第14話 巡回開始
小部屋を突破し、その先の大部屋でストーンゴーレムを確認して以降、俺は第1階層突破に向けたレベル上げを始めた。
といっても、やっていることは今までとあまり変わらない。今まで通り小部屋のスライムたちを通路に釣り出して掃討した後、手前の大部屋に戻って大部屋からスライムたちを釣り出して倒すという作業を追加しただけだ。
手前の大部屋にはレッドスライムが2匹配置されていたため、残念ながらまだ大部屋の攻略には至っていない。部屋に入ってすぐにいるグリーンスライムとブルースライムを通路に釣り出して地道に経験値を稼いでいるだけだ。
ちなみに大部屋での経験値稼ぎを始めたその日にレベルが1つ上がっている。だが、小部屋や通路でのスライムとの戦闘でもそれほど強くなったという実感はない。
この前の土曜日にも佐々木剣術道場へ行って龍厳さんから2度目の稽古をつけてもらったが、そちらの成果もまったくだ。しばらくは無理をせずに地道な経験値稼ぎを続ける必要があるのだろう。
そんな思いを抱えて小部屋と大部屋を利用したレベル上げを始めてから数日たったある日、珍しく朝からお客さんを迎えていた。
「今日はいったいどうしたんですか、佐藤さん?ダンジョンで何かありましたか?」
玄関を出て門の前に立つお客さん、ダンジョン管理機構の佐藤さんに問いかける。
「いえいえ、特に問題が起きたわけではありませんよ。というよりも問題を起こさないようにするために来たというところですね。」
俺は佐藤さんの答えの意味が分からず視線で問いかける。
「どうやらお忘れのようですが、今日でダンジョンが出現してから30日になるのですよ。ですので今日から森山さん宅に出現したダンジョンにも自衛隊の攻略部隊から巡回チームを派遣してもらいます。今日はそのご連絡と巡回チームの隊員の顔合わせのために伺ったのです。」
そう言うと佐藤さんは視線を後ろに動かした。釣られてそちらに目をやると以前の調査の時に見かけた自衛隊の隊員が2名控えていた。
俺の視線に気付いた隊員の2人が無言で頭を下げる。俺も慌てて頭を下げながら頭の中で隊員の人たちの名前を思い出そうとする。
だが、俺が思い出すよりも先に佐藤さんから回答が告げられた。
「以前にもご紹介しましたが、こちら自衛隊の小林さんと中村さんです。今日から森山さん宅のダンジョンの巡回をお願いすることになります。お二人以外にももう1チーム交代で巡回するチームがいるのですが、そちらはまた巡回の日に改めて挨拶に伺わせてもらいます。森山さん宅のダンジョンは巡回ルートの最初のダンジョンになりますので、基本的には午前中に巡回が終了することになると思います。明日からは特にご挨拶などなしに巡回に入りますが、ダンジョンに関して何かあった場合は私でも巡回チームに直接でも構いませんのでご連絡ください。」
そう言うと佐藤さんは軽く頭を下げて隊員の2人とともにダンジョンの方へと向かっていった。
しばらくそのまま見ていると3人はダンジョンクリスタルの前で少し話した後、隊員2人がダンジョンへ入り、佐藤さんは車に乗って帰っていった。
佐藤さんも言っていたが本当に今日はただの顔合わせだったようだ。何となく拍子抜けしつつ、俺も誰もいなくなった門から離れ、家の中へと入っていった。
その日の午後、俺はいつも通りにダンジョンへ入った。
だが、小部屋にたどり着いて部屋の中を見た瞬間、俺は驚きに声を上げてしまった。
小部屋の中にモンスター、スライムがいなかったのだ。というか、あまり気にしていなかったがここに来るまでに一度もモンスターと出会っていない。
小部屋の中へと進みながらどうしたことかと考える。
ちょうど部屋の真ん中あたりに来たころでやっと原因に思い当たった。
巡回だ。
自衛隊の隊員による巡回によってモンスターたちが掃討されたのだ。
しかし、原因には思い当たったがこれからどうしようか。
自衛隊の隊員による巡回でどこまで回っているのかわからないが、巡回したルートのモンスターはここと同じようにいなくなっているだろう。かといって、モンスターがいるであろう巡回していない場所まで行くと今度は相手が強すぎて俺がやられてしまう。
……あれ?もしかしてあまりいい状況じゃないのか?
こんなことであれば佐藤さんに巡回時にどこまで進むのかを聞いておけばよかった。
とりあえず、前回の調査の時には第3階層まで制覇したと聞いたはずだ。あのときは6人の隊員がダンジョンに入って5時間ほどかけて調査していた。
今回は2人で1、2時間程度だろう。戦力的には三分の一、時間的にも三分の一程度か。でも調査の時と違って隅々まで巡回しているというわけでもないはずだ。であれば、第2階層まで行って往復したくらいだろうか。
まあいい、とりあえず先の大部屋までは確認に行ってみよう。この前見たストーンゴーレムの動きは大して速くなかった。仮に戻ってくるときに復活していたとしても逃げるくらいはできるだろう。
俺はそう結論を出すと先の通路へと続く扉を開け、大部屋へと向かっていった。
「やっぱりモンスターはいないか。」
大部屋の前に到着し、慎重に中を窺ってからつぶやく。予想通り大部屋にはモンスターが1匹もいなかった。
モンスターの氾濫を防ぐために巡回してもらっているのにこんなことを考えるのはいけないんだろうが、こちらとしてはレベル上げ用にスライムくらいは残しておいてほしいものだ。
佐藤さんに相談して巡回する隊員さんたちに依頼してもらおうか?
いや、まだそう決めるのは早いか。調査の時と違って隅々まで巡回する必要がないのであれば手前の大部屋は見逃されているかもしれない。相談するのはそっちを確認してからで問題ないはずだ。
……でも、せっかく大部屋を通りぬけることができるのにこのまま戻るのはもったいない気がするな。第2階層に降りてみようか?
大部屋の中で立ち止まり、考える。
少しの逡巡の後、俺は先へつながる扉へと歩き出していた。
大部屋の先には今までと同じような岩肌の通路が続いていた。
歩くこと数分、通路が左へと曲がっているところで俺はおなじみになった違和感を感じた。どうやらここにも罠が仕掛けられているらしい。
俺は慎重にバットを使って周囲を調べる。だが、地面や壁を押してみても特に変化はない。
ゆっくりと歩きながら曲がり角へと近づく。
すると、ヒュッという風切音と同時に右肩に痛みが走った。
「っつ。」
痛みを感じた右肩を見ると着ていたトレーナーを突き破って傷ができていた。
続けて地面に視線を移してみると、そこには血の付いた矢が落ちている。
どうやらここの罠は一定以上侵入すると矢を撃ってくるタイプらしい。
地面にしゃがみこんで落ちている矢を拾う。
特に変わったところのない一般的な矢のようだ。
矢じりについても詳しく見てみるが俺の血以外には何も付着していない。特に毒物は塗られていなかったのだろう。現に俺の体調にも特に変化はない。
しかし、ここからどうしようか。
何となく出足をくじかれたような気分だ。本当であれば第2階層を軽く見学してみてから手前の大部屋に戻ってレベル上げをと考えていたんだが、ここまでにしてすぐに大部屋に戻ろうか。
この矢が警告、というのは考えすぎなのだろうが、正直あまりいい気分はしないし。
「ふー。」
俺は通路の真ん中で大きく息を吐くと先ほどから考えていた結論を口に出した。
「よしっ、手前の大部屋に戻ろう。第2階層はまだ俺には早かったんだ。」
そう方針を決めると俺は拾った矢を背中に背負ったリュックへとしまい、通路を引き返し始めた。
通路を引き返してから30分ほど経っただろうか、俺はこの日初めてモンスターを発見した。
慎重にあたりを窺うが、周囲には他のモンスターはいない。どうやら、目の前のグリーンスライム1匹らしい。
そうとわかれば、グリーンスライム1匹相手にためらう理由はない。矢の罠で受けたダメージもほぼ回復している今、目の前のグリーンスライムは俺にとって経験値でしかなかった。
グリーンスライムを経験値へと変えてからしばらくたった後、俺は手前の大部屋の扉の前にたどり着いた。
扉の外からでは内部の様子がわからないため、巡回チームが巡回ルートから外したかどうかは不明だ。
だが、先ほどグリーンスライムに遭遇した以上、この大部屋にはスライムたちが残されている可能性は高いだろう。
俺は期待を胸に扉へと手を触れる。
そしてゆっくりと扉を開け放った。
開かれた扉から大部屋の中を窺う。
そこには赤、青、緑の球体たちがポンポンと飛び跳ねていた。どうやらこの大部屋は巡回ルートから外れていたようだ。
そのことに喜びつつ部屋の中を観察していると、部屋の中央付近にいたレッドスライムから火の矢が放たれた。
俺は慌ててバットを正面に構え、火の矢に備える。
その間に他のスライムたちの様子を窺うが、警戒しているのか普段と比べて部屋の奥の方にスライムたちが集まっているように思える。
だが、全くいないというわけでもないようだ。レッドスライムの火の矢に合わせて飛び込んでくるスライムたちが3匹いる。
俺は火の矢をバットで打ち消しながら、身体でスライムたちの体当たりを受けとめる。
飛び込んできたのはグリーンスライム2匹、ブルースライム1匹らしい。
すぐさまバットを目の前のスライムたちに振り回し、牽制を行う。これでこのスライムたちは俺をターゲットとして認識したはずだ。
視線をスライムたちからそらさずにゆっくりと後退する。
先頭にいたブルースライムがこちらに飛びかかって来た瞬間、俺は進路を後方の扉へと変え駆け出した。
扉を抜け、少し先の通路でスライムたちを待ち構える。
スライムたちの出現が遅くても特に焦りはしない。ここ最近ずっとやっていて気づいたのだが、あいつらは単純に移動速度が遅いのだ。
そうして待つこと数分、先ほどのスライム3匹が通路へと顔を出した。残念ながら追加のスライムはないらしい。
部屋からの釣り出しを行っていると、たまに対象外のスライムが一緒についてくることがある。さすがにレッドスライムが同じように釣り出されるということはなかったが、釣り出す数が増えるのは経験値が増えることなので期待していたのだ。
俺は残念に感じつつもスライムたちに近づき、いつも通り危なげなく始末していった。
その日は結局、同じようにスライムの釣り出しを2回繰り返したところでダンジョンを後にした。
釣り出しの際にレッドスライムにも挑発をかけてみたが、さすがにレッドスライムに対してはうまくいかなかった。どうやらレッドスライムには釣り出しが効かないらしい。
そうなると部屋の中で正面からやりあう必要があるのだが、2匹同時に相手するのはまだ難しい。
やはり、レベル上げを含め、俺自身の戦闘能力の向上を図っていかなければ複数のレッドスライムの相手はできないのだろう。




