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風薫る冬薔薇の宴  作者: 時田柚樹
4/9

Interrogation ー取調べー


「まず、検死の結果ですが……」

 翌朝、ブランチとともにそんな報告を聞かされた。

……食べられるわけがない。

「死因は窒息によるものと思われます。ただ、故人の体内から毒物が検出されました。そして、故人が飲んだと思われるお茶の中からも同じ毒の成分が検出されました」

「そんな……」

 集まった人たちの息を飲む音に、蘭子さんの声が重なる。

「それで念のため、みなさんの部屋の中を検めさせていただきたいのですが、よろしいですか?」

 全員が了承した。

簡単にボディチェックもされた。女性には私がさせてもらった。啓司さんに触らせるのも、部下の人に触らせるのもちょっと。私は歌子さんにチェックしてもらった。

特に何も出ない。

「えー、それでは、お一人ずつこちらの部屋に来ていただきます」

 啓司さんが言う。私は、リボン型盗聴器付ロデムをこっそりスタッフ用個室に放した。私とまりんはそれを離れたこの場所に座り、イヤホンで聞く。ロデムも自分の置かれた状況を把握していた。

「それではまず、奥田さん。お願いします」

 ドアが閉まり、この場所には静寂が訪れた。もちろん私たちの耳にはしっかり声が届いている。


「お名前とお仕事をお願いします」

「奥田公彦。総合病院といくつかのホテルを経営」

 堂々とした声が聴こえる。

「それぞれに部屋が用意されているということは、奥様の誕生日パーティーが済んでこちらにお泊りするのは、始めから決まっていたことですか?」

「朝から身体を動かしているし、ゆっくりとくつろいでもらおうと。……まさかこんな事態になるなんて思っていなかった」

 本当に残念な落ち込みようの声だ。きっとうつむいて話しているのだろう。あまり声が通らない。……あいつ、どこに潜り込んだ?

「赤羽さんとのご関係は?」

「私が病院を大きくしたときからの付き合いで、かれこれ……そうさなぁ、10年前ぐらいからだろうな」

「ご遺体を確認したのはあなたですね?」

「ああ。悠君が呼びに来て私を引っ張って行ったよ」

「それで、あなたの検視の結果は?」

「すぐにわかったのは、すでに息をしていないことぐらいだね。あとは、アバウトな死亡時刻と死斑の有無ぐらいかな」

 私は亡骸を思い出していた。横を見ると、まりんが考え込んでいる。何かモヤッとするって言っていたな。あんなものを見たのだ。具合がおかしくなっていないといいが。

「なんにせよ、検死結果がでないと詳しいことはわからないからね」

「そうですか。最後に赤羽さんを見たのはいつですか?」

「ゴルフから帰ってきて、1階のロビーで別れたのが最後だね」

「その時に変わった様子は?」

「全然」

「その後、あなたはどちらにおいででしたか?」

「部屋でシャワーを浴びてから、パーティーとなる会場や調理場を行ったり来たりしていたよ。従業員たちが大勢目撃しているだろうね」

「あなたは主治医を務めていらしたそうですね? 赤羽さんの健康状態をよくご存知だったと思いますが?」

「年に1度の定期検査でわかることは知っているつもりだ。だが、彼女には特に異常は見受けられなかった」

「では、心臓が突然止まるなんてことは予想していなかったでしょうし、ありえなかったんじゃないでしょうか?」

「ああ。ゴルフもそりゃあ、いいプレーの連続だったし、元気に歩いていたからね」

「あの方のことはどうお思いでした? 恨まれるようなことはなかったでしょうか?」

「どうって……。立派な先生だったよ。有名政治家ともなれば、見知らぬ人からでも恨まれることはあるんじゃないかね」

「あなたと、特に深いお付き合いはなかったと?」

「どういう意味でしょうか?」

 部屋の空気が重くなった感じがする。シンと静まり返った中で、向かい合った二人がどんな表情をしているのか……。

「いえ、ありがとうございました。また何かお聞きすることもあると思いますが、そのときはよろしくお願いします」

 出てきた奥田院長は、硬い顔をしていた。いつもにこやかな人なのに。

「この調子で後、何人ですか? 疲れそうですね」

「このぐらいで疲れていては何の役にも立ちませんよ。それよりしっかり書き留めてくださいね」

 啓司さんは年上の部下Aを叱咤していた(名前を知らないので、こう呼ばせてもらう)。本当にエリートだったのだなあと思える会話だ。

次の順番、三重子おば様が入って行く。なんだかワクワクしている様子。


「お名前とお仕事を」

「奥田三重子。奥田総合病院院長の妻です」

 さっきと同じ質問が繰り返される。違うのは、声のトーン。やけに明るく楽しそうだ。おおらかな彼女らしい。本気でこの状況を楽しんでいるようだった。

「赤羽さんとはどのくらいのお付き合いで?」

「10年ほどでしょうか。いつも親切にしてくださいましたよ。お会いするときには薔薇の花を持って来てくださるんです。珍しい種類のものをね。私が好きなのをご存知で」

「彼女を見た最後はいつになりますか?」

「ええと、そうね。1階のお茶室でみんなしてお話していたときね。主人たちがゴルフから帰ってきて、ロビーでお話をしていたから。そこでチラッとお見かけしたのが最後だと思うわ」

「その後、奥様は何をなされていましたか?」

「庭に出て、薔薇の花を摘んでいましたわ。ちょうど朝に綺麗に咲いたものをロビーに飾ろうと思いまして。飾ってありましたでしょう? それから、会場へ行ったり」

「私は花について、全くの無知で申し訳ないのですが、これだけ広いお庭だと手入れする人を雇ってらっしゃるのではありませんか? その方にお願いしたりはなさらないのですか?」

「もちろん庭師がおりますわ。本格的イングリッシュ・ガーデンを目指していますから。でも、いつも黙って切ってしまうんですの。それで怒られることもしょっちゅう」

 ……おば様らしい。庭師も、またかとため息の連続だろうな。

「証明してくれる方はおいでですか?」

「いいえ。会場では従業員がいましたけど、それ以前は」

「話を戻しますが。赤羽さんのことはどうお思いでしたか? また、恨まれるようなことは考えられますか?」

「さっきも申し上げましたが、親切な方でしたよ。私にはね」

「何か変わったことなどありませんでしたか? 何でもいいんです」

「さぁ? 私、あまり周りを気にしていませんから。よくあるでしょう? 眼鏡をかけているのに、『私の眼鏡知らない?』って聞くこと」

「はぁ……。ありがとうございました。もう結構ですよ」

「あら、そう?」

 ここにもため息の被害者が1人。三重子おば様は、入って行ったときと同じテンションで帰ってきた。

「次は、蘭子さんだって。がんばって」

 蘭子さんはかすかに微笑むと、部屋の中へ足を踏み入れた。


「どうぞおかけください。えー、まずは、お名前とご職業を」

「梶田蘭子。赤羽先生の下で秘書をやっていました」

 かすかに震えているのがわかる。

「何年ぐらいなさっていましたか?」

「研修期間も含めると、約2年半です」

「最後に彼女を見かけたのはいつですか?」

「休まれる前に書類を持って行ったときです。どうしても目を通していただかないといけませんでしたので」

「どこに行くのにも、お仕事を持ってらっしゃるのですか?」

「ええ、大抵は。少しの時間も貴重でしたから」

「その時、何か変わったところはありませんでしたか?」

「特に何も。いつもと変わらない気がしました。さっと目を通すと、いつも飲んでいらっしゃるお茶を用意するように言われて、その通りにしました」

「そのお茶ですが、どちらでお買い求めになったものでしょうか?」

「先生がご贔屓にしていらっしゃる『香仙茶房(こうせんさぼう)さんです」

「それはいつもあなたが用意されているのですか?」

「はい。先生も、お父さまもずっと飲まれていました。それは、何ヶ月も続いていることです」

 声がか細くなっていく。そのグラスから毒成分が検出されたのだから、1番動揺しているのは蘭子さんだろう。

「いつ頃部屋を出られました? その後はどうされましたか?」

「4時少し前だったと思います。その後は宇岐川さんたちの探検隊に加えていただきました。そういえば、部屋を出るとき森原さんのお孫さんが入ってこられました。大事な話があるとかで、それで私は席をはずしました。コウキ君です」

 コウキが? 何の用だったのだろう。

「森原コウキ君か。赤羽さんが亡くなっているのを発見されたのは、あなたですよね?」

「……はい」

「そのときの状況を詳しくお願いできますか?」

 少し間があったが、思い出すように話し始めた。

「パーティーが始まる1時間前に知らせるよう先生に言われていたので、部屋へ行きました。そのときに、まりんちゃんが退屈していると言っていたので、先生のお部屋にある本を見せようと……。いえ、先生の本ではなくて備え付けの図鑑のようなものでした。何冊かあったので、選んでもらおうと思いまして一緒に部屋の中に入りました。先生は酸素カプセルに入られていましたが、興味をひいたのかまりんちゃんもついて来て。私は先生にお声をおかけしました。でも、返事がなくて。それでファスナーを開けましたら……」

 少し見せた落ち着きは影を潜め、涙声へと一転した。私はまりんに確認したが、証言に間違いはないそうだ。この子は何にでも興味を持つのだな。良いのか悪いのか。

「酸素カプセルにはいつも?」

「……はい。週に2~3回。半年前ぐらいから使用されていました。なんでも、良い気分で目が覚めるのだとか。疲労感がなくなるとおっしゃっていました。今日も奥田先生が気を利かせてご用意してくださいました」

「あなたにとって赤羽さんはどのような方でしたか?」

「……大学出たての私を秘書に雇ってくださったような親切な方です」

「この後、お仕事の方はどうされますか?」

「まだ、わかりませんが、落ち着きましたら雇っていただけるところを探します。生活していかないといけませんので」

「彼女のことを恨んでいるような人は?」

「さぁ、田村さんならご存知かもしれませんが……」

「そうですか。ありがとうございました」

 蘭子さんは、ドアのところへ来ると中に向かって一礼した。対照的にフラフラと田村が足取り重く入って行った。


「お名前とご職業をお願いします」

「田村貢。赤羽先生の秘書をやっていました」

「何年ぐらいですか?」

「第2秘書だったころから数えると、15年くらいです」

「あなたも一緒にゴルフをなされていたんですよね?」

「はい」

「変わったことってありませんでしたか? 赤羽さんの体調でも他の方の様子でも、何でもいいのですが」

 田村は充分に間隔を取って考え、口を開いた。

「私が思うかぎりでは何もなかったと」

「ゴルフの後、何をなさっていましたか?」

「先生の部屋にお供した後、自分の部屋で仮眠していました。最近ずっと、身体が眠いと訴えているのにもかかわらず、脳が休まらなくて。2時間きっちり休むつもりでした」

「何時ごろ部屋を出られました?」

「4時前ですかね。蘭子君が、いつもの花の咲くお茶を入れていました。それであとは任せて、先生に目を通してもらう原稿をお願いしました」

「あなたは彼女と特別な関係は?」

「何の話でしょう?」

 声が上ずってきている。何か含むところがあるような、肯定だけじゃない何かがある気がした。

「赤羽さんはご結婚されていませんでしたね。理由が何かあったんでしょうか?」

「私にはわかりかねます」

「いつもお茶を飲んでいたことはご存知ですね?」

「はい。もちろんです」

「いつも梶田さんが用意されていたそうですが、あなたがすることはなかったのでしょうか?」

「ありませんでした。私がやることは、スケジュール管理と書類の作成が主でしたから。それ以外のことについては蘭子君に任せていました」

「あなたは部屋に入られてから、一歩も外には出ていないのですね?」

「はい」

「証明できる方はおられますか?」

「部屋には誰もいなかったから無理です」

「彼女を妬んでいたり、恨んでいたりする人はいませんでしたか?」

「それはもちろん大いにあります。こんな職業ですから」

 田村さんは多すぎて、人数を絞ることが出来ないと言った。

「今後、あなたはどうされますか?」

「どこかで秘書として雇ってもらいます。働かなければ食べていけませんから」

「政治家には?」

「分相応でいいと思っていますので」

「ご結婚されていませんでしたよね?」

「それが何か関係ありますか?」

 ムッとした声のトーンは、あくまでも冷静さを保とうと必死におさえた感じに聞こえた。

「いえいえ、確認しただけです。ありがとうございました」

 出てきた田村は、相変わらず弱々しかった。確かに政治家には向いていないと思われる。

しかし、これは疲れる。人の話を黙って聞くのがこんなに苦痛だとは思わなかったな。まりんは集中して聞き耳を立てている。……若さゆえか。

「次は私ですね」

 歌子さんがブランケットをめくり、啓司さんの待つ部屋へと消えて行った。


「どうぞ。お名前とご職業をお願いします」

「森原歌子。働いているように見えますか?」

「あの、そのっ、形式的なことでありますから」

 しっかり啓司さん。歌子さんの眼力に負けているよ。

「ええっと、森原さんは赤羽さんとのご関係は?」

「私は、あんな女と関係なんてありません。でも、どうせわかることだから言っておきますけど、私の息子があの女の妹婿だった過去はあります」

「今日はこちらに来られていないのですか?」

「もうずっと前に彼の岸に行ってしまいましたよ」

「それはどうも失礼いたしました。では、あの双子のお子様はお孫さんで、森原さんが育ててらっしゃるのですか?」

「ええ。2人ともしっかり育ってくれて」

「あなたが彼女を最後に見たのはいつですか?」

「1階のお茶室にいたときに見かけました」

 歌子さんは淡々と興味が無いように話している。

「それからどうされましたか?」

「表の薔薇の庭を散歩していました。それから、部屋に戻ってひと休みしていました」

「証明出来る人はいますか?」

「庭にいた時、三重子さんをお見かけました。部屋に戻ったときには、慶さんとまりんちゃん、それに秘書の方と話をしました」

「何時ごろでしょう?」

「さぁ……。時間まではちょっと」

私に同じ質問をされても答えは出せないだろうな。普通、そんな細かく時間なんて気にしてないし。

「赤羽さんのことは嫌いでしたか?」

「ずいぶん単刀直入だわね。でも、ええ。嫌いなんて言葉じゃ足りないくらいにね」

 歌子さんはきっぱりと言い放った。内側に根付く深いものが、かすかに感じ取れる。

「失礼ですが。赤羽さんは未婚ですし、身内の方も亡くなられています。遺産の相続はお2人のお孫さんになりますよね?」

「あの女に子供でもいなければ、そうなるでしょう」

「それは今、私たちの方でも調べております。今日、先生がここに来るということはご承知だったでしょうか?」

「来るまで知りませんでした。知っていたら、来なかったと思います。お話は以上ですか? 私は失礼させてもらいましょう」

 啓司さんが礼を言う間もなく、椅子から立ち上がり戻ってきた。耳に聞こえるのは、大きく深呼吸する男たちの息づかい。

「失礼します」

 コウキが颯爽とドアを開けた。


「よろしくお願いします。お名前と……えー、学年を」

 先ほどの歌子さんで懲りたのか、職業などとあほな聞き方はしなかった。

「森原コウキ。城陵高校1年です」

「双子の弟さんだね?」

「はい」

「君は赤羽という人物は知っていたかな?」

「はい。名のある政治家さんで、伯母さんです」

「今日ここで亡くなられていたんだけど、何か変わったこととかなかったかな?」

「変わったことですか? さぁ、特に気づきませんでしたが」

「テニスを終えた後、自由に過ごしていた時間に君は何をしていたかな?」

「自転車をお借りして、近くの図書館に行きました」

「ずっとそこに? 証明できる人はいる?」

「自転車をお借りしたのは奥田先生からですが、その他にはいないと思います」

「赤羽先生のベッドルームに君のサインが入った念書が置いてあったのは、どういうことかな?」

……念書? そんなのあったかな? 後でまりんに聞いてみよう。

「養子に来るようにと、言われていました。その承諾書です」

 返答までに微妙な間があいたが、言葉ははっきりとしていたし、うつむく濁りもない。

「この念書は、この春から赤羽さんが君を引き取って後継ぎにという話だね。それは家族みんなが承知していることだろうか?」

「いいえ。誰も知りません。秘密の話でしたから」

「君はあの人をどう思っていた?」

「数回見かけた程度で、会って話をするというのはありませんでした。あの話を持ちかけてきたのも秘書の田村さんでした。なので、正直わかりません」

「話したこともない人とそんな約束を、なぜしたんだろう?」

「うちは華族とは名ばかりで、家を維持するだけのお金もないんです。このままでは今の学校を卒業することさえ出来ません。だから、2人分の教育費をもらうのを条件に約束しました」

「ユウキ君でなく君にその話が来たのはなぜだと思う?」

「ユーキより、扱いやすかったんだと思います」

「君はずっと図書館にいたと言った。この念書はいつ渡したのかな?」

「……4時ごろ」

 蘭子さんの証言と一応は合っている。

「伯母さんがここに来るということは知っていた?」

「いいえ。紙もあちら側が用意したものです」

「また、後で聞くことがあれば、ご協力お願いします」

「はい。失礼します」

 私は聞いてみた。

「まりんは念書って……。あぁ、『Memorandum』の紙をあの部屋で見たか?」

「ベッド脇に落ちてたあれのことかしら。それかどうかわからないけど、確かにコーキ君のブローチが留めてあったわ」

「ブローチ?」

「うん。昼にユーキ君に見せてもらったあのブローチよ」

「コウキのだってわかったのは?」

「チェーンが左巻きだったの。書いてあったことはわからないわ。ケーちゃんが邪魔したから」

 面目もないが、普通あの状況では退くしかないだろう。

 コウキが出てくると、森原家の人々が硬い表情をしていた。コウキは何もなかったのかのごとく、ユウキの隣に座り取調室と化した部屋へと促した。


「名前と学年を」

「森原ユウキ。城陵高校1年」

「赤羽という人は知っていた?」

「もちろん知ってたよ。ただ、母の姉ってことだけ」

 コウキと変わらぬ声なのに、ユウキのほうが重々しく感じられた。

「今日、顔を合わせたよね? そのときには何か変わったことなかったかな?」

「普段を知らないから、今日違ったとしても気がつかないね」

「テニスが終ったあと、君は何をしていた?」

「裏の散歩道を通って、川へ行った。戻ってきたときは、いきなり悲鳴がして驚いたよ」

「コウキ君と一緒じゃなかったんだね」

「双子だからっていつも一緒にいるわけじゃないさ。まぁ、一緒にいても苦にはならないけど」

 ユウキは軽々しく言葉を紡ぐ。

「誰か証明してくれる人はいる?」

「さぁ?」

「伯母さんのことはどう思っていた?」

「さっきも言ったけど、よく知らない。知りたくもないし」

 まるで他人事。いつも明るく強気なユウキらしいと言えばらしい。

「彼女がここに来るということは前もって知っていた?」

「いや、知らなかった。知っていたら、まず、おばあさんが来なかっただろうね」

「また何か聞くこともあると思います。そのときはお願いします」

「オレが言えることがあればね」

 ユウキは口笛を吹いて部屋を出てきた。ドアを開けると、コウキと同じように顔が自然と家族の方を向いた。そこにはやはり同じく硬い表情の2人がいた。

「じゃあ、わたくしが次に行きましょうね。あとはうちの家系だけですからね」

 おばあ様はそう言うと、すたすたと部屋に入って行った。


「失礼しますよ」

「お久しぶりです。お元気そうで嬉しく思います。今日はこんな形ですが、一応決まりですのでご協力お願いいたします」

「わかっていますよ。それが、あなたのお仕事でしょう」

「おかけください。ではまず、お名前とご職業を」

「宇岐川桜子。宇岐川財閥会長とでも言っておこうかしら」

「恐れ入ります。えー……」

 啓司さん、やりづらそうだな。誰もが恐縮する何かがおばあ様にはあるのだろう。

「赤羽さんとは何かご関係がありましたか?」

「いいえ。何度かパーティーでお見かけしたことはありますけど、わたくしが近寄りたくなかったものですから、悠さんに任せていましたわ」

「先生のことはお嫌いだったんでしょうか?」

「まあ、そうね。歌子さんと友達なのよ、わたくし。いい顔すると思って?」

「……ごもっともです」

「嫌い以外の感想はありませんか?」

「仕事が出来る女だとは思いますわよ。でも、お近づきにはなりたくないタイプだわ。特に女性はそう思うでしょうね」

「ティータイム以降、何をされていました?」

「ひと休みしようと思って部屋にいましたわ」

「証明できる方はいらっしゃいますか?」

「証人にはならないでしょうけど、慶とまりん、それに変な猫が何回か顔を見せましたわよ。同じ部屋ですからね」

「変な猫? 宇岐川さんのお部屋は赤羽さんの正面でしたよね。何か聞いたりしませんでしたか?」

「いいえ、なにも」

「ありがとうございました。また、お聞きすることがあるかもしれませんが、その時はよろしくお願いいたします」

「ええ。それはそうとひとついいかしら? 啓司さん、お仕事に熱心なのもよろしいですけど、早くいい女性見つけなさいな。うちの年長組に付き合っていないでね」

「いや、別に付き合っているわけではありませんが、こればっかりは……」

 私も耳が痛い。とりあえず、聞かなかったことにしておこう。

「圭司さんも蓮さんも、口がすっぱくなるほど言っているでしょうにね」

「蓮じいさんが囲碁をしに来ると、必ず口にするんですよ。できれば、しつこく言うのをやめるように説得して欲しいくらいですよ。うちのじいさんも、蓮じいさんも、桜子さんには惚れた弱みでかないませんからね」

おばあ様は、口元を抑え微笑みながら出てきた。

「慶、あなたの番だそうよ。いつまでもまりんと音楽なんか聴いていないで、ほら、急ぎなさい」

 私は、苦笑して席を立った。盗み聞きの装置を回収して。


「失礼します」

「やあ、慶君。一応仕事だからよろしくね」

「はい」

 啓司さんと話しながら、視線はひそかにロデムを探す。部下Aの座っているパイプ椅子の横。棚のさらに横のくぼんだ所にいた。猫ならではのしなやかさ。

ロデムは目が合うと、右前足を挙げ、肉球を見せた。少し、いらいらしているのは話が出来ないせいだろうと思われる。

「お名前と、職業を」

「宇岐川慶。名ばかりの宇岐川財閥取締役副社長」

「赤羽さんとは今日が初めて?」

「はい。私はパーティーにはあまり参加しないので」

「だろうね。あ、いや……。ええっと、彼女のことはどのような人だと思った?」

「そうですね。威圧感があるのだと思います。話をしていて、そこに現れたら黙りこんでしまう感じでしょうか」

 啓司さんはタバコが吸いたいのをずっと我慢しているのだろう。指が机の上を這っていた。部下Aはしっかりメモをとっていて、うつむいたままペンを走らせている。

「客観的に見て周りで何か変わった様子はなかった?」

「奥田夫妻ぐらいしかよく知りませんけど、あのお二方はいつもと同じでしたよ。森原一家は数回しかお会いしたことがなく、残念ながらそこまで詳しくは」

「念のために聞きますね。ティータイムの後、どこにいました?」

「ちょうど部屋から出てきた梶田蘭子さんを加えて、まりんと3人プラス1匹で建物の周りや中を探検していました」

「ほう。では、いろんな場所に行っていたというわけか。いつごろ、誰を、どこで見ました?」

「アリバイですか。……そうですね、はっきりと時間まではわかりませんが。まず、部屋に行っておばあ様を見ました。休まれていましたから。それから、庭で三重子おば様を見ましたね。これは遠くからでしたけど」

「森原歌子さんは見ませんでしたか?」

「庭で、ですか? いいえ」

「続けてください」

「庭の中を突っ切って、裏へ回りました。まりんが散歩道に興味をもったので」

「あのとき以来だけど、本当に似てきたね。お父さんに似たのは、髪の色くらいじゃないのかな」

「そうですね。大きくなったでしょう?」

 父親には悪いが、似なくてよかったと思う。それは決して顔だけの話ではない。

「……本当にね。時間がそんなに経ったのかと思わされるよ」

「オホン!」

 部下Aのわざとらしい咳が啓司さんをハッとさせた。

「ああ、ごめん。どこまで聞いたっけ? ああ、裏では誰も見なかった?」

「途中で引き返しましたから誰も……」

 あのまま奥へ行っていたら、ユウキを目撃できたかもしれないのか。

「それから、またグルっと回って建物の中に」

「建物の中で誰か見ましたか?」

「準備に追われている従業員さんたちと、奥田先生を見かけました」

「それは、本館で、ですか?」

「はい、そうです。1階のパーティー会場となる別館につながった廊下で」

「赤羽さんが亡くなられたのを発見したのは、梶田蘭子さんで間違いありませんか?」

「それと、まりんです。2人が部屋に入ったあと、叫び声を聞いたので急いで行きました。そうしたら、あの状況で」

「……まりんちゃんにはショックが大きかっただろうな」

 啓司さんは眉を寄せて言った。

「本人の意識があればそうだったかもしれませんね。なんせ今はあの状態ですから。感情がないというか、押し殺しているというか……」

 私も言いようがない。現にまりんは見ているのだし、それをどう思っているかなんてそれこそ、まりんにしかわからないではないか。

「そのときに何か気づいたことはあるかな?」

「私は特に」

「そうか。この後まりんちゃんに話を聞くけど1人で大丈夫かな?」

「しっかりした子です。あ、よろしければ猫を1匹抱えさせたままでいいですか?」

「猫? そりゃあ、いいが……」

「ありがとうございます」

 私はロデムに目配せすると、部屋を後にした。まりんが入っていくと勝手に膝に乗るだろう。まりんにも言っておかなくては。

「まりん、行ってきなさい。ロデムが飛び乗ってくると思うけど、連れて入った感じで受け止めるんだよ」

「わかったわ。ロデムを引き取ってくるのね」

 理解が早くて助かる。私は、盗聴器を再び取り出した。


「こんにちは。宇岐川まりんです」

「こんにちは。椿啓司と言います。やぁ、その子が猫ちゃんか。真っ黒だね」

「ロデムです」

「いや、近づけなくていいからね」

 あれ? 啓司さん猫が苦手だったっけ?

「コホン。では、まりんちゃん。少しお話聞かせてね」

「はい」

「いやなこと思い出させちゃうけど、気分が悪くなったりしたら教えてね。お昼過ぎに何してたか覚えてる?」

「ケーちゃんとロデムと蘭子さんと探索してました。あちこち行って」

「どこに行った?」

「たくさんの薔薇で囲まれた庭。この時期にこんなに咲いてるのって品種の問題もあるだろうけど、庭師さん腕がいいのね。ああ、そこで奥田の奥様見ました。ほんの少しだけど。そして、裏道を歩いたわ。すぐに戻っちゃったけど。そして……」

「……まりんちゃん? すごいね」

 啓司さんは、あっけにとられているようだ。苦笑せざるをえない。

「ああ、ごめん。続けていいよ」

「はい。次に建物の中に入ってあちこち見て回ったわ。それから、蘭子さんに本を見せてもらおうと赤羽という人の部屋に入ったわ。本当は、酸素カプセルっていうのに入ってるって聞いてたから見てみたくて、奥の部屋に様子を見に行ったあの人について行ったの。そしたら、死体があったっていう状況かしら」

「……そう、えーと。何か気づいたことってあるかな?」

「気づいたというか、気になることがあるんだけど……」

「気になること?」

「そう。カプセルを開けたときにヒヤッとしたの。部屋は暖房が入っていたし、おかしいなと思ったんだけど。それ以外にもいくつか引っかかってることはあるけど……。それがハッキリしないのよね」

「えーと、まりんちゃん?」

 啓司さんが困っているよ。まさかあんなにはっきり言われるとは思っていなかったのだろうな。取調べしているほうが、声が震えているよ。

「それが何かわかったらまた報告するわ。でも、たいしたことじゃないかもよ?」

「いや、よろしくお願いするよ。どうもありがとう」

 まりんはロデムを抱えて戻ってきた。

「最近の女の子はすごいですね」

 部下Aが感嘆の思いをこめて言う。

「あの子が特別なんですよ」

 兄貴からの事情を知る啓司さんは、それ以外に言う言葉が見つからなかった。私は、まりんがあんなに一気にしゃべるとは思わなかった。普段は無口なのに。

「入りますよ」

 兄貴が、開いているドアを軽くノックして部屋へと消えて行った。ロデムを回収したので中で話されている内容は一切わからない。けど、まりんには聞かせられない話もあっただろうから、何の疑問も無く回収出来てよかった。


「ねぇ、ケーちゃん。あの田村って人、落ち着きないと思わない? 話を聞くときだけかと思っていたんだけど、そうでもないようだし。眼も泳いでるし」

「犯人かもって言うのか?」

「そういうわけじゃないけど……。薬の影響かなぁ。睡眠薬ってそんなに体に負担がくるもの?」

 まりんが何を言いたいのか理解に苦しんだが、確かにそう言われれば。足元はおぼつかないし、目の焦点もどこかずれている。

「……そうだな。違う薬を使っているかもしれないな。ちょっと確認してみるか。2人とも耳を貸せ」

 まりんとロデムにひそやかに耳打ちした。

「うわっ」

 突然悲鳴をあげたのは田村さんだった。もちろん、こちらがロデムを仕掛けたのだが。

「だめよ。ロデム」

 まりんが歩み寄って、左腕に飛び掛ったロデムを抱きかかえた。

「申し訳ありません。大丈夫ですか?」

 私は田村さんのシャツの袖をめくり上げた。

「大丈夫です」

「本当に申し訳ありませんでした。ほら、謝りなさい」

「ごめんなさい」

 私たちは田村さんに謝り、席へ戻った。さすがにちょっと演技っぽかったかなと思う。こういうのは得意じゃない。

「綺麗な腕だったな」

「ああいうのは、なまっちろいって言うんや」

 ロデムは彼にいい印象を持っていないようだ。

「特に変わったところはなかったわね」

 まりんの首をかしげる動作は可愛いものだが、考えている内容を思うといささか怖く見える。

 最後の容疑者が出てくると、啓司さんはみんなに向かって言った。

「みなさまお疲れさまでした。一応のところは、この場所から離れることも許可します。後々、お住まいの方へと伺って話を聞くこともあると思います。そのときにはぜひご協力ください。あと、遠方へ行かれる際には、連絡をしてからということでお願いします」

 全員が立ち上がってそこを後にした。啓司さんは最後までドアのところで見送っていた。


ーーーー◇ーーーー


私たちは3階の自分たちの部屋へ戻った。

「疲れたな」

「はしたないですよ。あれくらいでなんですか」

 ベッドに倒れこむのを、荷造りをしているおばあ様に咎められた。仕方なく身体を起こし、まりんを手招きして、抱えられているロデムからリボンを取った。今度はもっといい性能のを作ろう。カメラも搭載させるかな。

「なんやねん」

 じーっと見ているのが気に障ったのか、ロデムが顔をしかめる。

「しかしなんや、ずうっと黙っとくのって疲れるなあ」

 地面に降り立つと四肢の全てを伸ばし、さらに背中も伸ばしていた。ベッドに腰掛けたまりんの横に移動すると、前足を膝の上に乗せて顔を覗き込む。

「大丈夫やったか?」

「……え? 何が?」

 まりんはロデムのことなど相変わらず気にも留めず、自分の考えに没頭していた。

「あまり考え込むなよ」

「ケーちゃんが私の身体に、温度測定システムとか記録用カメラとか付けといてくれればよかったのに」

 私が軽く言うと、まりんは何を思ったのか唐突にそんなことを言い出した。

「そんなの付けられるわけないだろ」

「なぜ?」

 説明するのに困っていると、おばあ様がゆっくりとまりんに近づいて、隣に腰をおろした。

「簡単なことですよ。ほら、わたくしの手は暖かくないかしら? これはあなたが感じられるからわかること。そして、記録なんてものは記憶としてあなたの頭の中に蓄積されているのよ。今はわからなくても、いずれ思い出すときが来るわ」

 笑った? まりんの口元がゆるんだように見えたが、瞬きをしたらに元に戻っている。見間違いか。

おばあ様は、お互いのぬくもりを伝えられるよう、まりんの手をとった。重ねてきた星霜、経験が重く感じられた。いつか私も上手く言葉を使えるようになるのだろうか。

 ロデムが微笑んでいる。まりんはそれを見て、私に言った。

「ねぇ、ケーちゃん」

「どうした?」

 私は首をかしげ、まりんを見た。

「ロデムの顔を整形しないとね」

「整形ってなんやねん」

 相変わらずの真顔で言われ、私が聞く間もなくロデムが答えた。

「だって、今笑ったでしょう? 普通、猫は笑えないのよ。それに、よく見ると、眼もおかしいわ」

「どこが?」

 表情ない言葉は疑問を大きくさせる。

「猫の眼っていつも真ん丸じゃないのよ。明るさによって瞳孔が開いたり閉じたりするんだから」

「え、そうか」

 ふむ。光センサーを組み込んでおかないといけないのか。

「それから……」

 まだあるのか?

「瞼は上と下、両方から閉じるのよ。あと、鼻。いっつも濡れてないと。ひげや耳も、もっと動くようにしないと普通の猫じゃないってすぐバレるわよ」

 普通の人がそこまで細かく見ているかなぁ。

「それやったら、暗闇がよう見えるように、いい赤外線入れてや」

 ロデムがまりんに賛同した。はっきり言って、私にはめんどくさいとしか思えない。

「……がんばってみよう」

「それにしても……。毒ねぇ」

「本当に親しくさせてもらっている人たちを疑わなくては、いけないのですね」

兄貴の呟きに、おばあ様がため息を漏らした。

「青酸カリや砒素ではなさそうだけどね」

 兄貴はロデムのほうを見やって、苦笑した。

「わたくしは、キツネノテブクロを想像してしまったわ」

 キツネ? 何の関係が……? おばあ様の発言は頭を悩ませた。

「キツネのなに?」

「キツネノテブクロ。ジギタリスの和名ですよ」

「和名?」

 まりんが急に話に参加し出した。

「あら、まりんは知っているのではなくて?」

「ジギタリスというのが和名じゃないの?」

「そうねぇ。キツネノテブクロというのは和名というより、異名とか俗名とかのほうがいいかしら」

 そう言い残して、おばあ様と兄貴は引き上げて行った。

 私とロデムはまりんの意見に押し切られ、少しの間、ここに世話になることにした。この件がなんとかなるまで居座ろうと。

 その旨を、留守番しているキャサリンに連絡しておいた。

「お気をつけ下さい、慶様。貴女はこういうことに慣れていらっしゃらないのですから、余計なことをしてはいけませんよ。なるべく啓司さんの後ろに隠れていてくださいね。隠れられないかもしれませんが」

 と、心配しているのが私の身なのか、私の性格なのか、解釈に悩む。


ーーーー◇ーーーー


「まだ、あの装置、部屋に置いてあるかしら。ケーちゃん、ちょっとついて来て」

 まりんが私たちの手を引っ張って向かいの部屋へと連れて行った。ドアには鍵が掛かっておらず、簡単に中に入ることが出来た。

そこはすでに警察の捜査も終了しており、人の気配も無く閑散としていた。奥の間へと足を向けたまりんは、そこに置かれてあるカプセルを眺めた。証拠品として持って行かれなかったのか。

「ねぇ、ケーちゃん。何でこれ証拠品として持って行かなかったんだろう?」

 まりんが同じことを疑問に持った。

「そうだな。毒殺って言っていたから、関係ないとふんだんじゃないか?」

「そうかしら」

 中を覗き込み、ファスナーを外側から、内側からと、上げ下げしながら言う。

「お茶、ね。だって、あれは『fatal dose』に達してないって言ってたでしょ? だったら、なにか他に要因があると思うの。それはきっとこれに関係してくるんじゃないかしら」

 致死量ね。難しいことを言う。

私には謎を解くような頭は無いぞ。興味なさそうにだれているあの、あほ猫と呼ばれている奴と一緒で機械オタクだからな。

そんな胸のうちを知ってか、まりんは淡々と言う。

「ケーちゃんは機械に長けているんだから、このカプセルにおかしな点があったらすぐわかるでしょう?」

「仕組みならね」

「じゃあ、構造的に変な箇所は無いってこと?」

「どうかな。一般的な商品を知っているわけじゃないし、解体して中を開けてみないとわからないだろうね。細かな構造は設計図がないから、そこまでしないと詳しくはね。でも、外見だけを見て言うなら、特に変わったところはないね。酸素を送り出すパイプがあって、気圧を調節するつまみがあって。スイッチを入れてみるか? 正常に動いているかどうか音でわかるかもしれないし」

 コンセントをつないでスイッチを入れる。カプセルの中は酸素が送り出され、かすかに空気の流れる音がする。よく出来ていると思う。音も静かだし、手軽だし。

「正常やな」

 ロデムの呟きに、まりんは、そっか、となにやら残念そうだ。

「何してるんだい?」

 背後からの声に振り向くと、啓司さんが屈んでいた。首をにゅっと突き出し、微笑みながらのそれは、毛の生えた亀のようだ。

私は突然の他人出没で、鼓動が早くなったことを悟られないよう返答した。

「いや……。啓司さんこそ、まだ帰ってなかったんですか?」

「うーん、帰りたいのは山々なんだけどさ。これから従業員たちに話を聞きに行くんだよ。落ち着いた時間じゃないとダメって言われててさ」

 半分ぼやきの入った話し方は、刑事という職業病なのだろうか。感心している私の横で、まりんが首を傾けて可愛らしく見えるポーズをとり、啓司さんにおねだりしていた。

「ついて行ってもいいかしら?」

 啓司さんは自然に顔がゆるみ、へらっとして頭を撫でた。

「ダメってことはないけど、別に楽しくないと思うよ?」

「大丈夫。邪魔しないようにするわ」

 啓司さんは私を見たが、私には主導権が無いようだ。ただ、まりんの手をひいて保護者らしく啓司さんについて行く。それだけが現在の存在理由だから。

 機械を元に戻し、部屋の戸締りをして廊下に出た。

と、いってもドアを閉めただけだ。


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