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不適合者の蘇生術  作者: END
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第一章


まだ、セミの鳴き声が全て鳴り止まないこの頃、蜃気楼のせいか、まるで永遠と続くように見える平坦な道を俺、上條弥詞(かみしのみこと)は歩いていた。


夏の暑さがまだ残っている9月9日、太陽は今日もご機嫌で日差しが肌に刺さってとても痛い。汗でシャツが濡れて、身体にベッタリとシャツが張り付きこの上ないほど心地が悪い。もともと運動をそれほどしてこなかった俺にとって、これほど帰りたいと思わせる材料はない。


と、そんなことを言っていても親に金を払わせている以上学校には行かないといけないわけで、結局のところその申し訳ない気持ちが今の俺の足を動かしている。


歩いても歩いても、目的の場所に付きそうにないこの感覚。これは自分の頭が暑さでやられたのだと思う。なのにこんなにも冷静に考えているのは如何なものか...。矛盾している点も含め俺自身が混乱しているのはまず間違いないだろう。


「くそっ…暑すぎる」


真夏ではないといえ、それなりに残暑が厳しい季節である。高校に入ってからというもの、部活にも入らず、ただただ惰性に生きてきた報いか…。そうでないにしろ帰宅部である自分の気力と体力を奪っていくには十分すぎるものである。


一つ、また一つと汗が垂れていく。そのたび地面に黒いシミが浮かび上がる。セミの鳴は変わらず中国の歴代王朝の一つをしきりに伝えようとしている。


今すぐ、踵を返しクーラーがついた自分の部屋でベッドに転がり夢の世界へトリップしたい気分だ。

それよりも、一日中パソコンの前に座り、ネットサーフィンでもしてやろうか。

いやいやもっと有意義にだな…―――


「―――おーい!もうすぐで遅刻になるぞ!」


と、いう生活指導の先生の声で現実世界に引き戻された。

高校生ならば一度はするであろう現実逃避をしている間に目的地についたらしい。


県立千振高等学校けんりつせんぶりこうとうがっこう


デカくそう書かれた校門の横を抜け、俺は高校の敷地内に入っていった








遅刻をすんでのところで回避した俺は、教室に入りさっそく机の上に突っ伏した。


室内の温度に反してヒヤッとする机の冷たさが荒み切った自分の心を癒す。

しかし、それも束の間。自身の体温でぬるくなってしまう。しかたないので起き上がり、そのまま頬杖を突いて、窓のほうに目を向ける。


………相も変わらずご機嫌なこって。うー……あちー…、マジで溶けそうだ…


窓から覗くお天道様に皮肉交じりに挨拶する。先ほど歩いてきた時と変わらず地球を照らしていた。

セミの声も教室まで響いて、とてもじゃないが居心地が良いとは言える環境ではなかった。

そろそろ授業が始まるころ、適当に教科書を机の上にほおりだし、ボーっと外を見た。


本鈴が鳴り、教科担任の先生が教室に入ってきた。しかし、俺は前を向くことなくそのままの体制で、無限に広がる空を見続けていた―――――――




―――――何時間立ったのだろうか。体感時間的にはそんなに過ぎていない気がするが、気が付いたら一限目が終わっているどころか教室が夕日で赤く染まろうとしている。

周りの生徒も片手で数えるくらいしかいない。…昼飯を食い損ねたな。そんなことを思いながら机に展開されている教科書を片付け、自習している生徒しかいない、静寂で満ちた教室を後にした。


最近…というかある時を境に俺はずっとあのような学校生活を送っている。学校に勉強はめんどくさいし、何より何も考えずボーっとするのが好きなのだ。


好きな理由は単純で、つらいことも悲しいことも何もかも考えずに済むからだ。何もかも惰性にいていられるからなのだ。普通に生活して、適当な感じに勉強して、適当に就職して、適当に生涯を過ごす…。俺の人生なんてそんなものでよいのだ。何か特別になろうとか、何か有名になろうとか、そんなものには一切興味がわかず、とにかく平均、平凡を目指す。


…ハッ、自分で何変なことを言っているのやら。


自分自身に嘲笑しながら学校を後にした。

学校を出てすぐ、また朝見た景色に戻る。どこまでも続くような平坦な道。

音色は変わりカナカナカナ…と蜩が哀愁漂うように演奏している。地上を照らす色もだいぶ変わり緋色に染まっている。

俺はそのまま家に帰ることなく通学路の途中にある小さい神社に足を運んだ―――








―――この神社は十字路の角に位置しているのに柵すらなく、そのまま道路に出られてしまう。

しかし、正面から見たこの小さい神社は、どことなく神秘的なオーラを纏っているような気がして、俺にとっては唯一、落ち着ける場所となっていた。

こんな辺鄙な神社でお参りする気などなく、俺は神社の境内の隅に腰を下ろしそして目を閉じた。

木陰でそれほど暑くなくとても心地いい空間。人通りも少ないため誰にも邪魔されない。ここで何も考えずただただボーっと過ごす。この場所を見つけてからは、もはや習慣になってしまった。先ほども言ったように俺は何も考えずボーっとするのが好きである。

だから、だれにも邪魔されずそれでいて心地いい静かなこの場所は小さいころからのお気に入りの場所なのだ。


それにこの場所はあいつとの―――


少し感傷的になってしまう。ここ何か月はここに来ると好きな瞑想擬きもせずにこのことを考えてしまう。あの光景を思い出すと…何もできなかった悔しさでいっぱいになる。

いつも隣にいた…いつまでも一緒にいられると思っていた…あいつの――――――


「きゃあああああああああああああああ!!!!!!!!」


「!?」


一瞬、思考が停止しかけ突然の悲鳴に驚く。それはいろいろ考えこんでいた俺にもはっきりと聞こえるほどの大きさであった。普通に道路を歩いていれば絶対に発せられることはないであろう叫びが聞こえ、ただ事ではないのであろうということを俺に知らせる。

その反面で俺は冷静であった。もしくは主観的に冷静に見えていただけなのかもしれない。


この時間こんなところに人なんて来るものか…?いやそんなことを言っている場合じゃないか。俺の耳が間違ってなければさっきのは女性の悲鳴だ。ひったくりか…暴行か…それとも…


等を考えつつ腰を上げる

「とにかく行ってみるか。」


そう言いながら神社を出て、悲鳴が聞こえた狭い路地に入っていった。






路地に入ると手前に座り込み血を流している女子高生。奥に小柄な男がいた。これぞ一目瞭然とばかりに被害者と加害者に分かれていた。さすがにまずいと思い、女子高生の安全確保と保護のためにその場に近づく。その瞬間男の動きがぴたりと止まった。


―――チャンスか


そう思い一歩踏み出し女子高生に声をかけた。


「おい!大丈夫―――――!?」


しかし、そこで気づく……。

そこはよく見ると異様な光景だった。

はたから見ると、殺人未遂。小柄な男と女子高生が一人。体のところどころに傷があり、腕や足…顔にも血がにじんでいて、すでに力なく座り込んでいる、か弱い少女。それに対し、マントのようなものをなびかせ、たたずむ男。この構図を見れば、先ほどの悲鳴も相まって、どう考えても女子高生が被害を受けたのであろう。


だが…しかし、実におかしい光景なのだ。ではなにがおかしいか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。道は見づらい状況ではないし、男も顔の表情がよく見えないだけで、それ以外はくっきりと見えている。だが…、男の全身を見渡しても、道路を隅々まで見渡しても。どれだけ探しても、凶器になりえるであろうナイフの類や鋭利なものが一切合切見つからなかった。


さらには、さも何事もなかったかのように、動く気配がないこの男。さっきまで女子相手に斬撃を繰り返していたであろう、その雰囲気が全くと言っていいほど感じられない。まるで、自分がやったものではないかのように…。


いや、今はそんなことを考えている場合ではない。とにかくこれ以上の被害を出すのは望ましことではない。見たところ脚にあまり損傷はなさそうだし、あっちがまだアクションをしてこないうちにこの子を逃がし。得体のしれない、狂ったこの男をさっさと警察に突き出す。どこまでできるかわからないがやるしかない。


「立てるか?」

なるべく脅かさないように精一杯優しそうな声をイメージし女子高生に聞く。


「な…なんとか…」

弱弱しい声を発しながら震えながらも立ち上がる。


「いいか、よく聞け。俺があいつを引き付ける。その間にあんたは逃げてくれ。」

「いやっ…でも―――」

「いいから!!!」

「ひぅっ…」


やばっ…、怖がらせるつもりなんてなかったんだが…。だが状況が状況だし、いつ此奴

が動いてくるかわからない以上、背に腹は代えられない。


「…わ、わかりました…。あ、りがとうござ…います。」

「感謝なんていらないから早くっ!」

そういった後、彼女は足を引きずりながら駆け出した。

そして、路地を抜けるその直前に

「き、気を付けてください!その人超能力が使えるかもしれません!」

という言葉だけ残して立ち去った。


「超能力…ねぇ」


いつもなら、何を言っているんだと心の中で一蹴するだろう。しかし、あの異様な光景を見てしまったからには、あながち間違っているとも思えない。喧嘩なんてやったことないがどうとでもなれだ。今ここで引いたらあの子に被害が及ぶかもしれない。


「面倒くせぇけど…、かかってこ―――」

「うひ……うひひひひひひひひひ………ひぃゃっはははははは!!?!?!!」

「っ!?」



―――いままでピクリとも動かなかった男が奇声とともに動き出した。









男が一歩踏み出すと同時に、何か緑色の魔法陣のようなものが男の真下に現れる。そしてそこから緑色のオーラのようなものが男の体を纏い始める。


そんな光景に一歩、また一歩とひるんでしまう。そして、男が俺のことをはっきりとにらみつけたのち、先ほどと同じ奇妙な笑い声を発した。

その奇妙な光景にまたもや一歩退いてしまう。そして笑い声が止んだ、その瞬間―――


―――――死ね


静かに、けれどもはっきりと聞こえたその言葉は、明確に“殺意”の感情がこもっていた。

…いや、もはやこれは殺意なんてものではなく()()()()()()()()()()()()()()という確固たる信念のように受け取れさえした。

その感情の矛先は紛れもなくこの俺に向いていて、それに気づいた時には…、…奴の攻撃は始まっていた。


『ウィン・ウルズッ!』


そういった瞬間、奴のオーラが一つに集結し形を変えた。それを認識した時には、そのオーラはすでに奴のいる場にはもうなかった。同時にとてつもない速さで“何か”が俺の横を通り過ぎていった。


…な、なんだ!?い、いい今、なにが起こった!?


状況が呑み込めず、ただ立ち尽くしていた。奴も笑ったまま動かない。


と、とにかく早くこいつを何とかしないと!


そう、一歩踏み出した時だった。


「…ッ!?」


左腕がズキンと痛む、それも一つではなく左腕の至る場所に痛みが生じる。なんだと思い左腕を見てみると―――


それは朱、見渡す限りの朱であった。そして先ほど襲われていた女子高生と同じような切り傷が自分の左腕に無数に展開されていた。それを脳が認識したと同時に痛みが先ほどよりもより多く、より深く、今までにないくらいの痛みが左腕に生じた。


「あがぁ…うぐぅぁぁぁああアアあァあああっっッ!!?!?」


痛みで思わずうずくまる。まるで左腕が焼けているような感覚に吐きそうになる。

奴の笑い声が一層強くなる。そして今度は笑いながら俺に近づいてくる。


「うぐぁぁ…く、くる…なぁ…」


もはや、意識がもうろうとする。しかし、それでも逃げようと必死に体を起こし路地から出ようとする。奴の笑い声が近づいてくる。


なんたって…おれがこんな目に…ッ!こんな、こんなッ!こんなァッッ!!!


「こんな理不尽でッ!死んでッ!たまるかァァァァァッッ!!!!!」


路地から飛び出す。しかし、痛みが激しくまたその場にうずくまる。

途端に奴の声が聞こえなくなる。振り返り奴を探す。


「ど、どこにも…いない!?」


路地を見渡しても、さっきまで狂ったように笑っていたやつがいない。左右を見ても、あるのは珍しくこの道を通ろうとしている車ぐらい。



「た、助かった…の―――」

「ひぃゃっはははははは!!!!!」

「ッ!?」


はっきりと……、それはだれにでもわかるくらいはっきりと。自分の後ろから。あの忌々しい笑い声が……。

体が硬直する、それと同時に首をつかまれ、持ち上げられる。しかし、首を絞めようとするわけでもなく、車道に放り投げられた。そう車道(・・)に。


気づいた時にはもう遅く、先ほど見た車が今、目の前にいる。


こんな、理不尽に死んでいくのか…おれ


そう考えた時には目の前が真っ暗になっていた。


――――ッ…



最後に誰かの声が聞こえたまま―――――



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