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風薫る冬薔薇の宴  作者: 時田柚樹
3/9

Premonition ー予感ー


 4時半過ぎて、部屋を出た。まりんとロデムを連れて。

 どうしても探索をするのだと狩り出された。なので、正確には『2人に連れられて』だ。 

廊下に出ると、蘭子さんがドアの前に佇んでいた。ちょうど部屋を出てきたところなのだろう。

「あら、まりんちゃんとお散歩ですか?」

 にっこり笑う彼女は、まりんの身長にあわせてしゃがみ込み、頭を撫でた。

「私も探検隊にまぜてくれる?」

 まりんはあっさり頷いた。話が出来なくなったロデムは、ものすごくしかめっ面な表情へと変化した。猫には限度があるけど。

 蘭子を一向に加えた3人と1匹は、とりあえず薔薇庭園を散策することにした。エントランスを出たらそこだっただけの話なのだが。

 まりんを先頭に色とりどりの薔薇の花を愛でながら、順不同に、なぜか効率悪く歩いて行く。

 どう進んだかわからないが、少し陰になったオレンジ色の薔薇群の前で、三重子おば様が優しい微笑みを浮かべ、丁寧に1本1本摘んでいた。

 その様子を遠巻きに眺めながらまりんが呟いた。

「来年も泊まりに来た人たちの目を楽しませてくれるといいわね」

「そうだな」

 私たちが眺めている光景など知る由もないロデムは、こそっと苦情を申し出ていた。

「もう薔薇はええやろ」

「次、バックヤードへ行きましょう」

 まりんが蘭子さんの背中を押して裏へぐるりと回る。

 こちらも可憐な花が咲いているが、名の知らぬ花が多く、薔薇に負けじと自らの色を競い合っていた。

 大して広くないそこは、簡単に通り抜けた。

「奥へ行くと小川があるのよ。ブナ林の脇にもかわいい花が咲いているでしょうね」

 蘭子さんは散歩道を指す。彼女の言う通り、ブナの木々に導かれ細い道を進んで行く。

 まりんはすぐに道をそれ、自生している草花を観察して歩いた。全く興味のない私とロデムは本線で待っており、蘭子さんがまりんに付き合った。そんなことの繰り返しだった。

「まりんは、あんなに花が好きだったか?」

「嫌いではなかったやろ。いつも2人でガーデニングっちゅうやつを楽しみよったし。どこまで詳しいかは知らんけどな」

 普通の猫の如く、後ろ足で耳の裏を掻いてみたが、バランスを崩しゴロンと横に倒れた。

「おまえのことだから、研究にかまけてて2人の生活を知らなかったんだろ」

「実はそうやねんなー」

 ロデムはおどけて言うが、短い言葉の中に後悔の念があった。仮初にも言うべきことではなかったと思った。

「そろそろ戻ろうか。空も火照り出したし。今、何時だろう?」

2人が戻ってきたころを見計らって声をかけた。

 蘭子さんがズボンのポケットから携帯を取り出した。画面を見て時間を確かめる。

「もう5時半になるわ」

「あれ? 蘭子さん。ストラップがありませんよ?」

 部屋へ上がる前に見たあの飾り気のないストラップが付いていない。

「あら、本当。金具がゆるくて、すぐ取れるのよね。外に出てから携帯を取り出していないから、部屋に落としたのね」

 いつものことよ、と笑う。

 建物に着くと、階段を上って3階まで行くのかと思いきや、まりんは2階のフロアを歩き出した。このフロアは歌子さんたちがいるはず。

「ここは2階だぞ」

 私の言葉に一瞬動きが止まったが「いーの」と言って、廊下の隅にある小さな飾りテーブルへ足を進めた。

 ポインセチアの鉢植えと秋の木の実。燭台が置かれたそれの下へしゃがみ込み、落ちているマツボックリとポインセチアの赤い花びらを拾い上げた。

「あらあら、手がかぶれますよ」

 後ろから少しかすれた声がした。歌子さんがまりんから花びらを取り上げて言う。

「触ってはダメ。かわいい紅葉の手がぶくぶくになってしまうわ」

「その花びらで手がかぶれるのですか?」

「これは花じゃなくて葉っぱですのよ。これから出る白い液体が手についたりすると大変なのだから」

 私たちが感心する中、歌子さんは小さな装飾敷きドイリーの上へ置いた。

 そして、自分の部屋へ消えて行った。私たちの部屋の真下だ。

「さぁ、上に行こう」

 3階へ上がったらすぐ、まりんが口を開いた。

「1時間もあったら暇ね」

 それを聞いた蘭子さんが提案してくれた。

「先生にお声をかけに行くけど、お部屋にある本読む? まりんちゃんが読めそうな図鑑とか絵本もあったわよ?」

「読む」

 小さな女の子が読めそうな本を薦めてくれた。もちろん、まりんはどんな本でも退屈を紛らわすために読むだろう。短い返事で答えて、蘭子さんに続いて赤羽女史の部屋へ入って行った。

 そしてまた、私とロデムは待ちぼうけ。


ーーーー◇ーーーー


「キャー!」

 突然の甲高い悲鳴が廊下全体に広がった。先ほど、まりんと連れ立って赤羽女史の部屋へ入って行った蘭子さんの声だ。私とロデムは一目散に駆け寄った。

「どうした!」

「まりん大丈夫か?」

 猫でいることを忘れ、思わず声を出したロデムは、奥まった部屋で立ち尽くしているまりんを見つけるとホッとしていた。蘭子は顔面蒼白で座り込んでいた。身体中が震えており、立っていられる状況にはない。ロデムの声も聴こえなかっただろう。

ロデムは軽々と私の肩に登り、まりんが見下ろしているものに目を向けた。

 そこには、蒼く変色し、酷く歪んだ顔の女が横たわっていた。右手で喉を、左手で心臓を抑えている。屈んで脈を診たが、反応がない。

ロデムを兄貴の元へ走らせ、奥田院長を呼んで来るよう頼んだ。

この部屋の主、赤羽女史は寝袋のような装置、スポーツ選手がよく使っているという酸素カプセルに入っていた。

私は蘭子さんを居間の椅子に座らせた。まりんは表情を変えることなく死体に魅入っている。10歳の子供にはインパクトが強すぎた。いくら自分を人間ではないと信じていても、だ。そっと、まりんの肩に手を置いて部屋を出るよう促したが

「ちょっと待って、ケーちゃん。なにか引っかかるの」

 まりんは視線を固定して、手の平だけを私に向けた。

死体を見ていたかと思うと、次は装置の方に興味を感じたらしい。私が見るかぎりでは特に変わった様子は見受けられない。疑問に思っていると、ロデムが戻り、兄貴と奥田院長が慌てて飛び込んできた。まりんを抱え、後ろに下がることにした。

院長は慣れた手つきで手を見たり、瞼をめくったり、口の中を調べたりしていた。

「死後2時間から3時間というところかな。死後硬直も始まりかけている。溢血点ができてるな。詳しく調べないとわからないけど、心不全かな」

「心不全……」

 私と兄貴は声をそろえて言った。

「酸素カプセルは気圧が低くなっていて、心臓に何らかの問題がある人は気をつけないといけない。ただ……」

「ただ?」

 院長はハッキリしないものの言い方をした。私は気になって追求をした。

「ただ、なんでしょう?」

「いや、先生は年に1回定期検査を受けているんだ。もちろんうちでね。その際には、どこにも異常は見られなかったよ。今年度も来週末にはスケジュールが組んであって。安静時に見る心電図と、負担が掛かっているときに見る心電図は違うから、なにか見過ごしていたのかもしれないが……」

 額に汗が浮き出ているものの、冷静に努めようとしている。

 そういうものなのだろうか。私には知識がないので何とも言いがたい。

院長は一応警察を呼ぶ旨を告げて、全員を部屋の外に出した。ドアの前には、おばあ様たちがいた。

部屋に鍵をかけ、私たちは一階に集まった。そこで秘書の田村さんがいないと、少し冷静になった蘭子さんに尋ねた。

「田村さんは休まれているので私が起こしに行く手はずになっています。ああ、そうだわ。起こしにいかないと……」

「ぼくが行こう」

 兄貴が代わりをかって出ると、お願いしますと小さな声で呟いた。

「こんな騒ぎでも、お起きにならないんですね」

「え、ええ。時間があまりなくて、眠れるときに寝るようにしているのですが、最近それも苦痛らしくて、睡眠薬を飲んで休まれているらしいです」

 秘書も大変なのだと素直に思った。ましてや、あまり噂のよくない大物代議士ともなると。


ーーーー◇ーーーー


「啓司! 何でお前がこんなところに?」

「悠か。それはこっちが聞きたいね」

 見覚えのある童顔な男は兄貴の幼なじみ、椿(つばき)啓司(けいじ)。警視庁所属。

 彼の一家は、代々警察関係の仕事で、現在も父親が警視総監というエリートな警視さんだ。名前も代々、それ関係なのがおかしい。

「変死体があるって連絡を受けたからな」

 身体に似合わずテノールの甘い声が響く。

「そうじゃなくて、担当地域が違うんじゃないのか?」

「ま、いろいろとね」

 肩をすくめて笑う。と、同時に辺りを見回して、私たちを見つけ会釈した。

「状況を教えて欲しいんだが……」

 1番詳しく判断できるであろう奥田院長が説明をした。

「慶、案内を」

 兄貴に促され、啓司さんを含めた捜査チームを事件現場へと案内した。

 私よりも10センチは低い背丈のスーツが、ダッフルコートを片手に1番前を歩いている。部屋へ入る際にもあれやこれやと指示をし、報告のひとつひとつに頷く。

「なるほど大物だな。おい、解剖許可をもらって来い。急いでな」

「解剖するんですか?」

 亡骸を見ると、まず始めに手を合わせ、それから部下を走らせた。

「院長先生もおかしなところがあると言っていたが、顔の色や溢血点が気になる。だから一応ね」

 こんな経験などしたことがないので、全てにおいて感心せざるを得ない。

 啓司さんは鑑識と話をし、部屋を出ると私に言った。

「このあとなにかあるのかい? 君たちの内、半数の人はオシャレしていたけど……」

「ここのオーナー夫人の誕生日パーティーですよ。もともと、それ目的でみんなここに来ていたんですから。1階に居た方たちは今日、ここに泊まり予定。その他の招待客は、そろそろ会場に集まっているのではないかな? あ、中止になります?」

「中止にはしなくてもいいだろう。どうせ解剖が終るまで何も判らないし、全員ここに泊まるとなれば聴取は明日出来るし。ま、私服刑事を配置するけどね。これも一応」

 人が亡くなったと言うのに、パーティーもどうかと思うが、奥田夫妻は出席しなければいけないだろう。

 1階に下りて、その旨を告げた。

「事件性があると判断された場合には、明日にでも事情聴取を行います。とりあえず、10時半ごろ、このスペースにお集まりください。今日はみなさん、パーティー会場より外には出かけないで下さい」

 啓司さんに念を押され、一時解散した。

結局、パーティーに参加したのは、奥田夫妻とユウキとコウキ、そして彼らに「おいしいものが食べられるから」と、エスコートされたまりんだけだった。

「ケーちゃんは来なくていいからね」

 と、なぜかキッパリ拒否されたので、私は家族でささやかな夕食を部屋でとることとなった。

猫は連れて行けないので、ロデムも置き去り。

「検死結果が自然死だといいな」

 兄貴が不謹慎なことを言う。

「そうですね。知り合いが殺人を犯したなんてこと考えたくありませんものね」

 おばあ様が頷いている。

 そしてその場は、ため息の溜まり場となった。


ーーーー◇ーーーー


 まりんが帰ってくると、パーティーの感想もそこそこに

「ケーちゃん。明日の事情聴取って1人1人が部屋で話を聞かれるんでしょう?」

「そうじゃないのか? 私も初体験だからね」

 1人では不安なのだろうか。あごに手をやり、悩んでいる。

何かひらめくと、私の耳元にお願いと囁いた。私には驚きを声に出さずにいるのが精一杯なことだった。そして、まりんのお願いには勝てなかった。

 パーティー会場に忍び込み、ワイヤレスマイクやら小型スピーカーやらその他もろもろ、使えそうなものはとりあえず持って部屋へ戻った。

 おばあ様や兄貴に気づかれないよう、小さな部品を組換え、出来たものはふたつ。

ひとつは、四角い携帯サイズ。イヤホンをつなげて自分で持った。もうひとつは、直径2センチの丸いもの。まりんのリボンの後ろへつけたそれは、ロデムの首に巻きつけられた。

「なんやねん」

 まりんはロデムを抱えると、部屋の外へ出て行った。

「ケーちゃん、聞こえる?」

 扉1枚隔てた、まりんの声が耳に届く。

 盗聴器。ごく簡単なもの。

 聞くだけのもので、こちらからは声が送れない。なので、私は立ってドアを開けに行く。そして、OKサイン。

「でも、なんで黄色のリボンなの? 他にもピンクとか、青とかあるのに。ロデムには目立ち過ぎ」

 まりんの疑問に、同時に、方言の違う同じ意味の言葉が発せられた。

「首に巻くなら、黄色いマフラーって決まっているんだ」

「首に巻くんやったら、黄色のマフラーやないとあかんねん」

 ロデムの身体が赤だったらよかったのに。というか、ロデムはわけもわからずリボンを巻かれたのに。

「ところで、お前はいつまでここにいるつもりだ?」

 兄貴がロデムの首をつかんで持ち上げた。

「なにするんや!」

「行くぞ」

 兄貴はそのままの体勢でドアを目指した。

「どこいくねん!」

「紳士の国の男性は、レディーと同じ部屋で寝泊りするのか? あほ猫」

「あほ言うな!」

「ぼくも我慢するんだ。お前も我慢しろ」

「いややー。1晩も一緒におったら、ストレスではげてまうやろ!」

 2人、いや、1人と1匹は隣の部屋へと消えて行った。私とまりんは気にしてないけど、おばあ様にとっては必要なことだからロデムにはがんばってもらおう。はげたら増毛してやるよ。

 騒がしい奴がいなくなり、薄暗く灯した明かりの中でまりんが呟いた。

「『Raise Cain』」

人殺し……と。


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