ルイス所長
「どうぞ」
部屋の中からは落ち着いた男性の声が聞こえた。レオンはフードを脱いで静かに扉を開け、失礼しますと頭を下げて中へと入っていく。グレイスの部屋の時とは異なり、レオンの1つ1つの動作はとても丁寧なものだった。
レオンさんは『所長』と言っていた。ここで全ての報告をするのね……
オードリーは研究所についてからここまで、誰にも瞳を見られないようにすることだけを考え、必死でレオンたちについてきていた。
しかし、ここでのレオンの様子や、レオンがルイス『所長』と言ったことで、オードリーはこれから自分の瞳を見せなければならないこと、自分の処遇が決まるかもしれないことを思い出し、急に緊張を感じ始めた。
「大丈夫っす。今後の打ち合わせみたいなものっすから。フードもそのままで大丈夫っす」
オードリーの身体が強張ったことに気づいたようで、既にフードを脱いでいたブラッドリーがオードリーの肩に手を置き、優しい声で耳打ちしてきた。オードリーは声を出すことができずただただ頷くと、レオンの真似をしながら恐る恐る部屋の中へと足を踏み入れた。
部屋の中は広かった。カーテンは既に閉められており、いくつもの燭台で蝋燭の灯りが揺らめいている。大きな本棚には多くの書籍が並び、部屋の中央には大理石でできた応接台と黒い革張りのソファが置かれている。
部屋の一番奥には大きな机が置かれており、そこには初老の男性がニコニコと穏やかな笑みを浮かべて座っていた。男性もやはり真っ黒なローブを身に纏っている。
「そちらにお掛けなさい」
男性はそう言うと椅子から立ち上がり、自身もソファの方へと移動した。その隣にグレイス、向かいにレオン、オードリー、ブラッドリーの3人が腰かける。
「確か君たちは、ヴォレンティーナの調査担当だったかね。そして報告書の提出よりも先にグレイスを連れて直接報告にきたということは、何かあったようですな。そこのお嬢さんが関係しているのかね」
「ええ、仰る通りです。まずは彼女を紹介します。彼女はオードリー・クロムウェル。ヴォレンティーナで薬屋を営んでいます」
「オードリーさんか。私はエヴァン・ルイス。この魔法研究所の所長をしております」
「オードリー・クロムウェルです。よろしくお願いします」
エヴァンに握手を求められ、オードリーは恐る恐るその手を握り返した。その様子にエヴァンはニコニコと笑いながら優しく声をかけた。
「安心しなされ。まだ何があったのかを聞いてはいないが、取って食おうとしているわけではないですぞ」
「はい……」
「オードリーさんがずっとフードを深く被っているのも、何か理由があるのでしょうな。取ってもらえるかね?」
オードリーが思わずレオンの方を見ると、レオンは優しく笑って大丈夫と言うように頷いた。
オードリーはまだ、蝋燭の灯りの元で瞳を見られることが怖かった。それでも、同じ瞳を持つレオンがオードリーを安心させるように笑っている姿に、オードリーは意を決して目をぎゅっと閉じたままフードを脱いだ。
そしてゆっくりと目を開け、エヴァンとグレイスの方を見る。
「レオンとオードリーさんは兄妹でしたか。おや? そうすると家名が違いますねぇ」
「レオンと同じ珍しい色の瞳なのね。報告って、生き別れの妹を発見した、とかそういうことなのかしら?」
オードリーの瞳の色をあまり気にしていない2人の、妹でも見つけたのかという発言に、オードリーは驚いた。考えてもみれば、レオンが普段生活している場所なのだ。日ごろから赤い瞳を持つレオンを見ている者にとっては、その程度のことなのだと気づくと、オードリーは安堵から一気に力が抜けた。
「私に妹はいませんよ。それに報告も彼女の瞳のことだけではありません。それだけのために所長室まで報告にくるわけがないでしょう」
レオンが渋い顔をしてそう言うと、エヴァンはほっほっほっと笑いながらオードリーの目を見つめた。
「確かにその通りですな。オードリーさん、安心しなされ。研究所には一癖も二癖もある者ばかりで、レオンの瞳のことを気にしている者もおらんのでな。オードリーさんも堂々としていてよいのですぞ」
「ありがとうございます」
エヴァンの言葉に他の魔法使いたちがうんうんと頷く。それを見て、研究所に来て初めてオードリーから笑みがこぼれた。