旅立ち
「お待たせしました」
そう言ってオードリーがレオンとブラッドリーの前に現れたのは、午後3時の鐘が鳴った直後だった。オードリーの手には、大きめのリュックが1つ握られている。服装もスカートからパンツへと、動きやすい格好に替わっていた。
レオンは部屋の隅からオードリーの方へと歩いていった。
「早いな。もっとかかるものかと思っていたが……」
「必要なものは薬関係のものばかりですから」
「そうか……それでは王都への移動方法を説明しよう。とりあえず掛けてくれ」
レオンに椅子を勧められ、オードリーはそれに従いブラッドリーの隣に腰掛けた。レオンは再びフードを脱ぐと、座っている2人の前に立つ。
「王都へはこの街の外にある転移陣を使って、直接研究所まで移動する。長距離の転移には、魔法陣が必要なんだ。そのためには、まずこの街の関所を通って外に出なければならない。ここから転移陣の距離であれば俺たちの魔法で移動する事は可能なんだが、そうするわけにもいかなくてな。俺たちは基本的に地方都市での出入りにおいて、関所の通過を義務付けられているんだ。魔法使いがその街にやってきて、出て行ったことを民に知らせるためにな」
「では関所を出てから合流、ということでよろしいですか?」
「いや、俺たちと一緒に行くんだ。関所に1人で向かう間に、知り合いに会ったら何て言うつもりだ? 公にはオードリー、君には研究に協力してもらうため、王都についてきてもらうことにした方が、この街から出やすいはずだ。それを今日俺たちが依頼しにきたことにすればいい。その旨を紙に書いて扉に貼っておけ。紙には状態維持の魔法をかけてやろう。それで留守の間は持つはずだ」
「この家にはもう戻れないものだと思っているのですが……」
少し悲しそうに笑うオードリーに、レオンはしゃがみこんで目線を合わせ、優しく笑いかけた。
「そんなこと、まだわからないだろう。薬さえ問題なければ、またここで薬屋を始めていいんだ。だから休業にしておけ。もしものことは、その時に考えればいいんだ」
「そう、ですね」
レオンの言葉にオードリーは少しだけ明るく笑うと、早速リュックの中から紙とペンとインクを取り出し、暫く休業の旨を書いてそれをレオンに渡した。するとレオンの手の中で紙が淡く光り、そしてすぐに何事もなかったかのように光は消えた。
「これで暫くは問題ない。戸締りをしたら、これを入り口に貼ってから出るんだ。留守の間に何も起こらないよう、部屋にも魔法をかけておく」
「ありがとうございます」
薬屋を出るとき、オードリーは不思議な感覚にとらわれた。今まで家を出て行くときは、人に見つからないようにこっそりと、その街には2度と戻らないことを決めての旅立ちだった。
それが今回は、「暫く休む」といういつか戻ってくることが前提の旅立ちである。しかも、魔法使いの2人と関所を通るという大きな話題になりそうな方法で。
もしかしたら、またここに戻って来られるのかもしれない……
そう考えると少し嬉しくなり、初めて前向きに薬屋の扉を閉めることができた。そこに張り紙をすると、扉に「いってきます」と小さく声を掛けてから、少し先で待っていたフードをすっぽりと被った魔法使いたちの方を向いて、オードリーは駆けだした。
3人並んで大通りを歩いていると、道の端にわらわらと人が集まり始めた。2階の窓から見下ろしている者もいる。多くの人が、オードリーを指差し、コソコソと何かを話していた。
何て思われているのかしら。私が何か悪いことをしたとでも思われているのかしら……
オードリーは街の人たちの様子が気になりながらも前を向いて歩き続け、とうとう関所にたどり着いた。その時、どんどん増えていく群衆の中から、サマンサとベティが飛び出してきた。
「オードリー!」
オードリーが慌てて振り返ると、2人はオードリーの元へと駆け寄ってきた。急いで来たようで、2人とも息がきれている。はぁはぁと肩で息をしながら、サマンサが先に口を開いた。
「あぁ、オードリー、何があったの? どうして魔法使い様に連れていかれているの? 今朝話した時は、大丈夫だと言っていたじゃないの」
「そうよ! オードリー! あなたが何かするとは思えないわ! 何で、そんなに荷物を抱えているの? どうして出て行くの? 今度お茶しようねって約束したじゃない!」
「2人とも落ち着いて、私は大丈夫だから」
オードリーは微笑みながら2人を落ち着かせようとするも、2人は突然のことに取り乱した様子でなかなか平静を取り戻せない。そこに、レオンがフードを目深に被ったまま、静かに近づいてきた。
そして、周りにも聞こえる程に張った声で、サマンサとベティに声をかけた。
「オードリーには薬師としての才能があると感じ、一時的に王都に来て研究の協力をして欲しいと依頼したのだ。彼女が何かしたわけではないので安心してほしい。彼女の薬屋には休業の紙を貼っている。ではオードリー、すぐに我々の元に来るように」
そう言ってレオンがブラッドリーの所へ去っていくのをサマンサとベティはポカンと見送った後、驚いたようにオードリーを見た。
「オードリーの薬はよく効くものねぇ。あぁ、オードリー、お偉い様方に才能を認められたのね」
サマンサが感極まった様子でオードリーを抱きしめる。ベティも目を輝かせた。
「オードリー、凄いじゃない! 一時的にということは、ちゃんと戻ってくるのよね! その時は王都のお話を聞かせてちょうだいね!」
「ええ、もちろんよ。さっき決まったので、挨拶にも行けずごめんなさいね。また戻ってきたらよろしくね」
オードリーが笑って返すと、サマンサとベティは「魔法使い様が待っていらっしゃるわよ」と背中を押してきた。オードリーは2人に微笑みかけると、「いってきます」と告げて魔法使いたちの所へ向かった。
そしてレオンとブラッドリーに合流し、明るい気持ちのまま、ヴォレンティーナの外に足を踏み出した。




