出会い
都会の朝はとても忙しそうです。スーツや制服に身を包んだ人たちが、時間に追われるようにして人込みをかきわけていきます。皆が向かっている先はそれぞれ異なりますが、その足で確かに一歩ずつ前へと進んでいました。
しかし、その雑踏の中で、いつまでも身動きをとらないものがいました。
それは、とても小さな男の子でした。人とぶつからないように配慮しているのか、歩道の隅っこで、身体を小さくさせてしゃがんでいます。
その男の子は、泣いていました。
よほど悲しいことがあったのでしょうか。泣き止む様子はありません。
男の子の背中には、小さな羽がはえています。
それは黒色の羽でした。大人から見ればそれは、片手でむしり取ってしまえるくらいの小さなものでしたが、確かに男の子の背中からはえているものでした。
その頼りない黒い羽は、人間でないことをあらわしていました。つまり、その男の子は、悪魔の世界に産み落とされた子どもだったのです。
悪魔として生まれてきた男の子は今、人が行き交う交差点のそばで泣いています。小さな身体を震えさせて、必死に泣き声を上げていました。
しかし、その男の子をなぐさめようとするものは誰もいません。
男の子の父親や、母親は、今はどこかへ姿を消しているのか、そばにはいませんでした。兄弟や友達の姿も確認することはできません。どうやら男の子は、ずっと独りで目を腫らしていたようです。
すぐそばを通り過ぎる人間たちも、その男の子の存在に気づいていないようでした。
自分のことで精一杯なのでしょうか。人間たちは、この世に悪魔が存在することすらも知らないように、足早に素通りしていきます。
男の子は、自分で両目をおおいながら泣き続けました。
するとそこに、ひとりの女の子があらわれました。
その女の子の背中には、男の子と同じく小さな羽がはえています。それは真っ白な羽でした。
その可愛らしい羽も、人間ではないことをあらわしています。つまり、その女の子は、天使の世界で誕生した子どもだったのです。
女の子は、泣いている男の子にゆっくりと近づきました。そして、こう尋ねます。
「どうして泣いてるの?」
その声に気づいた男の子は、息を止めるようにして泣き声を消しました。そして、ゆっくりと顔を上げます。
涙で濡れたその顔は、まるで天使のように美しい形をしていました。唇を噛み締めながら、必死に泣くのを堪えようとしています。そして、声を詰まらせながら、こう返事をしました。
「ぼ、僕には、友達がいない。だって僕は、『悪魔』だから……。人間や、天使のように、みんなと仲よくして、愛に包まれた世界なんて、僕には絶対に手に入らないんだ。そ、そんなこと悪魔に生まれたら当たり前だってわかってるけど……。で、でも、僕はもう、独りぼっちは嫌なんだ……寂しいんだ」
男の子が涙声でそう言うと、目から大粒の涙がこぼれました。そして、男の子は顔を俯けてしまいます。堪えきれなかったのか、また泣き声を上げはじめてしまいました。
どうやら、その男の子が泣いていた理由は、寂しかったからのようです。
『悪魔』は、人を惑わせたり、天使の邪魔をしたりすることが求められているのにもかかわらず、その男の子には、そういった性質が備わっていないようでした。
それがなぜなのかはわかりません。生まれつきだったのか、それこそ、どこかの悪魔のイタズラだったのかは不明ですが、それでも、その男の子が優しい心をもっていたという事実には変わりありませんでした。
きっと、その男の子自身も、そのことに気づきはじめていたのでしょう。悪魔である自分の不甲斐なさに心を痛めたはずです。そして自分が生まれた境遇と、自身の感情との間で葛藤しているようでした。
その全てを悟った女の子は、男の子にこう言いました。
「なら、私が友達になってあげる。それなら、もう寂しくないでしょ?」
女の子はそう言って、微笑みました。その姿は、まるで大人へと成長した立派な、一人前の天使のようでした。
男の子はそれを聞いて、再び顔を上げました。
そして気づくと、男の子の瞳からは、もう涙が止まっていたのです。
そうして、その日から、『天使』の女の子と『悪魔』の男の子は、友達となりました。
しかし現実には、それが上手くいくことはありませんでした。
なぜなら、その『天使』と『悪魔』のふたりが仲良くしている様子を見て、快く思わないものたちがあらわれたからです。