Marin ーまりんー
金木犀の匂いが季節の変化を教えてくれるころ、私の日々も変わり始めようとしていた。
「わかったか? 日本にいる『慶』という人物に会いに行くんだ。『宇岐川慶だ』
言い残して男は目の前で倒れたらしい。
ベッドに横たわる少女は開口一番、私に会うなりそう伝えると意識を失ってしまった。
この少女のことを私は知っている。現在の身長145センチで細身。輪郭はシャープだけども頬にふくらみがあり、ほのかな紅色。髪は肩までの真っ直ぐな栗毛。
今は見えないが眼を開けるとオリーブの深い色が輝く。なにより、あどけない寝顔の中に懐かしい面影が見え隠れしている。
そして、この少女「まりん・宇岐川・レイバック」がここへ来ることも知っていた。
なぜなら……。
「なぁ、もう3日やぞ。まりんはいつ目が覚めるんかいな」
少女の枕もとに座る黒猫が声を出した。
「さぁ。医者は、遠からず目が覚めるだろうと言っていたが、知っての通り、私自身は工学博士であって医学博士ではないからな。外傷がないこと、脳波に異常がないことぐらいしか見て取れないね」
「けっ。役に立たん奴やなぁ」
その言葉に反応してしまった。
「よくもそんなことが言えるな? 突然送りつけられた箱の中から、おまえを取り出し、動けるようにしてやったというのに。『たのむ。この回路で、動作や話が出来るよう何かしらに組み込んでくれ』だと? あんな走り書き読めるか。徹夜続きで死ぬ思いをしたのはこっちなんだぞ」
私はこめかみが動くのを抑えながら、人差し指をピシッと黒猫の前に出した。こともあろうにこのあほ猫は、鼻を突き出して匂いをかぎペロッとなめたのだ。
「やめんか!」
「まあそれは親友の特権っちゅうことで。でもなぁ……。何で猫やねん。もっとかっこいいもんなかったんかいな。ってゆうか、豹希望や」
「日本の一般家庭でそんなものが買えるか。よく考えろ。そして、おまえのためじゃないということも理解しろ。……大体何だ、その変な言葉使いは」
「ええやろ? 大学んときにおったアイシーが使いよってん。当時から研究してたんや。かっこええなぁ思うて」
「石井だ。何度も言ったと思うが、あいつは生粋の関西人じゃなかったぞ。間違ったまま覚えなくても」
そう、なぜなら。この黒猫が一足先に小包の中に収められて情報をもたらしたから。
ま、そのときは何のコーティングもされてない、ただの機械の箱だったが。
「…………んん」
漫才のような会話に緊張が走る。
そうっとオリーブの瞳が私を見た。私は、しゃがんで目線を合わせた。
「どこか痛いとこがあるか? 自分の名前がわかるか?」
まりんは不思議そうに身体を起こした。私は背中に手を当ててそれを補助した。
「ここはどこ?」
キョロキョロする目線の先に黒猫を捕らえた。が、特に気にするわけでもなく、また私に戻した。
「まりん。君はお父さんに言われてここに来たんだ。わかるか?」
まりんは少し考えて首を振った。
「……何も覚えていないのか?」
黒猫がしゃべっても驚かなかった。ただじっと見ているだけ。
「私が宇岐川慶だ。君は私を訪ねてここへ来た。この黒猫は……」
「ああ。ケーちゃんが創ったのね。……ということは、私も機械。すなわちロボット。あるいは、アンドロイドと言うのかしら?」
部屋の隅にあるスタンドミラーを目にして、手足を軽く動かせて見せる。
確か年齢は10歳だったと思うのだが、あまりにも大人びてはいないか? ……というか、ケーちゃん? 懐かしい響きはあの子のもの。ア行を伸ばして言うのが小さいときの癖だった。現在の記憶はなくても、潜在意識としてしっかり根付いているのだな。
「まりんは人間だ。この黒猫は確かにロボットだが。名前はロ……」
「オレはロデムや。よろしゅうにな」
私の言葉を遮って自己紹介を勝手にし、短い手を、いや前足をひょいっとまりんに差し出した。しっぽの先が激しく揺れている。黙っとけ、ということか。
まりんは目の前に出された肉球を軽く握って言った。
「よろしく、お兄様。大丈夫、人間と思い込んで人社会に適応してみせるから。しっかりやるわ」
まるっきり自分をロボットだと思い込んだようだ。どうすべきかと考えていると、
「ロデムでええ。それより、のど渇いてへんか? 立てるようやったら1階に行って飲みもんもらってき。手伝いの姉ちゃんもどきがおるよって」
頷いて立ち上がったまりんは、よろけることもなく颯爽と部屋を出て行った。
「どういうつもりだ? なぜ本当のことを言わない?」
私は黒猫に問い詰めた。
「記憶がないんだ。今は何を言っても無駄さ。オレのことを覚えてない方がいいのかもしれない。愛のことを覚えてないのは悲しいけどな。……というわけやから、慶もロデムって呼んでや」
私は肩を落とした。真面目モードに入っていたのかと思えば、すぐにふざける。イギリスにいたときと何ら変わりない。
「まりんは誰に似たんだ? いや、顔じゃない」
「どうやら、気の強いとこを全面に受け継いだようやな。記憶があるときは年相応のとこもあるんやで」
ロデムは、あるかどうかわからない肩をすくめて見せた。
ーーーー◇ーーーー
「いやー、慶様!」
下のキッチンから妙な叫び声が聞こえた。2人で顔を見合わせ、足を動かした。階段を降りて部屋に飛び込むとこれまた奇妙な光景が。まりんが、メイドのスカートをたくし上げているのだ。
「……何をしているんだ?」
「ああ! 慶様。お譲ちゃんがいきなりスカートめくりをなさるのです」
そばへ寄ってしゃがみこんだ。
「女性のスカートをめくるものじゃない。一応……」
「だって、ケーちゃん。この人が女の人か男の人かわからないんだもの」
私とロデムはくるっと方向を変えて、声を出さずに笑った。
「どう見ても女でしょ? ヤローだなんて疑われたこと一度もないのに。大体、それを言うなら慶様のほうが不審だと思うわ。お綺麗な顔なさってるのに、おしゃれにまったく興味ないんだから。いつも白衣だし、髪もざっくり切っただけのような整え方で」
メイド服のスカートを引ったくって、しわを伸ばしながら訴えた。
「ケーちゃんは女の人よ。だって……あれ? なんでかしら?」
「まりん。この人は私たちの世話をしてくれる大事な人だよ。キャサリンって言うんだ。本名は教えてあげられないけどね」
涙目の私は、首をかしげているまりんの頭に手を置いて話した。最後のほうは、かなり小さな声で。
「キャッシーって呼んでくださいな。それより、お譲ちゃま、おはようございます。キャッシーはすごく心配していたのですよ。目が覚めて本当によかったですわ。お腹すいていませんか? もうすぐ夕食の準備が出来ますからね。ちょっと待っていてくださいね」
「まりんでいいわ。じゃないと私もキャッシーって呼んであげない」
キャサリンは、本当に綺麗で買い物などで外に行くと必ずナンパされる。一時は何とかというプロダクションから、しつこく勧誘もあった。私よりも五センチ高く180はあるはず。私も背が高いので大柄という言葉は使いたくない。すらっとしていて、髪は色素の薄い亜麻色で、今はひとまとめにしてある。
キャッシーなどと言ってはいるが、純粋な日本人だ。私としては大変お世話になっているので、あまり声を大にして言えないが、れっきとしたヤローである。本名も年齢も言えないが。
ちなみに私は堂々と言える。34だ。
私はテーブルに腰掛けた。キャサリンに促されてまりんも対面に座る。ロデムは食事をしないので、いつもと同じくふかふかカーペットの上で毛づくろいをし、眠ろうとしている。完全に猫化している。
「私、ご飯食べても壊れないかしら?」
「大丈夫だよ」
だって人間なのだから。心の中で返事をした。
「そうそう、慶様。例のDVD・BOX。予約しておきましたよ」
「ありがとう」
キャサリンが予約票を目の前に置いた。来月発売予定の商品だ。
「今度『バビル二世』のDVDも出るのですって。しかも古いオリジナルのほう。予約なさいますか?」
ロデムが飛びついて来た。
「もちろんや! 『新』もいいけど、やっぱ昔のやつがええねん。なぁ、慶ちゃん買って」
慶ちゃん言うな。首をかしげ目をキラキラさせても可愛くないが、私も欲しいので。
「買おう」
即答。
「せや! 今度の日曜日はDVDの日にしよ。まりんにも、ロボット・モビルスーツ・人造人間・サイボーグなんかのよさを知ってもらうんや!」
「自分をロボットだと思い込んでいる娘にか?」
二本足で器用に立ち、威張るロデムは、私の、ぼそっとした意見で即撃沈。
DVDの日はやってこないことになった。
「……元大蔵省大臣、赤羽影夫さんは、88歳というご高齢の上、もともと心臓の調子がよくなかったとのことでした。お通夜は今週の金曜日、午後7時から。告別式は土曜日の午前10時から執り行われるそうです。以上、赤羽君華議員の自宅前から高橋がお伝えしました」
スイッチを入れたテレビのニュースは、有名政治家の父親の訃報を伝えていた。
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宇岐川財閥という大企業の社長をやっているうちの兄貴、宇岐川悠が、忙しいと言いながらも度々足を運んでいるのは何故だろう。前からシスコン(私は含まれていない)だとは思っていたが、ロリコンの気もあったのか。
しかし、その目当ての子にはずうっと無視され続けている。今では、ロデムで遊ぶために来ているとしか思えない。
……おばあ様に黙っていてくれるといいのだが。
その兄貴のお目当て、まりんにはここ1ヶ月、驚かされっぱなしだった。
漢字を書くことは難しそうだったが、日本語も英語も完璧に話せたし、いろんな知識も披露した。
魅惑の女教師になるんだと、眼鏡まで用意したキャサリンは、一日でスーツを脱いだ。
庭で育てているハーブなどをキャサリンと一緒に世話していたが、彼女いわく
「あたしの出番がありませんわ」とのこと。
本当に、いろいろと知識があるようだ。これも、あの子の影響か。
では、まりんが何をしていたかと言うと。きっかけは、テレビで何かのニュースを見ていたロデムの呟きだった。
「なんや、浦島太郎やな」
それが何かわからなかったまりんは、実家にたくさん本があるのを知ると、ロデムに教えてもらったと言う『可愛いおねだりポーズ』で、兄貴にお願いしたのだ。
「ユーちゃん、お願いがあるの」と。
それからというもの、ほとんどの童話を読みあさった。私たちが幼稚園にいた頃に読んでいたような本の数々。
結構覚えていないもので、保母さんに変身中のキャサリンは
「あら、そんな話だったかしら?」
と、首をかしげるものが多かった。
たまに覗いて、「面白いか?」と聞くと、笑顔も涙ぐむこともなく真剣に
「怖いわ」
ただ一言返ってきた。これらの話はいずれも、妬み、嫉妬、金品強奪、殺人及び動物殺しの話だという。『人というものが怖い』ということらしい。
私としては、ワーズワースのほうがかなりブラックだと思うのだが。ま、たぶん、それも聞いたことがないのだろうけど。
子供らしい知識を知らないことが多かったが、本を読むのは好きらしいから、すぐに覚えるだろう。
そんな日々が続いた中、1日だけ違う日があった。兄貴が、おばあ様からの命令を持って来たのだ。
そのため、実家に帰ることとなった。
ロデムは拒否を続けていたが、まりんに抱え込まれ無理矢理連れて行かれる羽目に。
留守番するキャサリンが1人で寂しくないのかと、要らぬ心配もしていたが
「まりんさまがいらっしゃらないのは、寂しく思いますが、こう見えてもあたし、しっかりしているのですよ。無事留守をお預かりしますので、安心して遊んでいらしてください」
と言われ、頷いていた。
私は、そりゃそうだろうと思ったが、あえて口には出さない。冷ややかな眼差しのロデムもそう思ったに違いない。睨まれるのが嫌なら、黙っているべきだろう。
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実家は私の家から車で1時間の小高い丘にあり、避暑地を思い出させる洋風でシンメトリーな建物は、綺麗に剪定されたスクリーンで囲まれていた。門扉は3人が両手を広げて余りある大きさで、そこを越えてもなお道があった。
玄関の前まで行くと、タイミングを見計らったかのように眼鏡の男性が出て来た。執事の渋谷だ。年は37だ。年上にごまかしているのではないかといつも思う。
「お待ちしておりました」
恭しく一礼すると、ワインレッドのアクスミンスター絨毯の上を先頭に立って応接間に足を向けた。背中はピシッとしたスーツで覆われていたが、肩幅の広さが体育会系を思い出させる。
「奥様。慶様が参られました」
磨き上げられたチッペンデールの家具に囲まれた部屋は、大きな窓から光が差し込んでいた。その前に立っているのは、背筋の伸びた小柄な女性だった。彼女はゆっくり振り返ると
「ずいぶんお久しいこと。連絡もよこさず、くだらない機械ごっこで楽しんでいるようね」
チラッとロデムを見たが……まさかね。
「あのときよりもあの子に似てきたわね。色違いのミニチュア版という感じ」
近くに歩み寄ったまりんの頬に触れた。ハイネックのセーターに緩やかなラインのパンツ、肩にかけたショールは千歳緑。
私のおばあ様、宇岐川桜子は屈んでまりんを迎え入れた。80ちょい手前という高齢なのだが、いつまでも元気なのは、あのショールの色が不老長寿を招いているのではないだろうか。
「そんな猫は放って置いて。いただきものがあるの。みなで食べましょう。渋谷、支度を」
渋谷は会釈をして、部屋を後にした。私たちは猫足の椅子に腰掛けて、再び彼が戻ってくるのを待った。もちろん、しっかり抱えられているロデムも一緒に。
「眼鏡を外せばいいのにな。別に視力が悪いわけでもないだろうに」
「それがないと執事じゃないのだそうだ」
ぽそっと言った独り言に、新たな人物が答えた。
「おばあ様。どうです? ぼくの言った通りでしょう?」
「ええ、悠さん」
黒に近い藍色のスーツに、鮮やかな黄色のネクタイ。オールバックの髪は黒々としており、力強さを感じる。彼は何回も我が家に訪ねて来ている。
「兄貴、話したな!」
私とロデムは、白々しくニヤつく二つ年上の長兄に視線を投げつけた。
「当然だろう?」
ため息が漏れた。なにしろ、おばあ様に逆らえないのが家の宿命。だから、当然といえば当然なのだが、出来れば隠しておいて欲しかった。ロデムが兄貴に遊ばれるのは、猫以前からのことだが、おばあ様にまでバレてるとなると……少し同情。
「失礼します」
渋谷がワゴンを押してくると、音も立てずテーブルに紅茶とガラスの器に入ったデザートを並べていく。
「まりん食べるな!」
唐突にロデムが口を開いた。
「いきなり何だ。ロジ……」
「うあああおああおあああああああおおうー」
「なんですか騒々しい」
おばあ様は大声に驚いて胸をおさえてはいるが、別に何処も悪くない。兄貴の口を大声で塞いだのはロデムだ。
「ロデムや。オレの名前はロデム。わかっとってゆうとるんがタチわるいわ。って、そうやのうて……」
兄貴が回りこんで、ロデムの首筋を持ち上げた。ロデムは手足をばたつかせているが、必死で空をもがく姿はせつない。
「何か不都合なことでも?」
「そうや! 毒や。この白いもん、毒が入っとる!」
手をなんとか払いのけて、まりんの横に移動した。
「毒ぅ~?」
「そうや。青酸カリや。あぁ、オレの嗅覚を猫と同じにしといてくれた慶に感謝や」
私たちは硬直していたが、やっとロデムの言いたいことがわかった。
「どわーっはっはっは」
私も兄貴も大笑い。いつも、ふきのとうを噛んだような顔の渋谷まで小刻みにひくついている。おばあ様はさすがに肩を震わせる程度。まりんは、黙って見ているだけだった。
「くっ……。おい、あほ猫。お前本当にケンブリッジ主席か?」
勝ち誇ったかのごとく兄貴が言う。私も思う。なぜこんな奴に負けたんだろうと。
私はスプーンを手にとって、白いゼリー状の海へと差し込んだ。ひとすくいして口の中に放り込む。ロデムは慌てていたが、何のことはないもう一口。
「あのな、これは杏仁豆腐という中華のデザートだ。確かにアーモンド臭はする。それは別に猫だから匂うというわけじゃないさ。人間にだってかぎ分けられる。まりんも食べてみなさい。おいしいよ」
まりんは頷いて食べ始めた。初めての味だったのだろう不思議そうな顔をしている。
「毒なんかそんな簡単に手に入るか」
「こんな大企業のお偉いさん総本部に、ないもんなんてないやろ。……そうか、これはこういう匂いなのか」
訛っていない日本語は消え入りそうだ。ひげをだらんと垂らした落花生のフォルムは、恥ずかしさと新たな発見で縮こまっていた。
「で、まりんの顔を見て、アフタヌーンティーを楽しむだけに呼ばれたのですか?」
少し冷めた紅茶をすすりながら、尋ねてみた。
「いいえ。確かにまりんの顔は見たかったけれど、わたくしもそんなにヒマじゃなくてよ。今度の土曜日、10月30日に奥田の奥様が誕生パーティーを開かれるのよ。52歳ですって。それに出席するようにって招待状が来ているのです。まりんも行きましょうね」
「えー。あの奥さん苦手なんだよ。いつものように兄貴だけいればいいだろう」
「そう言って逃げると思ったから、前もってここに呼んだんだ。あの方はお前を気に入ってるのさ。会社に貢献すると思って我慢しろ」
私は冷ややかに兄を見た。
「確かにあのおばさんは、『慶君、良い方がいるの。会ってみる気はないかしら?』ってそればっかりだが、私がいないとなると、兄貴に矛先が向くものな。あ、そうそう、この前のお見合いもダメになったんだっけ」
ロデムの細長い目がキラッと光った。
「へー。金持ちってモテるもんやと思っとったねんけど、ちゃうんやな。まぁ、性格に難ありって見抜かれてんねんな。かわいそうに」
ここぞとばかりに言い放つと、すました顔でまりんを連れ、部屋を出て行った。兄貴の眉は上がっていたが、誰も気に留めなかった。
「……本当に記憶がないのね。唯一のひ孫なのに」
大げさに息を吐き、上目遣いに兄妹を見る。
「だそうだよ、ステキナ オニイサマ」
「がんばりな、カワイイ イモウト」
兄貴は仕事に戻るといって、家を後にした。私はロデム達を探しに部屋を出た。行き先は多分……。
「本当、愛はもちろんだけど、桃子にも似ているわ。……わたくしよりもずっと長く、元気でいてくれるかしら?」
部屋に残された人影が、ポツリと声を漏らした。
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今は亡き主人の想い出をたくさん詰めた部屋は、2階の1番端にあった。
学生時代のままに整えられている場所。淡い桜色の壁紙に、桃色と白いレースのカーテン。ロデムとまりんが寝転がっている大きめのベッドは、小さな花柄で覆われている。
1番印象的なのは、隣の壁を半分ぶち抜いて作ったライブラリー。元の私の部屋を改造したのだ。そこに並べられている数々の書籍。部屋を覗いた限りは少女らしいが、奥に奇妙な違和感を覚える。小説・漫画、生物・動物学、草花、神話、天文科学、化学関連、妖怪・妖術、医療・法医学、などなど。様々なジャンルの本がびっしり。無いのはといえば、料理の本ぐらいか。
ロデムは丸くなって寝ているふりをしている。思い出に浸っているのだろう。
まりんはといえば、その横で本を開いている。ここいるあいだ中、こうなんだろうなと呆れる。現在読んでいるのは、『猫の生態を理解して、仲良く暮らそう』というマニュアル本だった。