圧倒的強者
「クリフさん、この赤い果実はなんて言うんですか?」
「これはキンガだな。サッパリとした味の中に仄かに感じる甘みが美味しい果物だ」
「美味しそうですね!」
「なら、食べてみるか?親父、キンガを二個くれ」
「あいよ!」
お金を渡してキンガを二個受け取ると片方をソアラに渡した。
「ど、どうやって食べるんですか?」
「こうだ!」
赤い果実にかぶりついて食べる。
ソアラは俺の真似をして小さな口でキンガにかぶりついた。
ただかぶりつくだけなのに、やはり気品のようなものを感じるのは王女だからか。
「ん…もぐもぐ…んっ!美味しいです!こんなに美味しい果物があったんですね!」
「だろ?他にも美味しい食べ物はいっぱいあるから、見て回ろうぜ」
「はい!」
デボールの街に入った俺たちは、食糧調達をしつつ、出店が多い通りで食べ歩きしていた。
ソアラは本当に箱入り娘なのか、ここの出店にある食べ物をほとんど知らなかった。
だからか、何にでも興味を持つソアラに説明していくうちに、こっちまで楽しくなっていた。
…まるでデートみたいだな。
「クリフさん、クリフさん。私の顔をじっと見て…何か付いてますか?」
「あ、いや…子供みたいにはしゃいでるからつい」
「こ、子供みたいにはしゃいでましたか私?」
「はしゃいでたな」
「うぅ…こう見えても二十歳なんですよ?」
「えっ、まじか…俺と一歳しか変わらないのか?」
「そうなんです!だから、子供扱いはしないでくださいね!」
「わ、悪かったって…」
ムスッとした顔をしたと思ったら、すぐに口に手を当ててクスクスと笑い始める。
「楽しいですね、クリフさん」
「そうだな」
俺は、苦笑いで返した。
楽しい事はいい事だ。
俺もそれを狙って、ここで遊んでいる。
しかし、ソアラは本当の意味で自由を手に入れた訳じゃない。
これからも、ずっと追われる身なのだと考えると、果たしてこれでよかったのか。
…はぁ、初めてだな。
盗んだものでここまで悩むなんて。
しかし、今回は別だろう。
ソアラはティテュール王国の王女だ。
これからもずっと一緒にいる為には、様々な困難に立ち向かっていくしかない。
だが、俺はソアラが嫌がらない限り、ソアラを俺の手元に置く。
そう決めた。
何故なら、ソアラは俺のものだからだ。
誰にも渡さない。
「っ!?ソアラ!」
「きゃっ」
ソアラの黒いローブを引っ張って、路地裏の細道に隠れる。
「あれは…ラグレシェルムの兵士か。…なっ!?なんでアイツまでいるんだよ…!」
「ク、クリフ…さん?どうしたんですか?」
俺の腕の中で少し頬を赤くしたソアラが心配そうに聞いてきた。
「あぁ…まさかアイツがここにいるなんて…」
「アイツ?」
「ラグレシェルム王国の総大将ドルガス・マグノートだ。アイツに見つかったら流石の俺でも…」
「ドルガス・マグノート…確か、私たちの国が負けたのは総大将の力が大きく関わっていると、リリアンに聞きました」
「そうだ。先の大戦でラグレシェルム王国の勝利に大きく貢献したのがドルガスだ。アイツさえいなければ、ティテュール王国が負ける事はなかっただろうな」
それほど、ドルガス自身の力が凄まじいということだ。
アイツの一騎当千の力。
まともにやり合えば俺なんて瞬殺なんだろうな。
「とにかく、一旦ここを離れるぞ」
「はい」
ソアラの手を握って路地裏の奥に進んでいく。
しかし、そんな俺の前にヤツは立ちはだかった。
「やあ、こんな所で何をしているのかな?」
「…ここは近道なんです。私たちの家はこの先にあるので」
「へぇ…なら、君たちの家に僕を連れて行ってくれないかな?」
ちっ、この野郎。
なんでバレた?俺たちの変装は完璧だった筈。
「すいません。いくら騎士様のお願いでも、プライベートがありますので。失礼します」
俺はそれだけ言って奴…ドルガス・マグノートの横を通り抜けた。
「今は見逃してあげるよ。ここで君と戦ったらどれだけの被害が出るか、分からないからね」
「…」
やはり俺たちの正体を見破っていたか。
それに、俺と戦ってもアイツの勝ちは目に見えてる。
瞬殺できる筈だ。
なのに、何故見逃す?
「クリフさん…手が」
「悪い。震えるなんて情けないよな…」
「…」
路地裏を抜けるまで震えていた俺の手を、ソアラは静かにギュッと握ってくれた。
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