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風薫る冬薔薇の宴  作者: 時田柚樹
6/9

Bluete Fact ー剥き出しの真実ー


「疲れたろ」

 ホテルに着いたときには、辺りは真っ暗な世界だった。

まりんをベッドへと促し、お茶を自分で入れながら、片手間にロデムの話を聞いていた。

「せやからな。俺が庭を歩いとってん。ほしたらな、横からガッて捕まれてな。顔見たらなんや、えろう明るいおばはんやん。『薔薇の花いい匂いでしょう。猫ちゃんにわかるかしら?』なんて言われて、固まったで」

 本当に散歩をしていたらしいロデムは、ため息混じりに説明した。

「それで、おば様の残り香がするってわけか」

 白々しく、胡散臭い目でロデムを見た。

「どこぞの若い子でもナンパしたのかと思ったよ」と部屋に戻るや否や、私が言ったものだから、あわてて釈明してるのがおかしい。

「いや、猫だから」

 突っ込みどころ満載。

 だが、そんなことから新たな事実と言うものは発覚するもので。

「でも、おばはん、亭主とちゃう人とえらい仲ようしゃべってはったで?」

「そりゃあ、いろんな人と親しく話すぐらいするだろ。もともと、人好きのする人だし」

 まりんは、完全無視。

「違うねんて。こう……もっと、親密な感じや。オレ降ろしてな、男の肩にもたれかかる感じでな。オレおらんやったら、チューまでいってたで」

 ロデムがいてもいなくても関係ないと思う。

 まりんに気を使いながら話している内容が本当なら、おば様は不倫ということになる。

「相手はどんな人?」

 まりんが食いついてきた。

「せやなー。どんな人ゆうても、オレ、人の顔覚えるんはごっつ苦手やねん。せやけど、庭でしゃがんどったおっさんやと思う。昼間に見た服と同じやったし」

「庭師!」

 まりんと私は同時に声を出した。


ーーーー◇ーーーー


 翌日、律儀に迎えに来た啓司さんの車で、とりあえず森原家に向かった。

 今日はロデムも連れているので、なかなかにぎやかだ。

「昨日の事件なんだがな」

 車の中なら漏れることもないだろうと話し始めた。

「なにかわかりましたか?」

「凶器は包丁のような幅広い刃物ではなく、先が尖ったものだと判明したよ」

「尖ったもの……。あのペンチとか?」

 私は単純に聞いた。

「いや、あれからはルミノール反応は出なかったよ。ちなみに指紋もね」

「怪しさ満点ね」

「なぜ? 血液反応がなかったってことは凶器じゃないんだろ?」

 まりんが言うので私も聞き返した。

「ケーちゃん、自分がいつも使っているペンチの指紋をわざわざ消す?」

「……いや」

 そうか、指紋がないのがおかしいのか。横でロデムが「おお!」と言っている。やっぱり、同じような思考回路か? やだな。

「じゃあ、ぶつかった人物が犯人か」

「可能性は高いね。表には俺がいたけど、誰も出入りしていなかったから、裏口・裏道を知っていたんだろう」

「うわー。すいません。ちゃんと顔を見ておけば……」

 私は反省した。

「ケーちゃんが見ていても無駄よ。人の顔は覚えられないんだから。私がちゃんと見ておけばよかったのよ」

 まりんも反省している。微妙に痛いセリフだったが。

「気にすることはないさ。それは、警察の仕事だ。それから、あとひとつ。あの部屋は奥田公彦の愛人のマンションだそうだよ」

「愛人? そんな人がいたのか」

 私は、三重子おば様の顔が浮かんだ。彼女は知っていたのだ。


ーーーー◇ーーーー


華族のお屋敷ということで、どんな風格を備えたものだろうかと考えていた。が、屋敷が近づく程に全体が見えるようになって、空しさが募っていった。

無駄に大きすぎる塀と門扉。古ぼけたアイビーらしきものに捲かれているくすんだ家。元が何色かわからないような伸び切った草。ある意味、風格がある。近所では『お化け屋敷』などと呼ばれているのだろうなと想像させる。

まりんも無言で目を伏せた。

お屋敷のドアにある獅子のノッカーを鳴らすと、白いエプロンをつけた肝っ玉母さんが出てきた。

「はいはい。どちらさまですか?」

「私、警察に勤めております、椿というものですが」

「刑事さん?」

 職業名で名前を当てられるのもすごいというか、かわいそうというか。

「お伺いしたいことがありまして、コウキ君とユウキ君はご在宅ですか?」

「坊ちゃまたちは外出しておりますが」

「奥様はいらっしゃいますか?」

「あいにくとお留守でして」

 すぐ戻ってくると出かけたらしいので、あがって待たせてもらうことにした。

まりんは、ロデムを家の中に放ち「見つからないように、部屋を見て来い」と命令していた。 

 私たちは、居間と思われる玄関入ってすぐの部屋へ通された。

 屋敷中もどこか寂れた空間で、広い建物にポツポツと家具が置かれている。廊下に敷かれた落ち葉色の絨毯以外に色がない。壁がのっぺりと威圧感を感じさせる。

「あなたは、こちらで働いてらっしゃるのでしょうか?」

「ええ。こんな広いお屋敷に家族3人では寂しいでしょう。もう、働く人もいなくなりましたが、私だけでもと思っていまして」

 ため息交じりでも落ち着いた声は、それが当然のことだと告げていた。表情はどこか諦めたような切ないような……。

「お茶をお持ちしますね」

「あ、どうぞお構いなく」

 形式ばった礼を受けて、家政婦は部屋を出て行った。

「ねぇ、ケーちゃん。日本の華族って爵位ではないの?」

 まりんが耳元に話し掛けてきた。

「まぁ、お姫様の世界だと思うけど。なんせ自分に縁がない世界だからね」

 昔の貴族制度なんて知らない。どういう家に威厳があるのか、おばあ様ならご存知のことだろうけど。

 お茶を運んできた家政婦の登場とともに、男の子の声が玄関から聞こえた。

「ただいま、鏡子さん。珍しいね、お客様?」

「ええ、警察の方がお見えです。話があるとかで」

 ジーンズに丈の短いスエードの上着。

「ユーキ君、こんにちは」

「おう、まりん。慶さん、いらっしゃい。ついでに刑事さん、こんにちは」

 ユウキの方か。なぜわかる?

「何を聞きたいんですか?」

 ソファーにどっかり座り、足を組んだ。

「これを、ご存知ですね」

 啓司さんは、赤羽女史の部屋にあった紙を差し出した。ブローチなしの状態で。

「……ああ、知ってるよ。俺が書いたものだからね」

 やっぱり。

「それがなにか?」

「この前の事情聴取では話してくれませんでしたね」

「聞かれなかったからね」

「あなたはこの条件を受けたのですか?」

「もってこいの話だろ? ずっと面倒みてくれるって言うんだぜ」

「でも、将来は政治家と道が決まっているんだよ?」

 私はつい口を挟んでしまった。コウキとずいぶん対応が違うことに驚いたからだ。

「別にいいじゃん。なに? 聞きたいことってそれだけ?」

 ずいぶんあっけらかんとしている。

「ユーキ君。4時ごろ、これ持ってあの部屋に行ったんだよね?」

「ん? ああ、そうだよ。あの秘書に聞いたのか」

「そのときの部屋の様子覚えてる?」

「様子ねぇ……。秘書が出て行って、あの女が変な寝袋に入ろうとしてたところに、オレが入って行ったって感じ?」

「お茶を見た?」

「あの綺麗な花のやつか。毒が入ってたっていう。見たけど、飲んだかどうかは知らない」

「そのあとに裏の小川に行ったんだ?」

「ああ」

「ありがとう」

 まりんは聞くべきことを聞けて、満足しているようだ。

「ただいま」

「おっ、コーキだ。代わるか?」

「お願いします」

 啓司さんに頷くと席を立ち、コウキと入れ替わるように部屋を出て行った。2人の間に会話はなかった。

「お邪魔してます」

「いらっしゃい」

 にこやかな顔はさっきまでここにいた彼となんら変わらない。ジーンズも同じような色だが、上着はすっぽりかぶるタイプのフリース素材だ。

「少しお聞きしたいことがありまして……」

「なんですか?」

 コウキはソファーへ、ちょこんと腰をおろした。

「これを見てください」

 それは図書館の利用票だった。コウキの眉がピクッと跳ねたように見えた。

「あの事件の日、4時前にこれを提出したのはあなただと職員さんが証言してくれたよ」

 コウキは黙って、出された紙を見つめていた。

「次にこれを」

先ほどユウキに見せた念書だ。

「あなたはこれが自分の書いたものだと言いました。ユウキ君は知らないことだとも。しかし、これはユウキ君の書いたものだ。なぜですか? 本当はいつあの部屋に行って、ブローチをつけたんでしょう?」

 コウキは重い口を開いた。

「…………それは……4時ごろ確かに図書館へ行きました。でも、すぐに戻ってあの部屋に行きました」

「わざわざ図書館へ先に行ったのは、ずっとそこにいたと見せかけるためですか?」

 コウキは頷いた。利用票には時間が書かれないから問題ないと思った、と。

「まさか、ユーキが先に行っていたなんて思わなかったから」

「中でこれを見たんですね? それで?」

「自分がここに来たんだと思わせなくちゃと思って……」

 まりんが、かすかに驚きの表情を見せた。

「見たの?」

 私は何のことかわからず、啓司さんの顔を見たが、彼にも理解出来ていないみたいだ。

「ユーキ君が彼女を殺したと思ったのね」

 え?

「声をかけたんだけど、返事がなくて……。あの機械の透明になっているスペースを覗いたんだ。そしたら……」

 コウキは、そのときの顔を思い出したのか身震いしていた。

「……なるほど」

 啓司さんは大きく息を吐いた。

「失礼しますよ」

 部屋の入り口に歌子さんが立っていた。

「コウキ君、ありがとう」

 部屋を出るコウキに向って、啓司さんに続き、まりんが言った。心配しなくても大丈夫よ、と。

「まだ何かあるのですか?」

 歌子さんは、お手伝いの鏡子さんに、お茶はいいと断って、姿勢よくソファーに座った。

「少しだけよろしいでしょうか?」

「よろしいも何も、そのために来ているのでしょう。私がお断りすることが出来るのかしら?」

 啓司さんは肩をすくめてしまった。

「奥田先生の死を、2人に伝えていないのですか?」

「必要ないことでしょう」

 啓司さんは、歌子さんにだけ伝えたのだと言った。

「森原さん。あなたはあの日、ご自分の部屋から奥田三重子さんをご覧になったのではありませんか?」

「どういうことかしら」

 毅然とした態度の歌子さんに、負けじとしゃんと姿勢をただし、啓司さんは詰め寄る。

「あなたの部屋は2階の正面。表の薔薇園が見渡せますよね。それから、こちらの2人が散策から帰ってきたとき、2階の廊下でお会いしたでしょう。当然、彼女たちはエントランスを通って建物に入っています。あなたはご自分の部屋に帰るところでした。どちらにおいでだったのでしょうか?」

そうだったかしら、とおどけて見せる。

「年をとるって嫌ね。覚えていないわ」

「赤羽君華さんの部屋へ行っていた」

 双方の呼吸がぴたっと止まった気がした。

「……そうだとしたら、何か意味があるのかしら?」

「大きな意味がありますね」

 歌子さんは、目をゆっくりと伏せた。

「あなたは、赤羽さんがお孫さんたちに接触してきたことを知って、直接話をしに行ったのではありませんか?」

「……誰だって、春秋に富むあの子たちよりも、ずっとふさわしいと思いますでしょう」

 私以外は、理解できたらしい。寂しそうな顔を覗かせていた。

「あの人が入ったときにはすでに亡くなっていて、かつ、コーキ君よりも後に入ったってことよ。なにより、彼女は2人か、あるいはどちらかが殺したものだと思ったのね」 

屋敷を出て、ロデムを回収してから、まりんにそう聞いた。

あんなに明るかった空が、錫色に変化していた。


ーーーー◇ーーーー


 どんよりとした曇り空の下、小さな店構えには不釣り合いの、重厚な木の扉は音を立てて私たちを迎え入れてくれた。

「ロデムは適当にここら辺で待っててくれ。出てくるころには、ここにいろよ」

「いらっしゃいませ」

 ソムリエさながらの黒い服に身を包んだ、若い男が店の中にいた。髪を明るい茶色に染めてあるのが、この雰囲気に似つかわしくないように思える。

赤羽女史が贔屓にしていたと言っていたが、整った顔つきの和顔に贔屓してたんじゃないだろうな。

「どうも。お手数をおかけしますが、少々お話を聞かせてもらえますか?」

 啓司さんは、昨日と同じように手帳を出して話を切り出した。

「はぁ」

 なんとも心ない返事だ。

「政治家の赤羽さんご存知ですよね?」

「ええ。いつも秘書の方と、お茶を購入して行かれます」

「実は、先日亡くなられまして。それでお伺いしたいことがあるんです」

「ええ! 亡くなられたんですか。ずいぶん突然ですね」

 名札に町田と書かれている彼は、唖然としていたが、親しくしているわけでもないのだろう、どこか冷めている。

「購入して行かれたお茶のことなんですが。いつも買うもの、というのは決まっていたんですか?」

「そうですね。大体決まっていました。普通の中国茶や、花茶・工芸茶などの中で選ばれていました」

 狭い部屋の中に、茶葉の詰められている瓶が所狭しと並んでいる。これがすべて種類の違う茶葉かと思うと、中国四千年という奥深さを思い知らされる。

「すいません、無知なもので。細かくそこのところを知りたいのですが」

「ええ、もちろんかまいませんよ。ちょっと待ってください」

 見た目のいい店員は、慣れた手つきで後ろの棚からいくつか瓶を取り出した。

「まずこちらが青茶でのお気に入りだったものです。一般的に烏龍茶と呼ばれる種類です。それから、こちらの緑茶と……。ああ、緑茶といっても日本茶ではなく見ての通り中国茶ですよ」

 緑茶と言っている葉も烏龍の葉も同じように見える。

「飲んでみますか?」と言われたので、ふたつ返事で試してみることにした。

 緑茶といわれるものは、ほんのり甘味があって日本茶に近い感じがする。青茶は苦味が強い。少し喉の奥に引っかかるものがある。

「緑茶は体を冷ますので夏に、青茶は逆に温めるので冬に飲むといいですよ。他にも、白茶や黄茶、黒茶などもありますが。女性なら青茶や黒茶をお勧めするんですけど」

 それらのお誘いには首を振った。全て付き合うと、とんでもないことになる気がする。

「では、花茶を」

 新たに茶器を持ち出し、慣れた手つきで入れる。

「これは茉莉茶と言って、ジャスミンの花を混ぜたものです」

 目の前に出されたそれは、ハーブティーのように優しい匂いを漂わせていた。

 ……匂いはいいけど、味は苦手かも。考えたら自分はハーブティーも苦手だった。啓司さんも顔をしかめて、何とか飲み干したようだ。

「あの……。グラスの中に毬藻みたいなのがあるやつは……」

「黄山緑牡丹ですね。工芸茶といわれているものです。最近、若い女性の間で流行っていますよ」

 そう言って、今度は透明の耐熱グラスを持ち出した。おもむろに直径3センチくらいの苔のような物体をグラスにひとつ入れた。

「2分ぐらい待ってください」

 お湯を注ぎ、蓋をして蒸らした。

 グラスの中の苔はお湯を含むと、茶葉の1本1本が花びらのように開いていく。

「牡丹のように見えるでしょう? 中国の国花なんですよ」

「眼で楽しめるお茶なのね」

 まりんが呟く。確かに見事な水中花だ。それだけでなく匂いも味もやさしい。

「乾燥した茎葉を、一葉一葉集めて縛って形を作っているんです。手間隙かけてますよね。こちらもまだ色々種類がございますが?」

 思いっきり商売人になっている。私以外も目的を忘れそうになっているのがわかる。

「中国茶は入れてから、すぐ飲まないんだね」

「まぁ、種類によりますのでなんとも言えませんが、このような工芸茶は特に時間をおきます。蒸らしたほうが茶葉も綺麗に開きますし、香りもたちのぼりますから」

 十分すぎるほどお茶を堪能して店を後にした。手には、購入した何種類かの茶葉を持って。

 見た目で判断して悪かったな。実にしっかりとした若者だったではないか。近所にあったら買いに来るところだが。

でも……キャサリンには行かせられないな。


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