Well,That’s All For Now ー今のとこは、そんなとこー
「なぁ、シリアスなところ邪魔してなんやけど……」
声のしたほうに顔を下げると、ロデムがお座りをして右前足を挙げていた。
「誰が死んだって?」
……今、何て言った?
「さっきのなぁ、聞いとったら、なんや、父親が死んでしもうたみたいやんか」
「死んでるだろうが!」
私が言う前に、いつの間にか横に立っていた兄貴がロデムの首根っこをつかみ、怒号した。
「オレもまりんも、死んだなんて一言もゆうとらんやん。第一、あの極度の方向音痴のまりんが、1人で慶ん家なんか行かれへんて。事件のあった日の探検かて、あいつの行く道に付きおうとったさかいに、冬枯れの散歩道を奥まで行き進めんやったろ」
「ああ、なるほど。って、今はまりんのことはいい。どういうことだ? まりんは、遺言を残して目の前で倒れたと言ったぞ」
眉を寄せて確認する私に、ロデムは深くため息をついた。
「せやから、死んだんやないんや。倒れたんや。大体、遺言て……。縁起でもない」
「日本でなくても縁起なんて担ぐのか」
「兄貴、そんなことはどうでもいいだろう。ちゃんとした説明をしてもらおうか」
ロデムを自分の目線に合わせるため、兄貴の腕に乗せた。兄貴は不服を申し出たかっただろうが、そんなことはおかまいなしだ。
「まりんがゆうたんは、始めに倒れたときのことや。いざそうなるとな、1人で残されるまりんが心配やろ? またいつ倒れるかわからへんし。せやから、まずオレを作ってん。脳をな。そんで、まりんを信用できるスチュワートに預けて、慶ん家の前まで連れてってもろうたんや。家の近所に滞在するゆうてたから、タクシー代を出すっちゅうことで取引成立や」
「なんだ……。生きているのか」
私はホッとしたような気が抜けたような、妙なけだるさに襲われた。
「せやけど、安心するのはまだ早いで」
ロデムは気が抜けた私を見て続けた。
「一応、生きとるゆうだけで、意識があるゆうわけやない。今は、1人静かに床についとる。何の連絡もないとこ見ると、意識不明には間違いないな。慶がオレを作るとき、ブロックされた箇所があったやろ?」
「ああ、回路の一部にどうしても解除不能なものがあったな。だが、特に何の障害もみられなかったし、ましてやウイルスなんかじゃなさそうだったし、何かあるのだろうと放っておいたのだが……」
作業の工程を思い出しながら答えた。
「あれがな、本体の生存がわかるようになってんねや。脈がある状態なら、電波が送られてくるんや。シグナルやな。手首につけたそれは、本人にしか外せんようにプロテクトされとんねん。せやから、オレにはわかる」
「や、そんな明るく言われても……。それはそうと、なんで倒れたんだ? 病気なんて一切しなかったじゃないか」
「それは、秘密や」
口笛でも吹きそうな軽さに、私の疑問はさらに深くなった。
「なぜ、秘密にしなければならない? そんな状態にあるんであれば、一刻も早く私がまりんを連れて訪れたほうがよかろう?」
「かまへんて。来たかて、目ぇが覚めるわけやあらへんし。大体、まりんを心配させるだけや」
それは父親の気持ち以外のなにものでもなかった。
「納得できないな」
「納得しろ」
急に話す普通の言葉は重みがあった。それからの正反対な態度も。
「おとなしゅうコレに抱かれとんのも、ほろせが立つよって。はよ、帰ろ。おう! まりん。ちょうどええとこに来たな」
ロデムは兄貴の腕からすばやく飛び出て、帰り支度を済ませ、おばあ様と出て来たまりんの元へ走って行った。
「アレがいいと言ってるんだ。あんまり気にするな」
兄貴が後頭部をポンと叩いて、2人のほうへ足を進めた。
「三重子さんはここに残るのだそうよ。歌子さんも、庭の手入れから頑張ると言っていたわ」
おばあ様の声が聞こえる。
「そうですか、奥田先生はいずれ逮捕でしょうね」
そういう兄貴に、まりんが明るく報告した。
「ユーキ君とコーキ君が、『大きくなったら絶対に、もう1度会おうね』って」
「絶対にダメだ」
兄貴とロデムの声が重なった。
『ねぇ、ケイちゃん。今、お付き合いしている方と結婚しないの?』
『さあな。お前こそアイツでいいのか? どこがいいのやら……』
『じゃあ、何でケイちゃんはずっとアイツと親友やってるの?』
想い出の中の妹が、クスッと天使のように微笑む。
「……なんでだろうな。今でも謎だ」
私は、胸の中にわだかまりを持ったまま、まりん溺愛の最強家政婦の待つ家へと帰るため、悲しい地となったローズ・ガーデンを後にした。
振り返った冬薔薇の園は、来たときと同じように色とりどりの花びらを揺らしていた。
吹くはずもない薫風に。