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それぞれの道

 それから15年以上が経っていました。




 あんなに小さかった天使の女の子は、いつのまにか背中に大きな羽をもつ大人に成長しています。親からひとりだちをして、ついに一人前の立派な天使となっていたのです。





 天使はいつものように、人間界へ舞い降りていきました。そして、困っている人間にすぐ救いの手を差し伸べられるよう、ゆっくりと町中を浮遊していきます。





 すると天使は、町の片隅で小さな人間の男の子を見つけました。




 その男の子は、家の前でボール遊びをしています。

 空に浮かぶ天使の存在には気づいていないのか、男の子は、転がっていくボールを夢中になって追いかけていました。





 周囲には閑静な住宅街が広がり、人や車はあまり通ることはありませんでした。

 ボールで遊んでいる男の子のそばにも、今は、天使の他に誰もいません。





 男の子は、サッカーの練習でもしていたのでしょうか。

 ひとりでボールを蹴ることに集中し、周囲の状況に全く目を向けていませんでした。そして、転がっていくボールを追いかけて、男の子は車道へと飛び出してしまいます。






 そのとき、男の子の方に向かって走行してくる一台の車が見えました。




 その車を運転していたのは若い男性です。

 男性は、自分の手に握られていた携帯電話の画面に夢中になっているようです。そのため、フロントガラスの向こうにいる男の子の存在に、運転手はまだ気がついていませんでした。





 そのまま車はスピードを落とさず、男の子の方へと近づいてきます。





 男の子も、背後からやってくる車に気づく様子はありませんでした。

 このままでは、子どもが車に轢かれてしまう危険性があります。





 そのことに気づいた天使は慌てて、背中の羽をはばたかせて、地上に向かって降りていきました。





 車が、男の子のすぐそばまで迫っています。




 そのとき、天使の身体から白い光が放たれました。

 その光は、車を運転していた男性の顔に当たるように反射していきます。





 突然、前方から眩しい光が射していることに気づいた運転手は、すぐに顔を上げました。

 その目線の先には、小さな男の子が車道の真ん中に立っています。そのことにやっと気づいた運転手は、慌ててハンドルを切りました。





 大きなブレーキ音と共に、車はそばにあった電柱にぶつかって止まりました。




 車が進路を変えたことで、車道の真ん中に立っていた男の子は、傷ひとつ負わないですんだようです。そして運良く、車を運転していた男性も無傷みたいでした。





 しかし、問題がひとつ起きました。

 それは天使が、身体に傷を負ってしまったということです。





 先程、車を運転していた男性が急にハンドルを切ったとき、天使は電柱のそばに舞い降りようとしていました。


 天使は、ボールを追いかけていた男の子の安否に気をとられていたようです。車が自分のいる場所へと進路を変えたことに、気づくのが遅れてしまったようでした。


 そして車は、電柱の方へと突っ込んできてしまったのです。




 天使の背中の羽からは、赤いものが滲んでいました。




「痛……」




 傷を負った天使は、どうやら人間たちの目には映っていなかったようです。



 事故が起きたことを知り、駆けつけてきた野次馬たちは、その場にいた男の子や運転手に声をかけ、心配そうに見つめていました。しかし、怪我をして動けなくなっていた天使には目もくれません。





 それでも、その場にひとりだけ、電柱のそばへ歩いてくる青年がいました。




 その青年は、電柱のそばに立つと、黒い瞳をまっすぐに天使へと向けます。

 青年は上下黒い服を着ており、背中には同系色の大きなリュックサックを背負っていました。




 そして、そのリュックサックから包帯を取り出すと、青年は何も言わずに天使が負った傷の手当てをはじめました。




 無言で止血を試みようとする青年のことを、天使は驚いた表情で見つめています。





「あなた、私の姿が見えるの?」




 天使がそう言って驚いていたのは、無理もありません。

 なぜなら天使は、今まで人間に声をかけられた経験がなかったからです。





 青年は、天使の質問に答えようとせず、ただ手を動かすことに集中していました。





「これで、もう大丈夫」



 青年がそう小声で呟くと、天使と顔をあわせることなく立ち上がりました。

 そして、すぐにどこかへ向かって歩き出そうとします。





「あっ、待って」



 天使は呼びかけましたが、青年は立ち止まってはくれませんでした。




 しかたなく天使は、後を追いかけようと立ち上がろうとします。

 しかし、急に動こうとしたのが良くなかったのか、身体に痛みが走ってしまったようです。そのため、すぐに青年を追いかけることはできませんでした。





 やっと天使が立ち上がれた頃には、もう青年の背中は小さくなっています。

 そして青年は曲がり角を進んでいき、その背中は見えなくなってしまいました。





 追いかけることを諦めた天使は、小さく溜め息を吐きます。




 そのとき、天使の足元で、何かがふわりと舞い上がりました。


 それは、どうやら風に吹かれて舞い上がったようです。風が止むと、それは静かに地面へ落ちました。天使もそのことに気がつきます。





 地面に落ちていたのは、一枚の黒い羽でした。





 さっきまでなかったはずのその羽は、漆黒の色をしています。


 それは、この人間界(せかい)であまり見かけたことのないものです。

 カラスの羽にしては小さく、人間の落とし物にしては大きいその羽は、天使が知る限り、この人間界(せかい)に存在するものではありませんでした。



 なぜならそれは、天使の羽とよく似ていたからです。ただ、ひとつだけ違っていたのは、その羽が白ではなく、黒だったということです。





 その羽を見て、天使は心に懐かしい感情を覚えたようでした。

 どうやら幼い頃に、天使はその羽に似たものを見たことがあったようです。




 天使はそっと、その羽を拾い上げました。

 その手には確信が伝わってきたようです。天使の瞳からは、一粒の涙がこぼれました。





 誰にも見つからないように、天使はその拾った黒い羽をしまいました。そして、治りはじめた自身の羽を広げて、ゆっくりと大空へ飛び立っていきます。





 空を舞う天使の背中から、一枚の羽が抜け落ちていきました。

 その羽は、風に煽られながらヒラヒラと空中を移動していきます。




 その風に流されていく白色の羽の存在を、どうやら地上にいる人間たちは気づいていないようでした。皆は、足早にどこかへ向かったり、自分の携帯電話を操作したりして忙しそうに暮らしています。




 しかし、ただひとり、その風に流されていく羽を地上から見上げているものがいました。




 それは、背中に大きなリュックサックを背負った青年でした。




 空を見上げる青年は先程、天使を救ったばかりの手で、背負っていたリュックサックを地面に下ろします。


 すると、その背中から、黒く大きな羽が姿をあらわしました。





 その黒い羽をはばたかせた青年は、ずっと空を眺めています。

 その視線の先には、ゆっくりと空を舞う天使の後ろ姿がありました。





 そして、この日以降、青年が天使の前にあらわれることはもうありませんでした。

 どうやらこのふたりは、それぞれ自分の道を歩んでいくことをすでに決意していたようです。




 ただ、この日だけは、空を見上げるときの青年の目は、誰よりも優しい瞳をしていたということです――。


これで完結となります。

もっと早く投稿するはずだったのですが、スランプという地獄から抜けられず、遅くなってしまいました(--;)きっと、悪魔のせいですね(笑)


稚拙な文章で読みにくかったかもしれませんが、ここまで付き合ってくれた読者の皆さん、本当にありがとうございました。作者にとって、皆さんが天使のような存在です(笑)いつも助けられています。ありがとうございましたm(__)m

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