プロローグ
これはこれは、魔法使い様、この町にようこそおいでくださいました。私の宿に魔法使い様に泊まっていただけるなど、非常にありがたいことでございます。この町には魔法が使えるものがおりませんので、魔法使い様が大変珍しくてですね、町の者がうるさかったでしょう? 大変失礼いたしました。
え? この町に魔女ですか? そんなものいやしませんよ。でもいると聞いた、ですって? ああ、きっと彼女のことでしょう。誰も彼女が魔法を使っているところなんか、見たことがありませんが。
大通りから一本入った路地裏に、少し変わった薬屋がありまして。そこはお昼の鐘が鳴ると同時に開店し、蝋燭が必要な時間が近づくと、あかりを灯す前に必ず閉店するんでございます。店主はオードリーという17になる女性なんですが、日が沈むと絶対に外には出てこないんですよ。扉に鍵をかけて、自宅兼用の薬屋に閉じこもってしまうんです。
オードリーがこの町にやってきてまだ1年しかたっていないんですが、薬の効きが良いことと彼女の明るい人柄で、町の人とも仲が良いんでございますよ。わたしもよく、彼女の薬には世話になっております。
しかしですね、夜になると外に出てこないので、不思議な子だと町の者と話しておりまして。いつか、「どうして日が沈むと外にでないの」と誰かが思い切って尋ねた時、オードリーはこう答えたそうなんです。「夜が嫌いなの」と。そして、「どうして夜が嫌いなの」と尋ねても、曖昧に笑って絶対に答えてくれないそうなんですよ。この時から、少し不気味な娘だと、町の噂にはなっていたんでございます。
この町は山を隔てて隣国へとつながっておりますので、貿易や出入国には必ずこの町を通らなければならないでしょう?そのため、ここは宿場町として大層にぎわう大きな町でございます。薬屋はいくつかありますし、医者だって何人もおります。
ある晩パン屋の息子が熱を出したんですが、このパン屋は、熱が出たときにはオードリーの薬が一番だと思ったそうなんです。けれども家には薬がなかった。仕方がないので、パン屋はオードリーの薬屋に尋ねていったというんですよ。夜が嫌いだから出てはこないけれど、入れてくれるかもと思ったそうで。
「息子が熱を出したんだ。お願いだよ、お願いだよ、薬をおくれ」
そう何度も扉をノックをしていると、扉の向こうから声がしたそうなんです。「何の薬が必要なの」と。だから、「息子が熱をだしたから、熱を下げる薬を売って欲しいんだよ」ってパン屋は答えたそうなんです。
「ちょっと待っていて」と聞こえた後、足音が遠ざかっていき、また近づいてきたかと思うと、オードリーが言ったそうです。「扉に四角い扉がついているのがわかるかしら。ちょうど腰のあたりだと思うのだけれど。そこから、手を入れてくれるかしら」って。
パン屋が扉をよく見ると、確かにちょうど腰のあたりに四角い扉がついていたそうなんですよ。扉の下の方に設置する猫の勝手口が、扉の真ん中についているような感じでね。パン屋がおそるおそる手を差し入れてみると、掌に薬をのせてくれたそうです。「熱を下げるお薬よ。お代はまた今度でいいから、早くアレンくんのところに行ってあげて」って。あ、アレンっていうのは、パン屋の息子でして。まだ8歳だったかな。
パン屋は薬を受け取ると、慌てて自宅へと帰ったそうです。ああ、良かった、薬が手に入ったと安心しながら。アレンくんも、薬を飲んだら落ち着いて、翌日にはすっかり元気になったと聞いております。
けれどもやっぱり気になるのは、オードリーが扉をしっかり閉めて、外には出てこなかったことでございまして。
翌朝パン屋はこの話を、隣の花屋の奥さんに話したんですよ。薬はもらえたけれども、オードリーが絶対に扉を開けてくれなかったのだと。この花屋の奥さんは噂話がたいそう好きで、この話はどんどん町に広がっていきましてね。彼女は好きだがなんだか怖いって言う者が出てきてまして。しまいには、夜は一人で何かの儀式をやっているから出てこないんだって言い出す者まで現れましてね。薬の効きが良いのは、魔法を使ってるのかもしれないと。そのことがあって、彼女は魔女なんじゃないかという噂が流れ始めたんですよ。そして今、彼女の薬屋はこう呼ばれているんです。
魔女の薬屋、と。