第6話 レベルアップと課題
次の日の午後、俺は再びダンジョンへと向かっていた。
目的は昨日と同じでダンジョンの様子の確認である。
昨日、時間の都合で確認ができなかった通路を確認しに行くつもりだ。
監視所の入退場システムを操作して手続きを行う。退場予定時間は昨日と同じ2時間後だ。
手続きが終わると昨日と同じようにダンジョンクリスタルへと向かい、ダンジョンの階層に変化がないことを確認する。
予想通りダンジョンの階層が変化していないことを確認すると俺はダンジョンへと入っていった。
ダンジョンの階段を降りて地面に立つと俺はヘルメットのライトを点けて周囲を確認する。
とりあえずライトの明かりが届く範囲にモンスターはいないようだ。
それを確認した俺はゆっくりと通路を進み始めた。
しばらく進んだところで道が左右に分かれているところに行きつく。左は昨日行って行き止まりだったはずだ。
左右を見渡してモンスターがいないことを確認してから、俺はポケットからメモを取り出す。このメモは昨日の探索結果を簡易地図として描き出したものだ。
念のために確認したが、やはり左は昨日探索して行き止まりになっていた通路だ。なので俺は右に足を進める。
しばらく進むと今度は左に通路がある分かれ道に行きつく。
左の通路を昨日探索していることは先ほど確認しているので今度は悩まず直進する。
しばらく進むとグリーンスライムの姿が見えた。
どうやらまだこちらに気付いていないようだ。
慎重に近づき、上段からの叩き込みを入れる。
直撃する瞬間、グリーンスライムに回避行動をとられたためにやや中心からずれてしまった。
しかし、ダメージは十分入ったようでグリーンスライムはやや離れた位置に転がったままだ。
俺はそのままグリーンスライムに近づくと連続してバットを叩き込む。
4発入れたところでグリーンスライムが光となって消えていった。
「ふぅ。」
周囲に他のモンスターがいないことを確認して俺は息を吐き出した。
今のは不意打ちからそのまま倒すことができたので良かった。
しかし、何発も攻撃を入れないと倒せないというのはツライな。やはり地道にレベルアップして強くなるしかないのだろうか?
その後、通路の先を進んでみたがこの通路は行き止まりだったようだ。突き当りに何もないことを確認した俺は、先ほどの分かれ道まで戻ることになった。
分かれ道を曲がり、通路を進む。すると十字路に行き当たった。
メモを確認すると左が行き止まり、直進が部屋のある扉へ続く道、右が不明となっていた。
なので進むべきは残りの右の通路だ。俺はメモをしまって右の通路に向かう。
数分後、俺はまたしても扉の前に立っていた。
どうやら第1階層に3つあるという部屋の内の2つ目の部屋が目の前にあるようだ。
俺は慎重に周囲を窺いながら扉を開く。
「……。」
俺は音を立てないように注意しながらゆっくりと扉を閉めた。
これは無理だ。見た瞬間にわかった。昨日の部屋よりもスライムが多い。
ちらっと見た感じだと昨日の部屋よりも広いみたいだったので密度としてはあまり変わらないのかもしれないが、あれだけの数にたかられるのはごめんだ。
というわけで、今日も通路にいるスライムだけを相手にしよう。
そう決めた俺は通路を戻り、昨日の小部屋に続く通路を進む。
扉にたどり着くまでにグリーンスライムが1匹いたが特に問題なく倒すことができた。
また、途中にある落とし穴の罠もそのままのようだ。違和感を感じて確認すると昨日と同じように落とし穴ができた。罠は移動しないものなのだろうか?いや、例の“闇のクリスマス事件”では安全であったはずの場所に新しく罠が設置されて発生したはずなので油断は禁物だろう。
そこまで考えてふと時計を見る。ダンジョンに入ってからそろそろ1時間になろうとしていた。
「とりあえずの目的だった通路の確認は終わったし戻るか。」
俺はそうつぶやくとダンジョンの入り口へと通路を戻っていった。
結局、帰る途中にもグリーンスライムを2匹倒し、2日目の成果はグリーンスライム4匹と新しい部屋の発見ということになった。
それから数日、俺は毎日ダンジョンに挑戦し続けた。といっても相変わらず部屋の中に入る気にはならなかったので通路にいるスライムだけを相手にしていた。その結果、1日にグリーンスライムを2、3匹倒して終わりという日々だ。
一度だけ青い色をしたブルースライムに遭遇したが、どうやらグリーンスライムを単純に強化しただけのようで殴りつける回数が増えただけで特に問題なく倒せた。
しかし、そんなちまちました日々でも経験値は溜まっていたようで、ダンジョン挑戦から1週間でようやくレベルアップを果たした。
名前:森山 達樹(モリヤマ タツキ)
種族:ヒト
性別:男性
年齢:34
Lv.:2
HP:110
MP:109
STR:9
VIT:9
INT:12
MND:10
AGI:9
DEX:12
LUK:13
称号:探索者
スキル:ダンジョン適応、罠探知 Lv.1
ステータスを確認するとHPが10、MPが9、STR、VITが1ずつ上昇していた。インターネット上の情報ではHP、MPは10ずつ上昇すると書かれていたが、どうやら必ずしもそうなるものではないらしい。まあ、金属バットでひたすら殴りつけていただけなのでMPが上がっている方がおかしいような気もする。それに対して、HP、MP以外の能力値でSTR、VITが上昇したのは当然の結果だろう。
レベルアップの結果に対してそう結論を出し、俺はその日の探索を終了した。
レベルアップを果たした次の日、俺はいつも通りダンジョンへと挑戦していた。
モンスターのいない通路に対して、そろそろダンジョンの部屋にも挑戦してみてもいいかもしれない、そんなことを考えながら。
おそらくレベルアップしたことで心に隙ができていたのだろう。十字路で見つけたグリーンスライムにいつも通り殴り掛かったときにそれは起きた。
「はっ。」
掛け声を出しながらグリーンスライムにバットを叩きつける。
するとグリーンスライムは回転して避けようとする。
それに合わせ、叩きつけたバットの動きを水平に変化させる。
しかし、バットはグリーンスライムの上部をかすめただけで終わる。
バットを構えなおし、まだ余裕のあるグリーンスライムに対して追撃を加えようとしたとき、背中に衝撃が加わった。
「ぐぅっ。」
痛みに後ろを確認するとグリーンスライムがポンポンと飛び跳ねてこちらを見ていた。さらに周りを見回すと十字路の別の通路からもグリーンスライムが近づいてきているのが見えた。
「くっ。」
不意打ちを受けたことに焦りつつ、後ろのグリーンスライムに向けて駆け出す。しかし、先に攻撃しようとしていた1匹目のグリーンスライムが足に向かって体当たりをしてくる。
「うわっ。」
駆け出そうとした足に攻撃を受け、俺は前のめりに転んでしまった。そのままうずくまる俺に向かって3匹のグリーンスライムが体当たりをしかけてくる。
腕で頭を守りつつ数発の体当たりを受ける。ステータスのHPを確認すると60を切っていた。
このままではまずい、そう思い俺は右手に持ったバットをでたらめに振り回す。
するとバットにグリーンスライムを捉えた感触が伝わってくる。どうやら1匹は吹っ飛ばせたようだ。
体当たりを受けつつ、そのままバットを前に構えて立ち上がる。
視線を前にやると2匹が数歩の距離に、残りの1匹が通路の先の遠くに転がっているのが見えた。
すると、目の前の2匹が同時に飛びかかってくる。
俺は慌ててバットを水平に向けて2匹の攻撃を防ぐ。ステータスのHPを見るとわずかに減っている。どうやら防いでいるだけでもHPは削られるようだ。
ならばと俺は近くにいた1匹に狙いを絞って突きを繰り出す。
グリーンスライムは横に転がって避けるが、それを読んでいた俺は避けた方向にバットを振りぬく。
「ふんっ。」
気合とともに振りぬくとグリーンスライムを完璧にとらえ、通路の先へと吹っ飛ばす。
同時に反対側から体当たりに来ていた別のグリーンスライムの攻撃に耐えつつ、そちらを振り向く。
そして、すぐそばに落ちたグリーンスライムに向かって上段からの叩き込みを入れる。
攻撃の直後を狙ったので避けられることなく真芯でとらえることができた。
さらに3発追加で叩き込んだところでグリーンスライムは光となって消える。
グリーンスライムが消えたことを確認した俺はすぐさま残りの2匹に視線を移す。
どうやらまだ吹っ飛ばしたところで転がったままのようだ。
俺は痛む身体を動かして近くまで駆け寄ると転がっている2匹にバットを叩き込んで光へと変えていった。
「ふぅ。」
残りの2匹にとどめを刺した後、周囲に他のモンスターがいないことを確認して俺は息を吐き出しながら腰を下ろした。
「今のはマジでやばかった。」
通路の壁に身をもたれさせながらつぶやく。
何が悪かったのだろう?いや、考えるまでもなくレベルアップで調子に乗って油断していたことが原因だ。この程度でやられそうになっているくせにダンジョンの部屋に挑戦しようなんて自殺行為以外の何物でもない。
いくら不意打ちを食らった上に相手が3匹だったといっても最弱のグリーンスライム相手に殺されかけるのはやばすぎる。スライム程度であれば問題ないと思っていたが、ダンジョン産の防具を用意すべきだろう。
あと、通路で1対1の戦闘しかしていなかったせいで複数を相手にするのがうまく出来ていない。ダンジョンの部屋に入るとスライムに囲まれる状況を想定すべきだろう。対複数の戦闘の経験をもっと積む必要があるな。
しかし、部屋に入らずに対複数の戦闘経験を積むことができるのだろうか?今日まで通路で複数の相手をしたことはなかった。見つけたスライムを追い立てて複数が相手になる状況を作り出すか?まあいい、その辺は防具を用意してから考えよう。
その場でしばらく身体を休めた俺は、明らかになった課題を抱えつつ慎重に周囲を窺いながらダンジョンを後にするのであった。