友情
人間界の公園で、ある『天使』の女の子と、ある『悪魔』の男の子が遊んでいました。
ふたりはとても仲が良いようです。お互いの手を繋いで、意味もなく公園内を駆け回り、笑いあっていました。
その笑い声は、ひとけのない公園によく響き渡っています。
ふたりは数週間前に出会ってから、友達になっていたようです。『天使』と『悪魔』という身分が違うものではありましたが、そんなことをふたりは全く気にせず、いつも一緒にいて楽しんでいるようでした。
しかし、そんなふたりの仲を引き裂くものは、突然あらわれてしまいます。
空には分厚い雲がかかり、突如、周囲の景色は暗くなりはじめました。今にも雨が降ってきそうな天気です。そして、そのとき公園内にもうひとつの声が響き渡りました。
「やーい、できそこないの『悪魔』! 『天使』なんかと一緒にいて、お前の父親が泣くぞ!」
その声の主は、背中に大きな黒色の羽をはやした少年でした。
その少年の額には大きな傷跡がありました。とても子どもとは思えないような鋭い目つきをしていて、公園内で遊んでいた『天使』と『悪魔』のふたりを睨みつけるように見ています。
その額に傷跡があった少年は、どうやら悪魔の世界からやってきたようです。そして、その少年は、自分のすむ世界から大勢の仲間を引き連れていました。
公園のあちこちに、背中から黒い羽をはやした子どもたちが立っていました。
その子どもたちは皆、悪魔の世界からやってきたようです。漆黒の羽を広げ、眉間に深い皺をつくりながら、皆は同じ方向を睨みつけて立っていました。
その視線の先にいたのは、『天使』と『悪魔』のふたりです。
公園の中心に取り残されたように、ふたりはポツンと立っていました。その手はまだ、しっかりと繋がれています。
その様子を見て、額に傷跡があった少年は機嫌を悪くしたようでした。小さく舌打ちをして、口をへの字に曲げます。
どうやら、その少年が人間界へやってきたのは、ある『天使』と『悪魔』が仲良くしているという噂を聞きつけたからのようです。そして、その噂が本当かどうかを確かめるために、少年はこの公園へ姿をあらわしたみたいでした。
その少年が引き連れてきた仲間たちも、『天使』と『悪魔』が友達になったという噂を知っているようです。大勢の子どもたちは、その噂が本当だとわかり、あからさまに態度を悪くさせていました。腕組みをしたり、頭を掻きむしったりして、全く落ち着く様子がありません。
公園で『天使』と手を繋いでいた『悪魔』のことを、自分たち仲間の裏切り行為とみなしたようです。額に傷跡があった少年は、その『悪魔』に対して、こう罵声を浴びせました。
「『天使』と仲良くしてるお前なんか、『悪魔』じゃない!」
そう言った少年は、そばに落ちていた小石を拾い上げます。
そしてそれを、まだ手を繋いでいた『天使』と『悪魔』のふたりに向かって、投げつけました。
その行動を見ていた他の子どもたちも、額に傷跡がある少年の真似をして、小石を拾いました。
小石は、次々と『天使』と『悪魔』のふたりの方へ飛んでいきます。
そして、そのうちのひとつが、『悪魔』の男の子の肩に当たってしまいました。
「痛っ、やめろ」
小石をぶつけられた『悪魔』の男の子は、自分のことよりも、まず友達である『天使』の女の子を守ろうとしました。
男の子は自分の身体が身代わりになるように、小石が飛んでくる方向へ背中を向けて、羽を広げます。しかし、その男の子の羽は、友達を守るためにはあまりにも小さすぎました。
男の子は「やめろ」と叫び続けますが、小石は休むまもなく飛んできます。
そして、飛んでくる小石のひとつが『天使』の肩にも当たってしまいました。
これ以上、ここにいるのは危険だと判断したようです。
ふたりは、どこか遠くへ逃げることを決めたようでした。『悪魔』の男の子は、友達である『天使』の手をひいて、走っていきます。
人間界の公園を出ると、『天使』と『悪魔』のふたりは手を繋いだまま、背中の小さな羽を広げ、大空へと飛び立っていきました。
小石を握っていた悪魔たちは、ふたりを追いかけようとします。
しかし、運はふたりの味方になってくれました。『天使』と『悪魔』は、上手く追っ手を撒くことに成功したようです。後ろを振り返っても、後を追ってくるものは見えません。
ふたりは小さくため息を吐き、胸を撫で下ろしました。
しかし、安心できたのは束の間でした。
空を飛んでいる途中、どこからか声が聞こえてきたのです。
その声の主は、天使の子どもたちでした。
背中に大きな白色の羽をはやしたその天使たちは、ふたりを追ってくるように飛んでいました。
どうやら、この天使たちも、ある『天使』と『悪魔』が人間界で仲良くしているという噂を聞きつけてやってきたようです。
「ねぇ、あなた、なんで『悪魔』となんかと一緒にいるの? 私たち天使の恥だわ。早く、その『悪魔』を追い払ってちょうだい」
追ってきた天使のひとりは、そう声をかけました。
声をかけてきた天使の羽は、そこにいる誰よりも大きく、見るものの目を惹きつけるほどの立派なものでした。
そして、その天使の背後にも、ふさふさの羽をもった大勢の天使たちが飛んでいます。天使たちは皆、手を繋いでいた『天使』と『悪魔』のふたりを追いかけながら首を傾げていました。
どうやら、そこにいた天使たちは、自分たちの仲間がなぜ『悪魔』と仲良くしているのかと、不思議に思ったようです。天使たちは皆、眉間に皺を寄せてふたりを見つめます。
手を繋いで空を飛んでいた『天使』と『悪魔』のふたりは、その言葉を聞いて、みるみるスピードを落としていきました。
そして、遠くへ移動することを止め、その場で浮遊しています。
どうやら、手を繋いでいた『天使』の女の子は、仲間の言葉を聞いて、落ち込んでしまったようです。いつもは見せない悲しい表情をしていました。
その横顔を見た『悪魔』の男の子も、心を痛めたようでした。下唇を噛み、苦しそうにしています。
自分の友達の心が傷ついている……『悪魔』の男の子は、そのことに気づいたようでした。そして、その原因は全て自分にあると、責任を感じてしまったようです。
『悪魔』の男の子は、下唇を噛むのを止めて、隣にいる友達のことを見つめました。
どうやら、ある決断をしたようです。
小さな羽を広げていた『悪魔』の男の子は、自分の手をそっと『天使』の女の子から離しました。
そして、ひとりでどこかへ姿を消そうとします。それは、もうこれ以上、自分の友達が傷つかないようにと願った結果のようです。
手に感触がなくなった『天使』の女の子は、すぐに俯けていた顔を上げました。そして隣を見ます。
そこには、暗い表情の『悪魔』が、どこかへ飛んでいこうとしている姿が見えました。さっきまであった笑顔はもうどこにも見つけられません。
その姿を見て、『天使』の女の子は何かを感じ取ったようです。
自分の友達に向けて、こう声をかけました。
「ねぇ、私たちは何があっても、ずっと友達よ。だって私は、あなたと一緒にいる時間が一番好きだし、すごく楽しいんだもの」
そう言った『天使』の女の子は、友達の目をまっすぐ見つめていました。そのときの『天使』の表情は、今までに見せたことのないほどの満面の笑顔でした。
しかし、その表情を見て、『悪魔』の男の子は余計に落ち込んでしまったみたいです。
『悪魔』の男の子は、こう言いました。
「君が、僕と一緒にいて楽しいと言うのなら、やっぱり、もう、これ以上はそばにいられない。だって僕は、『悪魔』なんだ。『悪魔』は、誰のことも幸せにしちゃいけないし、愛に溢れた笑顔を作り出してもいけない。それが、『悪魔』の役目だから。そのために僕は、生まれてきたんだ。だから僕は、君のことも、笑顔にさせたらダメなんだ……」
そう言葉を伝えた瞬間、『悪魔』の男の子は、サヨナラも告げずに、どこか遠くへ飛んでいってしまいました。
それを見た『天使』の女の子は、慌てて後を追いかけようとします。
しかし、そのとき曇天の空から雨が降りだしていました。そして気づくと、雷まで発生していたのです。
轟音と共に、さっきまでそこにいたはずの大勢の天使たちは姿を消していました。どうやら皆は、天使が暮らす世界へと帰っていったようです。
しかし、その場にひとりだけ『天使』の女の子は残っていました。
その『天使』は、雷に当たらないよう注意しながら、空を飛び続けます。
それでも、その『天使』の友達である『悪魔』の背中は、どんどん遠ざかっていってしまいました。
雨に打たれながら、『天使』は必死に後を追いかけます。
しかし、突然スピードを落としました。
どうやら、友達を見失ってしまったようです。
そこにはもう、『悪魔』の姿はどこにもありません。
『天使』は両手に力を入れて声を振り絞ってみますが、返事が返ってくることはありませんでした。
そして結局、それっきり『悪魔』の男の子は、『天使』の女の子のもとに姿をあらわすことはなくなったのです――。
読んでくださり、ありがとうございました。
予定では、次回が完結となります。
短いですが、自身初の連載、最後まで頑張りたいと思います。
それまで待って頂けたら幸いです(*^-^*)