第5話 ダンジョン初挑戦
翌日、ダンジョンへ挑戦するための準備を終えた俺はダンジョンの監視小屋の前で佐藤さんが来るのを待っていた。
なぜ待っているのかというと、探索者登録の講習会の時に初回挑戦時は事前にダンジョン管理機構に連絡を入れるように言われており、今日連絡を入れると佐藤さんから「ダンジョンの入退場を記録する機器の動作チェックの立ち合いをしますので」と言われたからだ。
機器の立ち合いをすると言っていたが、もしかしたらダンジョンに初めて挑戦する俺に対する最終確認も含まれているのかもしれない。ただでさえ探索者が減少している中、初心者探索者が無茶な挑戦をして死亡事故など起こした日にはダンジョン管理機構としては目も当てられないのだろう。
そんなことを考えているうちに道路の向こうから車がやってくるのが見えた。どうやら来たようだ。
「おはようございます。」
俺は車から降りてきた佐藤さんに向かいながらあいさつした。
「おはようございます。お待たせしてしまったようで申し訳ありません。」
「いえいえ、こちらが勝手に先に外に出ていただけですのでお気になさらず。」
簡単に挨拶を済ませ、2人並んで監視小屋へと歩き出す。
「では、早速ですが入退場システムの動作確認を始めますか?」
監視小屋の近くまで来たところで佐藤さんが聞いてきた。
「そうですね。お願いします。」
特に他に先に済ますことも思いつかなかったので早速始めてもらうことにした。すると、佐藤さんは監視小屋の鍵を開けて中に入っていった。そして、監視小屋の出窓部分にノートパソコンをゴツくしたような機材を置く。古いワープロのようなものといえばわかりやすいだろうか。
「これが入退場システムの機材ですか?」
「ええ、そうです。すぐに配線を終わらせますので少しお待ちください。」
俺が尋ねると佐藤さんは監視小屋の中で機材への配線を行いながらこちらを向かずに答えた。そして、配線を終えた佐藤さんは機材の電源を入れ、きちんと起動することを確認してから外に出てきた。
「先ほどもお答えしましたが、これが入退場システムです。今後、森山さんがダンジョンへ挑戦する際に毎回利用する物ですね。」
佐藤さんは機材のモニター画面を外に向けて調整しながらそう言った。
「では、使い方を説明いたします。といっても難しいところは特にないのですが。」
佐藤さんが苦笑しながら言う。
その後、佐藤さんから説明された使い方は言葉のとおり何も難しいことはなかった。
まず、機材の電源を入れてメニュー画面を表示させ、タッチパネルで“ダンジョン攻略”ボタンを押す。すると登録証の読み取りを指示されるのでモニターの手前に設置されているカードリーダ部分に登録証をタッチする。画面に探索者情報が表示されるのでタッチパネルの“確認”ボタンを押す。最後に退場予定時刻の入力が求められるのでタッチパネルから時間を入力して終了だ。
「以上で入退場システムについての説明は終わりですが、何かわからないことはありますか?」
最後に佐藤さんから確認されたので、特に問題ないと返す。
「ところで、これからダンジョンに挑戦される予定ですか?」
「ええ、そのつもりです。といっても、今日はダンジョンの中の様子を見に行くくらいのつもりですが。何かおかしなところがありますか?第1階層のモンスターはスライムだと聞いていたのでこの程度で十分かと思ったのですが。」
俺は佐藤さんにそう返しながら自分の服装を確認する。
今日の服装は上が黒のトレーナーで下がジーパン、そして手にはバッティンググローブを付け、足には会社で使っていた安全靴を履いている。背中にはタオルとお茶が入ったリュックを背負い、左肩にはケースに入れたままのバットをかけ、右手にはヘルメットをぶら下げている。
「いえ、その予定であれば問題ないと思います。ただ、攻略を進めようとするのであれば防具をそろえておかなければ厳しくなりますので。といってもこんなことは講習会でも聞いているとは思いますが。」
「そうですね。いずれ防具はきちんと揃えるつもりです。心配していただいてありがとうございます。」
さすがに俺も普段着でダンジョン攻略が進められるとは思っていない。とりあえず、しばらくスライム相手にやってみてどの程度動けるか、どういう防具であれば動きやすいかを確認してみるつもりだ。
他に何かあるか聞いてみると「隣のロッカーはご自由にお使いください」と言われた。家の方からは見えなかったが、監視小屋の隣には駅にあるような鍵付のロッカーが置かれていたのだ。どうやらこれは探索者用のロッカーだったらしい。そういえば講習会のときにそんな話をしていたような気もする。
ちょうどよかったので肩に下げたケースからバットを取り出し、取り出したケースをロッカーの中に入れておくことにした。ロッカーの大きさを考えると贅沢な使い方だが、目の前に家があるのだから仕方がないだろう。
取り出したバットを軽く振ってみて問題ないことを確認すると、俺はダンジョンに向かうことにした。入退場システムには先ほどの確認の際に2時間の予定だと入力済みだ。
俺は佐藤さんに声をかけると右手に持っていたヘルメットをかぶり、ダンジョンクリスタルへ近づく。ダンジョンクリスタルへ触れて現在のダンジョンの階層数を確認するためだ。
さすがに1週間程度ではダンジョンも成長しないようで、ダンジョンは以前確認した時と同じ6階層のままだった。
次いで、俺はダンジョンの入り口に向き合う。そして、深呼吸を1つしてダンジョンへと足を踏み出した。
ダンジョンの入り口から地下への階段を進む。階段はビル2階分くらい降りたところで終わった。
階段から降りてダンジョンの地面に立つ。
しばらくそのままにしていると暗闇にも目が慣れたのか周囲の様子がはっきり分かるようになった。
ダンジョンの中は洞窟状になっているようで壁や天井がむき出しの岩肌を見せていた。壁に近寄り、手袋をはずして手で触れてみるとひんやりとした岩の感触が伝わってきた。手袋を付け直して足で地面を蹴ってみる。表面がわずかに削れて土が飛んだ。地面は石のように固い地面ではなく土の地面のようだ。
壁と地面の確認を終えた俺は通路に向き直る。とりあえず見える範囲にモンスターはいないようだ。念のためにヘッドライトのスイッチを入れて確認する。明るい光が通路を照らしだしたがやはり何もいない。
右手に持った金属バットを強く握り直し、俺は通路を進みだした。
しばらく通路をまっすぐ進むと道が左右に分かれていた。それぞれの方向を覗き込んで確認してみるが特に何も見えない。
「さて、どうするか?」
独り言をつぶやきつつ腕時計を確認する。ダンジョンに入ってからまだ5分しかたっていないようだ。
「バットで決めるか。」
そう言って、俺は地面にバットを立てて手を放した。
コトッという音を立て、バットは左に倒れた。
俺はバットを拾って左側の通路へと足を進めた。
左の通路を進み始めて少しするとヘッドライトの照らす光の中を緑色の物体が横切った。
バットを両手に持ち直し、緑色の物体が移動した方へ少しずつ進む。
すると緑色をした半透明の丸い物体が視界の中に入ってきた。
どうやら、スライムと遭遇したようだ。色から判断すると最弱のグリーンスライムと思われる。
そう思った瞬間、スライムの上に“グリーンスライム”の表示が現れた。
ちょうどいいので俺の初ターゲットになってもらおう。
そう決めた俺はバットを下段に構え、慎重に距離を詰めていく。
どうやらまだ気づかれていないようだ。グリーンスライムはポンポンと小さく跳ねながら奥へと進んでいる。
グリーンスライムとの距離が5メートルを切ったところで一気に距離を詰める。
そしてバットですくい上げるように攻撃した。
しかし、攻撃は直前に気付かれ、わずかにかすっただけだった。
攻撃を外した俺は2メートルほど離れたところでグリーンスライムと向き合った。
グリーンスライムはその場でポンポンと跳ねている。
するとグリーンスライムがこちらに向かって勢いよく飛びかかってきた。
「うわっ。」
俺は驚きながらもバットを使ってグリーンスライムの体当たりをガードする。
しかし、グリーンスライムは地面に着地するや否やすぐに2度目の体当たりを仕掛けてきた。
「ぐぅっ。」
再びバットでガードするが、先ほどよりも勢いがあったのかダメージを殺しきれなかった。
俺はたまらず後ろに下がって距離をとる。
グリーンスライムはまたポンポンと跳ねながらこちらの様子を窺っているようだ。
「ふぅ。」
ひとつ息をついてグリーンスライムをしっかりと見据える。
今度は外さない。そう意気込みながら再びグリーンスライムめがけて駆ける。
俺はポンポンと跳ねているグリーンスライムの上から叩きつけるようにバットを振り下ろす。
するとグリーンスライムは跳ねるのをやめて横に転がるようにして避けた。
「なっ。」
俺はグリーンスライムが転がって移動したことに驚きつつも振り下ろしたバットをそのまま横に振りぬく。
今度はうまくとらえることができたようだ。
ゴムのような感触を感じながらバットを振りぬくとグリーンスライムは壁まで飛んでいき、そのまま地面に転がる。
俺は素早く距離を詰めるとグリーンスライムに振りかぶったバットを2度3度と叩きこんでとどめを刺した。
「思ったよりも手間取ったな。」
光となって消えていくグリーンスライムを見つめながら俺はそうつぶやいた。いくら初戦闘だからといって最弱のグリーンスライムからダメージをもらうとは思っていなかった。
もっと簡単に1撃入れれば終わる程度に考えていたが実際には合計で4発、かすったものも含めると5発ダメージを入れなければいけなかった。
これは思っていたよりもダンジョン攻略は大変かもしれない。そう思いながら俺は再び通路の奥へと歩みを進み始めた。
5分ほど進み続けると俺は行き止まりに行きついた。前方の壁を触って確かめてみるが周囲と同じ壁のようだ。仕方がないので来た通路を戻り始める。
その後、入り口へと続く道を通り過ぎ、さらに5分ほど進むと再び分かれ道があった。今度は直進するか左に曲がるかの選択だ。
少し考えた後、再び左へ進むことを選択する。今日は左に進むことにしよう。何となくそう思った。
左へ進んでしばらくすると今度は十字路に行き当たった。ここも左に進もう。
左に曲がって進み続けると再びグリーンスライムに遭遇した。
今度はどうやらすでに臨戦態勢のようだ。こちらを見てポンポンと飛び跳ねている。
それを見た俺もバットを正面に構える。
じりじりとすり足で距離を詰めていくと向こうから飛びかかって来た。
俺はそれに突きを合わせる。
今度は落ち着いていたためか、うまく当てることができた。
しかし、まだ致命傷にはなっていないようだ。少し離れた位置でグリーンスライムが起き上がるのが見える。
俺はバットを正面に構えなおして慎重に近づく。
そして距離が詰まったところで、一気に距離を詰めて突きを放つ。
グリーンスライムは横に転がって避けようとするが動きが遅い。
俺は突きの軌道をわずかに変え、グリーンスライムの中心に叩き込むことに成功した。
あとは吹っ飛んだグリーンスライムに近寄ってタコ殴りにすれば討伐完了だ。
今度も3発叩き込んだところでグリーンスライムのHPが尽きた。
どうやら今の俺の力ではグリーンスライム相手に5発入れる必要があるらしい。
その後、再び通路を進んでみたがまたしても行き止まりになっていた。運がないと思いつつ十字路まで戻る。
直進か左か迷ったが、とりあえず今日は左だと左に進むことを決めた。
左に進むと今度は長く通路が続いていた。
今度こそ正しい進路かと思い始めたころ、地面に違和感を覚えた。
何かあるのかとバットを使って慎重に地面を調べる。すると地面にバットを強く押し付けた瞬間、目の前の地面が消えた。
「うわっ。」
突然力を加えていた先がなくなり、バランスを崩す。危うく目の前にできた穴に落ちそうになりながらも、手前の地面に手をついて踏みとどまる。
「落とし穴か。というか罠探知で罠を見つけるとこういう感じなんだな。頭の中で音がしたり、罠の場所が光って見えたり、もっとわかりやすいものかと思っていたんだが。」
俺は立ち上がりながらぼやく。まあ、罠に引っかからなかっただけましか、と思い直して目の前の穴を迂回して道を進み始めた。
10分後、俺は扉の前に立っていた。
3部屋あるという部屋の内の1つだろう。インターネット上で仕入れた情報からダンジョンの部屋には扉がついているということは知っていたが、実際に洞窟の中に観音開きの巨大な扉というものを見るとものすごい違和感を感じる。
その情報によると部屋にはいくつかの形態があり、基本的なものは大部屋、小部屋の何もないだだっ広い部屋らしい。他にはモンスターハウスが存在していて、大きさや部屋の内装は普通の大部屋、小部屋と同じで中に入ると扉がロックされて大量のモンスターが出現するそうだ。それ以外だとこのダンジョンの第4階層にあるらしい迷宮エリアにも同じように扉が設置されているらしい。
扉を前にして俺はそんなことをしばらく考えていたが、ここでいくら考えていても仕方がないと思い、意を決して扉の片方に手を触れる。
徐々に力を加えていくと扉は予想外に重さを感じさせず開いていった。
慎重に開いた扉から部屋の中を窺う。
「……。」
俺はゆっくりと扉を閉めた。
部屋の中には大量のスライムがいたのだ。グリーンスライムだけでなく青いのや赤いのも。初めて見たがブルースライムとレッドスライムだろう。
現状、最弱のグリーンスライム相手にも時間がかかっている以上、上位種がいる部屋に侵入するのは無謀だ。
そこまで考えたところで時計を確認する。
気付けば、ダンジョンに侵入してから1時間以上経過していた。
行き止まりに行き当たっていたことを考えると少し早いがちょうどいい。今日の探索はここまでにしよう。
そう決めた俺は通路を引き返した。
その後、ダンジョンを出るまでにグリーンスライム1匹と遭遇したが特に問題なく倒すことができた。
結局、俺のダンジョン初挑戦はグリーンスライム3匹討伐という結果で終わった。