移動
ヴォレンティーナの関所からは、暫く一本道が続いている。この道はオードリーがヴォレンティーナにやってきた時にも通った道だ。馬車もすれ違えるような大きな道で、3人が歩いている間にも何台か馬車が通り過ぎて行った。
転移陣と言っていたけれど、どこにあるのかしら。このままだとかなり目立っているわよね。魔法使いって大変なのね……
そう思いながらオードリーが2人を見ると、相変わらずフードを深く被ったまま何も言わずに歩き続けている。
ヴォレンティーナへと向かう旅人や馬車に乗った人たちが、通り過ぎるたびに2人を物珍しそうに、さらに一緒に歩くオードリーを興味津々と言った風に見つめる視線を感じ、オードリーは居た堪れない気持ちになっていた。
ヴォレンティーナの街が見えなくなり、左手にある大きな森に沿って20分程歩いた頃だった。急にレオンは立ち止まると、オードリーの方を振り向いて森を指差した。その指先の方を見やると、そこには森の中へと向かう細道がある。
「この森に入る」
レオンとブラッドリーはその森の細道へと入っていく。オードリーは2人の後ろを追いかけた。そこから15分ほど歩くと、なんの変哲もない1軒の小さく古い木造の小屋が目の前に現れた。
「あそこに入るぞ」
ブラッドリーが先に小屋へと向かい、小屋の扉に手を当ててぼそぼそと何かを呟く。その声は小さく、オードリーには聞き取ることができなかった。その後ドアノブを回して扉を開けると、レオンはオードリーの背中を押して中に入った。
そして最後に、ブラッドリーが入ってカギを閉める。
小屋の中は真っ暗だった。窓がなく、さらにどこにも隙間がないのか、外からの光が全く入ってこない。オードリーがなんとなく不安を感じた時、小屋の中の蝋燭が一斉に灯った。
明るくなった小屋の中を見回してみると、そこは家具など1つもなく、ガランとしていた。壁に燭台が取り付けられているだけだ。そして外から見たときは確かに古い小屋であったのに、中はつい最近建てられたようにきれいなものだった。
「ここは?」
オードリーが辺りを見渡しながらそう尋ねた時、急に床が光り始めた。ブラッドリーが小屋の真ん中で床に手をついており、それを中心として円形に描かれた文字のようなものが赤く光っている。
「これが転移陣だ。外からは古びた小屋にしか見えないが、中に入るのもこの陣を浮かび上がらせるのも、許可された魔法使いにしかできないようになっている」
そこで一旦区切ると、レオンはオードリーの方を向いた。
「昨晩のように紺色のローブを羽織ってくれ。転移先は研究所の地下室でな。蝋燭の灯りを頼りに進むことになる。その瞳についてまだ緘口令が敷かれていないから、地下室にいる見張りの者に見られる訳にいかないんだ」
オードリーは頷き、背負っていた鞄を床におろしてローブを取り出し身につけた。オードリーがフードを深く被ったことを確認すると、レオンは右肩にオードリーの鞄を背負い、左手でオードリーの右手を取った。
「ブラッドリー、後を頼む」
レオンはオードリーの手を引いて陣の中へと進んだ。オードリーはレオンに従い歩いたが、陣の眩しさに思わず俯き目を瞑る。レオンが何かを呟く声が聞こえ、一瞬浮遊感を感じたかと思うと、すぐに辺りは薄暗くなった。
オードリーが恐る恐る目を開けると、そこは蝋燭のみが置かれている、広くて暗い石造りの空間だった。