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火葬炉の魔女 後編

 急発進した高機動装甲車は、見る間に速度を上げていく。そしてそのままの勢いで、味方を蹂躙していたドローン共を次々に撥ね飛ばした。反撃の銃弾が装甲を叩くが、その程度ではびくともしない。


「傷だらけになっちゃうね?」

「本来の使い方をしているだけだ。別に構わん……よっ!!」

 火蓮が急激にハンドルを切り、回転した車体にドローンが纏めて弾き飛ばされる。その時、駆け寄ったドローンの一機が飛び上がり、ボンネットに張り付いた。軽機関銃の銃口を火蓮に向ける。しかし銃弾が放たれる事は無かった。軽機関銃は突然に砕け、ドローンは見えない槍に貫かれた様に大きく抉れていた。

「すまんな」

 火蓮の言葉に、雪鱗は手のひらを振って応える。


 前面に火花を散らすドローンの残骸を残したまま、高機動装甲車を病院の正面玄関から突っ込ませる。破壊的な音が響き、砕けた自動ドアのガラスが飛び散った。


「な、なんだ!? 何なんだ!!」

 間一髪で地面に転がり、激突を避けたテロリストの一人が顔を上げて叫ぶ。


 火蓮は車外に出て、辺りを見回した。ざっと確認した所では、武装したテロリストがフロアに五人。その内の一人は飛び込んだドローンの残骸と柱に挟まれ、ミートパテになっている。これで四人。そして――。

「はん、そうだろうと思ったよ」

 舌打をする火蓮の視線の先には、穴だらけにされた死体の山があった。多くは紅く染まっているが、病院関係者と思われる服装をしていた。間違いなく、人質にされていた人々だろう。アイランドガードへの攻撃を開始した時点で彼らは用済み。いや、最初から生かされてなどいなかったのだろうか。


「うわ、どいひー。のんびり待っている意味なんて、無かったんじゃん」

 棒付きキャンディで肩頬を膨らませながら、雪鱗が火蓮の隣に並ぶ。不満そうに眉を顰めるのはテロリストの暴挙に対する物か、無意味に喰らわされた待ちぼうけに対する物か。


 突然、二人を銃弾の嵐が襲う。四人の男たちが怯えた表情でアサルトライフルを構え、意味不明な叫び声を上げながら銃弾をばら撒いていた。激しい銃撃音がロビーに反響し、建物自体が楽器になったかのように共鳴している。銃撃は苛烈を極め、悪魔ですら千々にちぎれて風に混ざってしまいそうな程であったが、しかし二人は何事も無いかのようにそこにあり続けた。


「くそっ、弾かれる! なんだあれは!!」「くそっ! くそくそくそがぁ!!」「ちくしょう、アンジュだ! スピネルのスイーパーだ! どうする!?」

 男たちが引きつった声を上げる。火蓮たちに降り注ぐ銃弾は、その全てが紅い火花を上げて弾かれていた。まるで不可視の壁に遮られているように。金属のぶつかり合う甲高い音をあげて、跳弾が壁や床を砕いていく。


 雪鱗などは退屈そうに欠伸を噛み殺し、火蓮はのんびりと煙草をふかしている。その余裕が男たちの恐怖を助長した。やがて絶望したように銃声が尻すぼみになっていく。それを見計らい、火蓮が紫煙をたなびかせながら一歩踏み出した。ジャリ、と足もとで鉛玉が鳴く。


「ひっ――!!」

 男たちが後ずさる。まるで怯えたネズミだ。その様子に、火蓮は大きく溜息をついた。


「所詮はこの程度か。こそこそと暗がりで強がって、少し窮地に立たされただけで簡単に戦意を失う。それで世界をどうにかしようって? 驚くべき浅はかさだ」

 火蓮は更に一歩踏み出す。その足元から炎が上がり、蛇が這いあがる様に全身を包んでいく。しかし、その炎が火蓮を焼くことは無い。

 その紅蓮もまた、火蓮自身なのだから。


 男の一人へ腕を伸ばし、火蓮はその首に指を食い込ませる。炎の蛇が火蓮の腕を伝い、男の頬に舌を這わせる。


「ひっ、や、やめ――」

 男の耳元に唇を寄せ、火蓮がそっと呟く。


「――変革に身体と魂を捧げても、死ぬのは怖いか?」


 瞬間、男は炎に包まれる。激しく身体をくねらせ、血液が迸るような絶叫を響かせる。男の口や目からも炎が溢れ出す。体内に入り込んだ炎が、男を内側から焼き尽くしているのだ。

 やがて火蓮が手を離すまでも無くズルリと皮膚が焼け落ち、紅い肉を晒しながら床に倒れ込む。炎は次第に消え失せ、後には熱気と人の焼ける悪臭だけが残された。


 残された男たちは、動けなかった。猛獣に睨まれたような気持ちであるのだろう。下手に動いて火蓮の気を引く事を恐れていた。

 次の獲物に選ばれたくない。一秒でも長く生きていたい。彼らは人質を皆殺しにしておいて、そんな身勝手な願いばかりを抱いていた。


「どけ、お前ら!!」

 階段の方角から声が響く。見れば異変に気が付いて様子を見に来たと思わしき別のテロリストが、携行対戦車ロケットを構えていた。


 一瞬の出来事だった。砲弾がロケットモーターにより射出され、推進力を得た成形炸薬弾が空気を切り裂く甲高い音を上げて火蓮に迫る。身を伏せた男たちを越えて不可視の防壁に激突し、激しい爆炎が上がった。


「イーッハァ!! いい気味だ化物め! 粉々だぜ!!」

 発射機を放り投げて、男が両腕を突き上げる。男は勝利を確信していた。強力な威力を持ち、脆弱部を狙えば主力戦車ですら行動不能に追いやる事もできる弾頭が直撃したのだ。人間など、間違いなく粉みじんになる。

 他の男たちも安心したように引きつった笑みを浮かべる。しかしそんな歓喜も、長続きはしなかった。


「RPGか。まぁテロとはセットみたいなものだ」

 白煙の向こうから、火蓮の声が響いてくる。

「あーびっくりした。他人に向けて対戦車ロケットを撃ってはいけませんって、ママンから教わっていないのかね、君たちは」

「そんなママが居てたまるか」

 棒付きキャンディを振り回しながら抗議する雪鱗を、火蓮が呆れた様子で眺めている。彼女らはそれが当たり前だと言うようにいつも通りで、全く持っての平常運転であった。


「あ……ぐ……」

 目を見開き、男たちは呼吸を忘れてしまったかのように息を詰まらせる。

 手の打ちようが無い。彼らの脳内に響く言葉はそれだけだった。こんな奴ら、相手にできる訳がない――!!


「こ、こいつら本物の化物だ! 逃げ――」

「られると、思うか?」

 火蓮が強く右脚を踏み鳴らす。その足元から強烈な熱波が湧き上がった。炎は背を向けた男たちを容易に呑み込み、ロビーに収まりきらない炎がガラスを破って溢れ出し、天までもを焦がした。超高熱の熱波に、男たちは声を上げる間もなく黒い塊へと成り果てる。


「……はん。ま、こんなもんか」

 炎が掻き消え、ロビーに現出した火炎地獄が消え失せる。後に残されたのは使い古したオーブンのような空間だけだ。


「あっつー……」雪鱗が舌を出して、手で顔を扇ぐ。「やり過ぎでしょ、匂いも凄いし。私がしばらく焼肉を食べられなくなったら、どうしてくれんのさ」

「お前がそんなにデリケートだとは知らなかった。良い機会だ、ヤギにでも弟子入りをして、ベジタリアンの極意でも学ぶと良い」

「ヤギ肉ねぇ……。臭みが強くて、ちょっと苦手かな」

「会話をする気が無いなら、そのまま飴でも食ってろ」

 雪鱗は笑いながら「ごめんごめん」と手をヒラヒラを振る。


「ん、人質の死体は無事か。器用なもんだね、火蓮」

「勝手に火葬をしちまう訳にはいかないからな」火蓮が銀色のシガレットケースから煙草を取り出し、口端に咥える。「遺体のあるなしでも、遺族の気持ちは大きく変わる。前に進む為には、区切りをつける事が必要だ」

「ふぅん……。 お優しいねぇ、〝火葬(イン)(シナ)魔女(レイター)〟さんは」


 火蓮の炎はロビーを焼き尽くしたが、高機動装甲車の周辺と人質の遺体の周辺だけは、切り取られた様に元の姿を保っていた。

 雪鱗は黒い炭になった遺体と、人間らしい形を保っている人質の遺体を見比べる。さて、何が違うのだろう。どちらも同じ遺体だ。違いなど、ありはしないではないか。


「ってか、お前も仕事しろよ〝不貫(ホワイ)(トス)(ケイル)〟さんよ」

「んー。そうだね、真斗たちの方も気になるし。さっさと終わらせないと」

 雪鱗はどこからか菓子袋を取り出し、中から摘まみだした金平糖を舌に乗せた。


「心配なのはルーキーの方だな。真斗は突っ込む事しか能が無いし、ルーキーは当然付き合わされるだろう。初めての対ポリューション戦闘で、しかもパートナーが真斗じゃ、な……」

「そうだねぇ。真斗は、アレだもんね」

 火蓮と雪鱗が顔を見合わせ、困ったように息をつく。


 秋織真斗。アイランド統括機構スピネルの展開する治安維持部隊、アイランドガードの清掃部隊こと、機動二課のトップ。


 しかしながらそれら以上に、彼女を語る上で欠かせない事柄がある。彼女は――。

 

 〝部隊内最弱〟であった。


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