第8話 対複数戦闘訓練と対策
次の日、俺はいつも通りダンジョンへ入り通路を歩いていた。
昨日はダンジョン産の防具の効果を確認したが、今日は対複数の戦闘を確認してみるつもりだ。しかし、わかってはいたが通路にはモンスターがほとんどいない。ダンジョンに入ってからすでに30分ほど経つが未だに遭遇なしだ。
正直、昨日確認した防具の効果を考えれば部屋に入ってみても大丈夫な気もするが、一応1度は確認しておこうと思って探し回っている。
ダンジョンに入ってから1時間半近く経過した。俺は今ブルースライムを引き連れて通路を歩いている。このブルースライムに遭遇する前にもグリーンスライム2匹と遭遇してすでに十字路のところに誘導し終わっている。なので、このブルースライムを十字路まで連れて行けば今日の目的である対複数戦闘に移れるというわけだ。
しかし、通路で遭遇するスライムを集めるのは予想以上のメンドくささだ。戦闘訓練が目的なので余計なダメージを与えるわけにはいかないし、かと言ってこちらが無駄に攻撃を食らうのも面白くない。つかず離れず、絶妙な距離を保ちながら移動する必要がある。
だが、この苦労も後もう少しだ。グリーンスライムを誘導しておいた十字路が見えてきた。
ブルースライムを引き連れたまま十字路に到着すると俺は左右の通路を確認した。良かった、先に誘導していたグリーンスライムは移動せずにちゃんととどまっていたようだ。
それを確認した俺はバットで地面を叩き、スライムたちの気を引く。ガンッという音に反応して左右の通路にいたグリーンスライムがこちらに気付く。どうやら準備は出来たようだ。
俺は十字路の交差点を素早く通り過ぎ、後ろを振り向いてバットを正面に構える。
数秒後、向かいの通路からブルースライムが、左右の通路からはグリーンスライムが飛び跳ねながら顔を出す。
3匹のスライムを視界に入れ、俺はバットを強く握りなおした。
「ふぅ。」
1つ息をついて、一番近くにいた左のグリーンスライムに突きを繰り出す。
狙いを付けるスライムを正面にとらえつつ、残りの2匹も視界に入るように意識する。
狙ったグリーンスライムはこちらの攻撃に合わせて体当たりをしてきた。
ブルースライムもこちらの攻撃に合わせて飛び込んでくるのが見える。
右のグリーンスライムはまだその場でポンポンと跳ねているだけだ。
俺はグリーンスライムへの突きを緩め、グリーンスライムの体当たりを弾くようにバットを動かす。
グリーンスライムを弾くとそのままバットを回転させて右から飛び込んでくるブルースライムにバットを合わせる。
「ふんっ。」
俺はブルースライムにバットが当たったタイミングで力を込めて振りぬく。
ブルースライムはそのまま通路の先へ飛んでいった。
それを見た俺は先ほど弾いたグリーンスライムへ追撃を仕掛ける。
しかし、身体の向きを変えたタイミングで右のグリーンスライムが動き出したのを視界の隅にとらえた。
「チッ。」
俺は右腕でグリーンスライムからの攻撃をガードするようにして後ろへと下がる。
右腕に軽い衝撃を感じる。うまくガードできたようだ。
しかし、その隙に左のスライムが体勢を立て直してしまった。
視線を前にやると2匹のグリーンスライムがポンポンと跳ねてこちらを窺っている。ブルースライムはまだ転がったままだ。
ブルースライムが復帰する前にどちらかを倒しておくべきだろう。
そう決めると俺は一歩踏み出して右から横なぎにバットを振った。
右のグリーンスライムには後ろに転がられてバットを避けられた。
しかし、左のグリーンスライムにはまともにバットが入り、そのまま壁まで吹っ飛んで地面に転がる。
俺は右のグリーンスライムがまだ体勢を立て直していないのを見て、追撃に移る。
地面に転がるグリーンスライムに対して上からバットを叩き込む。
4発バットを入れたところでグリーンスライムは光となって消えた。
それを確認して俺は視線を前に戻す。
目の前にブルースライムが迫っていた。
「くそっ。」
俺は慌ててバットを持ちあげようとした。
しかし、目の前まで迫ったタイミングでは間に合うはずもなく顔面でブルースライムの体当たりを受けてしまう。
「ぐうっ。」
顔に受けた衝撃にのけぞりながら、呻きをあげて後ずさる。
痛みを押さえて目を開けるとさらに追撃しようとするブルースライムの姿がある。
俺はすぐにバットを正面に構えなおして攻撃に備える。
ブルースライムが飛び掛かってくる。
俺はバットを合わせて攻撃を受け止める。
そのまま地面に落ちたブルースライムへバットを叩き込む。
しかし、ブルースライムは横に転がり、バットは地面を叩いた。
バットを正面に構えなおしてブルースライムと対峙する。
残念ながら今のやり取りの間にグリーンスライムが体勢を立て直したようだ。視界の隅で跳ねているのが見える。
俺はグリーンスライムを視界に入れたまま、ブルースライムへ突きを繰り出す。
ブルースライムは後ろに転がって避けようとする。グリーンスライムは動かないままだ。
俺はさらに一歩踏み込み、バットを振り上げてそのまま叩き込む。
今度は横に転がって避けようとするブルースライムに対してバットの軌道を変えて対応する。
バットがブルースライムを捉え、ダメージを与えた感触が伝わってきた。
同時にグリーンスライムが飛び込んでくるのが見える。
だが、グリーンスライムの動きを視界に収めていた俺は焦ることなく身体を後ろにそらして避ける。
俺の前を通過したグリーンスライムが通路の先に落ちたことを確認し、ブルースライムへ追撃を加える。
動かないブルースライムに3発叩き込んだところで、またグリーンスライムが飛び込んでくるのが見えた。
今度は避けずにバットを構え、そのままグリーンスライムを打ち抜く。
真芯で捕えたグリーンスライムは通路の壁にぶつかり、ベチャッという音とともに弾け、光となって消えた。
それを確認した俺は視線をブルースライムに戻すとひたすらにバットを叩き込んで光へと変えた。
「うーん。しかし効率が悪いよなー。」
俺は通路に座り、壁に背をもたれさせながらつぶやく。
すでにダンジョンに入ってから2時間近く経過している。今までであればすでにダンジョンから出ていた時間だ。
スライムを追い立てるのに時間がかかったのは事実だが、やはり原因は通路にいるモンスターの少なさだろう。モンスターの数がもう少し多ければ、探す時間も追い立てる時間も短縮できるのだが。
しかし、ダンジョンに挑戦し始めてすでに1週間以上経過しているが、通路で遭遇するのは精々4匹だ。ダンジョンの探索は2時間程度になるように抑えているので、探索時間を伸ばせば数は増えるだろうが効率が悪いのはそのままだ。
「1度部屋に入ってみるか。」
俺は漠然と考えていたことを口に出してつぶやく。
正直、ダンジョン産の防具を装備したことでスライムの攻撃は大した脅威ではなくなっている。実際、今日もブルースライムの体当たりをまともに顔に受けたが大したダメージになっていない。以前に不意打ちで背中に体当たりを受けた時の方がダメージとしては大きかったくらいだ。
なので、おそらくスライムに多少たかられた程度ではどうこうなることはないはずだ。さすがに落とし穴とかに引っかかって逃げられない状況でたかられるとまずいとは思うが、ヒットアンドウェイの形でやれば大丈夫だろう。最悪たかられたとしても強引に突破して逃げれば大丈夫なはずだ。
それよりも問題なのは、やはり対複数の戦闘だろう。今回も最初の内こそ全体を意識できていたが、1匹目のグリーンスライムを倒すときに他のスライムから意識をそらしてしまっていた。相手がスライムであったからどうにかなっているがこれは今のうちに慣れておかなければまずい。
いっそのこと武術か何かの道場にでも通ってみるか?今使っているのは金属バットだが、いずれはダンジョン産の武器に持ち替えることになるだろうし。
「ダンジョンの部屋か、道場か。」
通路の天井を見上げてつぶやく。
先を見据えるのであれば道場に通う方が良いんだろうが時間はかかるだろう。なら、両方やるか。道場に通いつつ、ダンジョンの部屋にも挑戦する。道場で学んだことをダンジョンで試していけば上達も早くなるだろう。
よし、そうしよう。
……いくらなんでも楽観的すぎるか。
でもなあ、他の方法というと別の公開ダンジョンで効率のいいところを探すかといったところだが、それだと結局ダンジョンの部屋に挑戦するのと危険度的に変わらない気がするんだよなあ。
結局、対複数を想定した戦闘訓練についての結論を出せないまま、俺はその日の探索を終えたのだった。
翌日、朝食をとり終えた俺は日課の散歩に行かずに車を走らせていた。
昨日、ダンジョンから帰った後も色々と考えたが、結局ダンジョンの部屋への挑戦と道場通いの両方をやることにしたのだ。なので今は通おうとしている道場へ挨拶をしに行くところだ。
数分後、コインパーキングに車を止めた俺は古めかしい門の前に立っていた。
“佐々木剣術道場”
それが俺が通おうとしている道場の名前だ。
門の横に設置されているインターホンを鳴らして訪問を告げるとそのまま家まで来るように言われた。言葉に従って通用口を抜けて敷地の中へ入ると庭に植えられた立派な松の木が見えた。
俺はそれを横目に庭の飛び石を辿って自宅となっている建物に向かう。
「ごめんくださーい。」
俺は家の前に着くとそのまま引き戸を開けて声をかけた。
「おう、来たか。まあ、上がれ。」
声をかけるとすぐに家主がやって来て声をかけられる。道場主でもあり、紅葉おばさんの飲み友達でもあった佐々木龍厳さんだ。もう70を超えているのに未だに衰えが見えない御仁だ。
言葉通り家に上がると俺は居間に通された。通されてすぐに龍厳さん手ずからお茶を出される。龍厳さんは一人暮らしなのだ。
「ありがとうございます。」
お茶を受け取り、礼を言う。すると向こうから用件を尋ねてきた。
「それで、うちの道場に入門したいと言っておったが、急にどうしたんじゃ?田舎に引っ込んできて暇でも持て余したのか?」
「いえ、実は家の前の空き地にダンジョンが出現してしまいまして。」
「ほう、ダンジョンのう。」
俺が事情を説明しようとダンジョンのことを口にすると龍厳さんは嬉しそうにそうつぶやく。その表情にイヤな予感を覚えながらも続ける。
「はい。それで、ダンジョンの攻略を進めようとしているんですが、何しろ武術の経験がないので戦い方がよくわからなくてですね。それで龍厳さんに教えていただけないかと思って伺った次第です。」
「ふむ。まあ、構わんのじゃが、条件がある。」
「条件ですか?」
「そうじゃ。その条件は儂をダンジョン攻略に加えることじゃ。」
龍厳さんの口から告げられた条件に頭を抱えたくなりながらも言葉を返す。
「いや、ダンジョン攻略に加えろと言われても俺じゃ判断できないですよ。そういうことはご家族と相談してもらわないと。」
「はぁ。お前さんもそんなことを言うのか。美冬も自分はダンジョンに入っているくせに儂には駄目じゃと言いおって。」
美冬というのは龍厳さんのお孫さんの名前だ。というか、すでに止められているんだったら俺にそんな条件を出さないでほしい。
「どうしてもかの?」
「すでに反対されているものに俺は許可できませんよ。」
重ねて確認してくる龍厳さんにげんなりしつつ答えを返す。
「そうか。まあ、仕方ないの。」
「えーと、入門の件はどうなるんでしょうか?」
残念そうにうなだれる龍厳さんに確認する。
「ああ、それは構わんよ。それでいつから来るんじゃ?一応、道場を開いているのは土曜日じゃが、いつでも構わんぞ。」
今日が金曜日だから、明日の土曜日は道場が開かれているのか。
「じゃあ、明日の土曜日に来させてもらってもいいですか。どういう形の稽古かも分かりませんし、今後のことは明日相談させてもらうということでお願いします。」
その後、稽古の時間を確認し、近況報告や世間話をして龍厳さんの家を後にした。世間話の大半はダンジョン攻略を禁止されているという龍厳さんの愚痴だったが。




