第17話 考察と反省と相談と
ストーンゴーレムに挑戦し、命からがらダンジョンから逃げ帰った翌日、俺は普段通りの時間に目覚め、身体の調子を確認していた。
ベッドに腰掛け、腕を回したり、足を曲げたり伸ばしたりするが、特に問題はないようだ。
ダンジョンから帰ってきてすぐは、疲労感が強く、肉体的にも精神的にもかなりきつい状態だった。しかし、一晩休んだことでそれらの不調も回復したらしい。
ダンジョンとはなんなのだろう?
朝食を食べながら今更ながらのことを考える。
昨日、ストーンゴーレムやレッドスライムからあれだけのダメージを食らったが、ダンジョンを出るとそれらのダメージは全て疲労という形に変換された。ダメージを受けたときの肉体的な苦痛は若干残っていたが、脱出するために移動している際にそれらもほとんど感じられない程度になっていた。
“ダンジョン内で受けたダメージはダンジョンを出ると疲労という形で還元される”
ダンジョンに対する調査が始まってすぐに発表された調査結果だ。
一応知識としては知っていたし、今までにもダンジョン内でダメージを負っていたのでこの現象も経験していた。だが、改めて考えると何とも言えない気分になる。
HPなどのステータスはダンジョン内でしか有効ではないので、ダンジョンを出る際に何らかの形で還元するというのはわからなくもないが、ダメージが疲労だけで済むのは随分と良心的に感じる。そもそもダメージなのだから肉体的な負傷などに還元されてもおかしくはないのだ。
だが、現実には疲労という形に還元されている。もちろん疲労であってもダメージ量が多ければ相応の休息時間が必要になるが、それでもせいぜい2、3日だ。
他にもダンジョンに関しておかしなところはある。
ダンジョンクリスタルに登録することで各人に応じた初期スキルと“ダンジョン適応”というダンジョン攻略に必須のスキルを得ることができるし、宝箱やモンスターからのドロップアイテムでは攻略に必要となるダンジョン産装備やスキルスクロール、魔法道具などを取得することができる。
ダンジョン攻略において“ダンジョン適応”の必要性は言わずもがなだ。このスキルがなければステータスの反映がなく、レベルアップもない。
また、ダンジョン産装備についても無くてはならない存在だ。一定以上のモンスターに対してはダンジョン産の武器やスキルでなければダメージを与えることができないし、防具も通常の物とダンジョン産の物では効果が雲泥の差だ。
防具は単純な防御力もそうだし、装備箇所以外の全身を防御する機能が圧倒的な性能差になっている。ダンジョン産の防具を身に着けていれば適性レベルを超える攻撃を受けない限りは肉体的なダメージではなくHPの減少という形に変換されるからだ。このため、ダンジョン産防具を身に着けていれば基本的に怪我をすることはない。
なので、ダンジョンから出るとダメージが疲労に還元されることと合わせ、ダンジョンへの挑戦を終えると最終的に疲れているだけということになってしまうのだ。
これはよく考えるととても危険なことなのだろう。ダンジョン内のモンスターやスキルなどの非日常性と相まってダンジョンがまるでアトラクションか何かのように感じられてしまう。
実際、例の事件があるまではそういった感覚で挑戦する探索者も多かったのだろう。ダンジョン産装備をそろえるのに数十万円かかるが、社会人であれば用意できない額ではない。車を買うよりも安い金額だし、運が良ければ宝箱やドロップアイテムでその金額以上を回収できるかもしれないのだ。
こうやって考えてみると、やはりダンジョンは探索者を求めているように感じられる。
最初にスキルを与えてダンジョンへの挑戦権を与え、宝箱やドロップアイテムによって強化したり、報酬を与える。それにより、より多くの探索者をダンジョンへおびき寄せる。
さらに、ダンジョン出現当初にあったようにダンジョンへの挑戦を止めるとダンジョンからモンスターがあふれ出すということもある。それによってダンジョンを放置させることなく、継続的にダンジョンへ探索者を引き寄せる。
……だが、それによってダンジョンは何を得るのだろうか?
ダンジョン内の探索者の数によってダンジョンの成長が早くなるのではないかという説が流れていたが、その後の検証でそれは否定されている。
やはり、探索者を殺すことで何らかのエネルギーを得ているのだろうか?
それにしてはダンジョン攻略が探索者にとって有利になりすぎているようにも感じる。単に殺すだけであれば、わざわざダンジョン産の装備など用意せず、定期的にダンジョンからモンスターをあふれさせるだけでいいはずだ。現に数は少ないがダンジョンコアを破壊され攻略されているダンジョンも出ているのだ。
……はあ、分からないな。
俺は結局これといった結論を出せぬまま朝食をとり終えた。
いつも通りに午前中の用事を片づけて昼食をとり終えた俺は、居間に座り込み腕を組んで昨日の戦闘で何が悪かったのかを考えていた。
先ず1番ダメなのはスライムがどうにかなったからといって金属バットを過信したことだろう。目の前に置かれた折れ曲がった金属バットを見て考える。
そもそも、ダンジョン産の装備やスキルスクロールに高い値が付いているのは、現代の武器や防具がダンジョン内のモンスターに通用しなかったからだ。
スライムやゴブリンなどの下位のモンスターには銃やナイフなどの武器も通用するが、トロールやワイバーンなどの上位のモンスターには通用しない。ダンジョンについて調べればすぐに出てくる情報だし、探索者講習でも聞いた話だ。
それなのに、ストーンゴーレムに挑戦するにあたって現状の装備を軽くチェックするだけで済ませてしまった。はっきり言ってなめているとしか言いようがない。自分では気づいていなかったが調子に乗って油断していたのだろう。
ストーンゴーレムについては挑戦前に調査して防御が固いことは確認していた。さらに詳しく調べていれば金属バットでどうにかできる相手かどうかも分かっていたはずだ。
原因は油断と準備不足だろうか。
次にダメだったのが、バットが折れ曲がったからといって敵の目の前で固まってしまったことだ。
このせいでストーンゴーレムの攻撃をまともに食らい、レッドスライムの火の矢を食らい続けることになってしまった。
武器や防具の破損などダンジョンへ挑戦していれば普通に起きることだ。この程度のアクシデントは想定しておいてしかるべきだろう。そういう意味では想定が甘く、戦闘をなめていたのだろうか。
だが、戦闘中のアクシデントに対する対応についてはある程度の経験も必要だろう。これについては次の稽古の日に龍厳さんに聞いてみるか。さすがに話を聞いただけで対処できるようになるとは思わないが、聞いたことがないよりはましになるだろう。
しかし、今日は月曜日か。次の稽古まで1週間近くあるな。
……稽古とは関係なく先に相談だけでもしておくか。
それ以外にダメだったところは、昨日も考えたが選択肢のなさだろうか。現状、金属バットによる近接攻撃しか選択できる行動がない。まあ、ブーツを履いているのでスライム程度であれば蹴りも有りかもしれないが、ストーンゴーレム以上になると通用する気がしない。それに、蹴りを選択肢に入れたとしても近接攻撃であることには変わりない。
やはり牽制レベルでもいいから遠距離からの攻撃手段が欲しい。遠距離からの攻撃手段があれば、ストーンゴーレムの攻撃範囲外からレッドスライムへ攻撃して先に排除することができたはずだ。仮に牽制だけであったとしてもストーンゴーレムと分断ができていたかもしれない。
とりあえずはダンジョン管理機構のアイテムショップへ行ってスキルスクロールの調達だろうか。
まあ、選択肢のなさに関しては別案としてパーティーを組むというものもあるのだが、残念ながらパーティーメンバーに当てなどない。
唯一候補に挙げられるのが美冬ちゃんなんだが、彼女の武器は刀だ。遠距離攻撃が欲しいところに近接武器のメンバーを加えても人数が増えるメリットだけで今後のことも考えると効果は微妙だろう。
それに美冬ちゃんは、俺と違って会社勤めだ。活動時間が違うのでそもそもパーティーを組むのは無理だろう。
後は佐藤さんに相談してダンジョン管理機構からパーティーメンバーを紹介してもらうというものか。
だが、人間関係に疲れて会社を辞めた俺としては、初対面の人間とパーティーを組むのは考えたくない。これは本当にどうしようもなくなった時の最終手段だな。
他にも疲れるからといってグリーンスライムとブルースライムを削りきる前にストーンゴーレムに突っ込んだのも問題か。あれも油断なんだろうな。
……とりあえずの反省点はこんなものか。
俺はひとまずの思考を終え、テーブルに置いた湯飲みに口を付ける。
結論としては、油断を含めて戦闘に対する心構えがなっていないということと、装備含め準備ができていなかったことか。
となると今日の予定としては龍厳さんに相談に行くかアイテムショップへ向かうかとなるのか。とりあえずは龍厳さんの予定の確認だな。
そう結論を出すと俺は龍厳さんへと電話をかけた。
電話に出た龍厳さんに訪問しても構わないかと確認すると、今日はもう特に用事はないのでいつでも構わないとのことだった。午前中は知り合いのところに出かけていたようだが、その用事も終わったとのことだ。
時計を確認すると15時を少し回ったところだ。相談に行くだけなのでアイテムショップによってから訪ねようかとも思ったが、とりあえず今日は龍厳さんへの相談だけで構わないかと思い直す。なので俺は15時30分ごろに訪ねると告げた。
その後、龍厳さんからうまい酒をもらったので晩飯を食べて行けと言われてしまった。俺は車で龍厳さんの家に向かうのだが、泊まれということだろうか。
……まあいい、抵抗しても無駄だろう。どうせ急ぎの用事もないし。
そんなことを考えながら俺は龍厳さんの家へと車を走らせた。
「おう、来たか。まあ、上がれ。」
龍厳さんの家に着き、玄関を開けると待っていた龍厳さんからそう声をかけられた。今日は稽古日ではないので道場ではなく、自宅の方に来ている。
そのまま以前と同じように居間に通されると、これまた同じように龍厳さんからお茶を出された。
「それで、今日はどうしたんじゃ?何やら相談したいことがあると言っておったが。」
用意したお茶に口を付けると、龍厳さんはすぐにそう聞いてきた。
「あー、それなんですが、昨日ちょっとダンジョンで危ないところがありまして、それでその相談をさせてもらえればと思って訪ねさせてもらったんですよ。」
そう切り出すと、俺は昨日のことを命の危険があったことをぼかしながら説明し始めた。
だが、適当にぼかして話してもなぜか龍厳さんに突っ込まれてしまい、結局、昨日の戦闘のすべてを話すことになってしまった。
「えーと、なぜ俺は道場で竹刀を構えているんでしょうか?」
龍厳さんにすべてを話し終えた俺は、道場で竹刀を構えて龍厳さんと向き合っていた。
「なぜもなにも、お前さんを鍛え直すために決まっておるじゃろう。戦いにおける心構えなんてものは、口で言ったところで身に着くものではない。じゃが、戦いにおける動きであれば体に叩き込むことができるじゃろう。」
「じょ、冗談ですよね?」
目の前で嬉々として竹刀を構える龍厳さんに問いかける。
「心配するな、竹刀で人が死ぬことはないじゃろう。」
俺の一縷の望みをかけた問いかけは、龍厳さんの笑顔とともに告げられた言葉によって砕かれた。
「うぅっ。」
「はー、情けないのう。たかが30分程度の打ち合いで動けなくなるとは。」
龍厳さんの言葉に首を動かし、時計を確認すると確かにまだ17時にもなっていなかった。感覚的に数時間は経っているように感じられたのに。
「まあいい、儂は先に戻るがお前さんはしばらく休んでから来ればいいじゃろ。その後で晩飯の用意と説教の続きじゃ。さすがに1時間以上も動けないということもないじゃろうしな。」
「……。」
俺は龍厳さんの言葉に声を出して答えることができず、わずかに頭を動かして答える。それを見た龍厳さんはため息をつき、竹刀を肩に担いで道場から出て行った。
「はぁ。」
10分ほど経っただろうか、俺はため息をつきながら身体を転がして道場の床に大の字になる。
道場の天井を見ながら、さっきの打ち合いについて考える。
相談しているときにも言われたが、やはりまだ戦いに身を置くということに慣れていないのだろう。というか、戦いに対して現実感を持つことができていない。
朝にも考えていたが、ダンジョン攻略についてアトラクション感覚で挑んでしまっているのかもしれない。特に最近はスライム相手にレベル上げを繰り返していたし、よりそういう感覚が強くなっているように思える。
それに対して龍厳さんとの打ち合いでは、龍厳さんの竹刀を受けたり、よけたりするために必死だった。龍厳さんの方が威圧感があるということもあるが、より戦いに対して集中できていた気がする。
おそらくこれと同じくらい集中できていればストーンゴーレムの一撃をもらうこともなかっただろう。であれば、これからも龍厳さんに追い込んでもらって、より戦いに集中できるようにするべきなのであろうか?
……しかし、これを毎回はきついな。
そんなことを考えながら俺は龍厳さんが待つ家へと戻っていった。




