調剤
サンドイッチを食べ終えると、オードリーは調剤に取り掛かることとなった。
「何の薬を作りましょうか?」
「頭痛薬でお願いしたい。全ての薬を作ってもらう時間はないのでな。材料は揃っているだろうか」
「ええ。揃っています。ただ、薬草を乾燥させる前には、必ず月を浮かべた泉の水で洗っていますけれど……」
「では、先にそちらの薬草から検査させてもらう。こちらに持ってきてくれ」
オードリーは頷き、作業場から必要な薬草を全て持ってきた。レオンはその名称を1つ1つオードリーに問い、さらにブラッドリーと2人で見た目や匂いなどを確認する。そして、昨日と同じようにどこからか取り出した小瓶に入れて、無色透明な液体を注いだ。薬草は全て溶けることなく、ただ液体に浮いている。
「月を浮かべた泉の水で洗った薬草、まあその作業を確認したわけではないが、これらは特に問題はないようだな。頭痛薬に必要な薬草は一般的なそれと同じだし、溶けることもなく魔力も含んではいない。よし、では作業に取り掛かってくれ」
レオンがそう言うと、3人で作業場へと入る。オードリーが椅子に座って2人がその後ろに立った。作業場は3人では狭いものの、いつも通り薬を調合するためには場所を変えるわけにもいかない。
オードリーはレオンとブラッドリーに自分の手元が見えるよう気をつけながら作業を始めた。1つ1つの作業でどの薬草を使うのか、どの器具を使うのかなど詳しく説明しながら、作業を進めていく。
その間、レオンとブラッドリーは相槌を打つだけで、特に口をはさむことはなかった。
しばらくして薬が出来上がると、レオンとブラッドリーは先ほどの薬草のように薬の検査を始めた。するとやはり薬は溶けてしまい、小瓶の中には茶色の液体が出来上がる。
レオンとブラッドリーは顔を見合わせ、はぁとため息をついた。
「覚悟はしていたが、一般的な作業となんら変わりないな」
「なんでこんな薬が出来上がるんすかねぇ。作業工程が違えば原因解明の糸口になったんすけど、こんなのどうやって調べるんすかぁ……」
「泣き言を言うな。俺だって今のところ見当もついていない」
レオンは不安そうにその様子を見守っているオードリーを見て、真剣な面持ちで口を開いた。
「オードリー、やはり君には王都まで来てもらう必要があるようだ。今から荷物をまとめてくれ。今夜中にヴォレンティーナを発つ。この家はまだこのままにしておけばいいし、足りないものがあれば王都で揃えてやるから、必要最低限でいいぞ。ただし、薬関係のものは全てまとめてくれ」
「わかりました……」
「荷造りが終わったら声をかけてくれ。俺たちは椅子に座って待っている」
オードリーは頷くと、作業場から荷物をまとめ始める。それを横目にレオンとブラッドリーは店内に移動し、待合の椅子に座り込んだ。
「レオンさん、どうするんすかこれ」
「とりあえず、ルイス所長にありのままを報告するさ。ただ、すぐに解決できるとも思えないけどな」
そうレオンが言った時、ちょうど午後2時の鐘が聞こえた。その音に、レオンはふと薬屋の窓から外を見た。薬屋の面する通りには人影が見当たらなかったため、立ち上がって窓に近づく。
薬屋は路地裏にあるため日当たりはあまりよくないものの、青く晴れ晴れとした空が見えた。
オードリーのためには、日のあるうちに関所を通った方がいいだろうな……
レオンはしばらく空を見上げていたが、角を曲がってくる人影に気づくと急いで窓から離れ、フードを被って外から見えない位置へとそっと移動した。