリーさん、今夜はフードを被って廊下を歩きなされ。今日は疲れたでしょう。ゆっくり休みなされ」
エヴァンはレオンに向けていた表情とはうってかわって、オードリーに笑みを向ける。そして、ゆっくりとソファから立ち上がった。続いてグレイスが立ち上がり、レオンとブラッドリーがそれに続く。オードリーもそれを見て慌てて立ち上がると、エヴァンに言われたようにフードを被り、3人の後を追って退室した。