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柘榴石の瞳  作者: 美都
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サンドイッチ

 オードリーが椅子に座ってぼーっとしていると、お昼の鐘が鳴るのが聞こえた。その音に、オードリーははっとして背筋を伸ばす。もうレオンとブラッドリーが来る時間だ。


 涙は止まっていたものの、買い物から戻ってからはずっとそこにいた。カウンターには先程置いたバスケットがそのままになっている。


 お昼にサンドイッチを食べようと思ったのに、もうそんな時間はないわね……


 お昼ご飯は諦め、とりあえず顔を洗おうとオードリーが立ち上がった時、魔法使いのローブを纏いフードをすっぽりと被ったレオンとブラッドリーがふっとオードリーの目の前に現れた。昨晩、「直接店内に入らせてもらう」と宣言した通り、薬屋の扉は開かなかった。


 2人は周囲を見渡してオードリー以外誰もいない事を確認すると、薬屋の扉に鍵をかけてからフードを脱ぎ、オードリーの方を向いた。


「レオンさん、ブラッドリーさん、こんにちは」


 オードリーは2人の魔法に相変わらず驚いたが、笑顔を作って2人に声をかけた。しかし、レオンはオードリーの顔を見ると挨拶もそこそこに近づいてきて、オードリーの目元にそっと触れた。


「泣いたのか」

「あ、これは……」


 オードリーを気遣うレオンの仕種や言葉に、オードリーは恥ずかしくなり、頬を赤らめて視線を彷徨わせた。


 オードリーは今まで、父以外の男性とまともに接したことがなかった。仕事で会話をするのが精々で、こうやって優しく触れられたことなど一度もない。


 なんと答えようかと考えるも、恥ずかしさが勝って考えがまとまらなかった。


「はいはーい、そこまでー。レオンさん、近づきすぎっすよ。確かに、泣いたみたいなのは気になるっすけどね。でも近づかなくたって聞けるっすよね」


 様子を見かね、ブラッドリーが2人の間に割って入ってきた。ブラッドリーのその言葉に、オードリーは更に顔が紅潮し、レオンは慌てて手を下ろした。


「すまない」

「いえいえ、そんな、気を遣っていただき、ありがとうございます」


 レオンの謝罪の言葉に対し、オードリーは赤い顔の前で両手をぶんぶんと振りながら返す。オードリーの様子を見て、レオンはふっと笑みをこぼした。


 しかし、次の瞬間には真面目な顔になり、オードリーを見つめて優しい声音で続けた。


「だが、悲しいなら悲しいと、辛いなら辛いと、言っていいんだ。事情を知らない町の人には言えないだろうが、俺は知っている。何でも聞くから、1人で抱え込むな」

「そうっすよ。何でも聞くっす。まぁ、知り合ったのは昨日だし、魔法使いとその調査対象者っていう、オードリーさんにとってあまりいい関係とは正直思えないっすけど……」


 ブラッドリーもレオンに同意しオードリーに優しく告げたが、最後は右手で頭をぽりぽりと掻きながら言いにくそうに語尾を弱めていく。その2人の様子にオードリーはなんだか安心し、落ち着きを取り戻した。


 1つ深呼吸をしてから2人をしっかりと見て、気恥ずかしそうに笑った。


「ありがとうございます。確かに少し泣きましたけれど、もう落ち着きましたから大丈夫です」


 オードリーはカウンターに手を伸ばして置きっぱなしのバスケットを取り、その中身を2人に見せた。


「先程買ってきた、バゲットと生ハムです。私、実はお昼ご飯がまだなので、薬を作る前に食べさせてもらってもいいでしょうか。よろしければ、一緒に食べませんか? このバゲットと生ハム、近所のパン屋とシャルキュトリの物なんですけれど、これを使って作るサンドイッチ、おいしいんですよ。よく買いに行くんです」


 オードリーは言葉を切ると、少し寂しそうな顔をして続けた。


「ここを離れる前に、どうしても食べておきたくて……。私、自分で思っていたより、この町が好きだったみたいなんです。パン屋のサマンサさんや、シャルキュトリのベティとか、仲良くしてくれる人たちがいたなって」


 口に出すとやはり寂しくなってしまったが、人に聞いてもらえたことで、オードリーは少しすっきりとした気持ちになった。一方、オードリーのこの言葉から、レオンとブラッドリーはオードリーの涙の原因に気づいたが、それに触れることなく2人は頷いた。


「では、せっかくなのでサンドイッチをご馳走になろう。出先では食事をとるのも面倒でな。昼は抜くことが多いんだ。今日もとっていない」

「食事をとっても、周りからジロジロ見られて食べた気がしないっすからね。ありがたいっす」


 オードリーは嬉しそうに笑い、すぐに準備しますね、といそいそと2階へと向かった。2人の優しさに触れ、調査に来たのがレオンさんとブラッドリーさんで良かった、とオードリーは心の底から感じていた。



 オードリーが2階へ消えると、残されたレオンとブラッドリーは、待合の椅子にどかっと座り込んだ。


「オードリーさん、この町に仲の良い人、ちゃんといたんすね」

「そうだな」

「こんなこと言っちゃダメだと思うっすけど、この町を離れることが悲しめるのは、いい事だと思うっす。オードリーさん、ここに居場所があることに気づけたんすね」


 なんだか保護者の気分だとブラッドリーが少し笑いながら言うと、レオンはふっと笑って同意した。2人はオードリーがサンドイッチと紅茶を持ってくるまで、薬屋の店内を眺めながらオードリーの嬉しそうな顔を思い返していた。

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