せめて笑って生きられるように
焼けるような戦場の風の中で、二人は静かに睨み合う。
耳朶を叩いて騒ぐ強風と、遠雷のように轟く爆音。焦げたような匂いがアイランド中に漂い、幹耶と真斗の元にまで届いていた。
真斗の視線は幹耶が握る直剣に注がれている。電光石火を身上とする真斗がすぐさま攻勢に出ないのは、剥離白虎がサードアームだという事に気が付いているからだろう。その性能を測りかねているのだ。猪突猛進しか能がないと火蓮に評された真斗も、流石にこの一戦が持つ意味を理解しているらしい。白と黒で星を塗るだけの訓練とは違うのだ。
好都合だ、と幹耶は内心でほくそ笑む。なぜ真斗が部隊内最弱と呼ばれるのか、幹耶にはいまひとつ理解できなかった。華奢な見た目からは想像もできないほどの膂力、変幻自在な動きを支える強靭なバネ、衝撃を受け流すしなやかな肢体。どれをとっても一流だ。その高い戦闘能力は、他ならぬ幹耶自身がその身体で味わっている。
しかし、と幹耶は思う。真斗には雪鱗や火蓮のような他のメンバーにはない、ある明確な弱点がある。真斗のアーツは、元々戦闘向きではないという事だ。勝敗を一撃で決めてしまうような決定力がないのだ。故に真斗は、相手にアーツを使用される前に攻勢に出る必要がある。
幹耶は初めこそ圧倒されてしまったが、それを知っている他のスイーパーのメンバーには冷静に対処されてしまうのだろう。いなされ、流され、アーツを叩きこまれて敗北する。それゆえの〝最弱〟だ。
ならば、と幹耶は床を蹴る。小細工無し。姿勢を低くし、刃先を下げて引き絞られた矢のように、真っ直ぐに真斗へと迫る。
あの戦闘訓練以来、いつかまた刃を交える事になるだろうという漠然とした予感があった。そしてそれは現実となった。だが、自分にはあの猛攻を凌ぐだけの技量は無い。
突撃。それが幹耶の考え出した真斗への対抗策だ。
アンジュとしても頭抜けた身体能力を誇り、多少の傷ならばたちどころに癒えてしまう秋織真斗に対して長期戦は厳禁だ。積み重なる傷や疲労の全てが真斗の有利に働く。戦いの流れを掴ませるのは避けなければならない。
幹耶は柄頭を握り、左下段から前方に投げ出すように片手で剥離白虎を振り抜いた。一度じっくりと見せた刀身から、握りの分だけ間合いが伸びるのだ。おそらく、真斗には幹耶の腕が急に伸びたように見えたことだろう。
鋭い踏み込みからの間合いを錯覚させる一撃。幹耶はこの技を〝霞打ち〟と名付けていた。片手斬りの上、握りも甘いので骨を断つほどの威力は無いが、相手の喉や腹を切り裂くのには十分だ。相手は予想外の一撃に何が起きたかを理解する間もなく絶命する。幹耶が幾度となく鉄火場を潜り抜けて身に着けた、必殺の剣技だ。
しかし真斗は少しも動揺することなく、身体を倒して剥離白虎の刃を避けた。後ろに倒れ込むのでは、と思えるほどの角度だった。幹耶は流れる刃を無理やりに止め、腕の関節が悲鳴を上げるのも構わずに真斗を追って刃を払う。刃筋もくそもないが、金属の塊をぶち当てるだけで十分だ。
通常なら避けられるはずのない攻撃だった。しかし真斗は水面の木の葉のようにするり、と再び刃を躱して見せた。まるで手品を見ているような気分だった。
幹耶は思わず舌打ちをする。強靭でしなやかな肉体。ただそれだけの物がこれほどに厄介だとは。真斗は信じられない攻撃の避け方をする。やはり、動きが読めない。不死のくせに、傷などすぐに癒えてしまうくせに、真斗はしっかりと攻撃を避ける。かと思えば、時には肉を切らせて骨を断つと言わんばかりに無理攻めをしてくることもある。その緩急が戦いの流れを引き寄せるのだ。
何が最弱だ、と幹耶は心中でもう一度舌打ちをした。他のスイーパーメンバーが異常過ぎるのだ。秋織真斗は、紛れも無い強敵だ。
身体を回し、真斗が反撃を繰り出す。左手に持つ、鍵爪のように湾曲したネイルの刃を鋭く振るう。身体が流れ、無防備になった幹耶の右腕を狙った一撃だった。
幹耶はあえて避けようとせず、踏み込みの勢いそのままに身体ごと真斗にぶつかりに行った。結果、ネイルは幹耶の肩を浅く裂いただけで、真斗は大きく弾き飛ばされた。
「ぐっ――!?」
真斗の喉から呻き声が溢れる。いかに真斗の身体能力が高かろうと、体格差までもを覆せる訳では無い。みっともなくとも、使える武器は全て使う。そうでなければ、この矛盾の守護神を打ち倒す術など幹耶には無いのだ。形振り構ってなどいられない。
綺麗に勝とうなどという気は更々ない。誇りなどという物は、人狩りにアゾット結晶を抉り出された仲間たちと共に、あの夜に溶けて消えた。
真斗は地面を数度転がり、ネイルを握ったままの手で地面を殴りつけて身体を跳ね上げた。そのままくるり、と宙返りをして地面に立ち、体勢を整える。人間離れした動きだが、幹耶は今更驚かない。相手の動揺が収まる前に畳みかける。これは古臭い立ち合いなどでは無い、純粋な殺し合いなのだ。
「おおおおおっ!!」
「――っ……!!」
腹から気合いを吐き出し、上段に構えた幹耶が猛獣のように真斗へ肉薄する。振り上げられた刃を、真斗は反射的な動きで右手に持つネイルの緩い螺旋状の刃で受けようとした。だが、それは実に迂闊な行為だった。幹耶は右足を踏み鳴らし、ズン、と腰を落として剥離白虎を振り下ろす。二つの刃がぶつかり合い、激しい火花が散らされる――事は無かった。
蒼く光る剥離白虎の刃がするり、と抜けた。次の瞬間、螺旋状の刃を持つネイルが中ほどから切断され、落ちた銃身が重い音を鳴らす。
真斗は一瞬目を見開き、同時に乗せられて応じた自分の不明に恥じ入るように歯噛みした。絶対切断のアーツを持つアンジュのサードアーム。その刃をまともに受ければどうなるのかは、想像がついていただろうに。
間を置かず、幹耶は刃を返して斬り上げようとする。しかしそれより速く、今度は真斗が幹耶の懐へ肩から飛び込み、その腹へ湾曲した刃の背を押し当てた。いや、正確には突き出た刃の後ろにあるネイルの銃口を向けていた。
幹耶が息を吞むのと、引き金がカチリ、と音を上げるのは同時だった。
戦車砲の咆哮のような轟音が鳴り響き、幹耶は吹き飛ばされていた。真斗の切り札、特殊空砲〝ソニックショット〟による一撃だった。何かに背中と後頭部を打ち付け、意識が一瞬飛びかける。歯を食いしばり、幹耶は立ち上がろうとするが、こみ上げる吐き気に突っ伏してしまう。朝食代わりにした小麦レンガの残骸が糸を引いて床に垂れ流される。
マザーアゾットにでもぶちあたったか、と幹耶は無意識に視線を背後に向け、そして混乱した。マザーアゾットとは一メートル以上の距離があったのだ。では、自分は何に背中と後頭部を打ち付けたのだ?
はっとした。朦朧とした意識のせいで戦意が散っていた。顔を上げた時には、真斗の蹴りが眼前に迫っていた。
幹耶はその蹴りを何とか腕で受けるが、その威力は尋常では無い。あえて過剰に地面を転がり、真斗と距離を取る。幹耶はどうにか立ち上がろうとするが、再び脳を揺らされたせいで足に力が入らない。
まずい、と思った。これでは真斗にペースを握られる。ソニックショットは警戒していたつもりだったが、いざ使われるとやはり対処できない。真斗が訓練の時にソニックショットを使用しなかったのは、手を抜いていたからか? 新人に向ける手心だったというのか。
傾いた流れを離すまいと真斗が距離を詰めて来る。どうする、と散らばる思考を無理やり纏めようとしていた幹耶の指先に何かが触れた。
考える前に身体が動いた。歯に挟んでピンを引き抜き、空中へ放り投げると同時に顔を伏せる。放物線を描いて飛んでいく〝それ〟を真斗に視線を向け、そして「あっ」と声を漏らす。
正体に気が付いた時にはもう遅い。スタングレネードは幹耶と真斗の間で炸裂し、激しい閃光と耳を劈く爆音を撒き散らす。
時間にして僅か三秒。真斗が動きを止めたのはそれだけの時間だ。
だが幹耶にとっては、その三秒で十分過ぎた。
真斗が薄っすらと目を開く。
甲高い耳鳴り。夏の朝のように白々とした景色。
その向こうで片膝を付いた幹耶が、蒼い光を放つ剥離白虎を居合の姿勢で構えていた。サードアームの補助を受け、幹耶は三秒でのアーツの発現を可能としていたのだった。
「しまっ――!!」
真斗が声を上げると同時に、幹耶は剥離白虎を振るう。未だ足に力は入らないが、最早幹耶にとって距離などは問題では無い。二人の間を蒼白い剣閃が奔り――、真斗の両大腿部をすり抜けた。
ぐらり、と真斗の姿勢が崩れる。そのまま床へ倒れ込み、切り離された両足から激しく鮮血が噴き出した。
「っあ!! んあああああっ!!」
正気を失いそうな程の激痛に、真斗は血海の中で叫び声を上げる。身体中を自身の血液で穢し、芋虫のようにもがき苦しむ。
ざり、と床を踏む音が真斗の耳に届く。真斗は歯を食いしばりながら、左手に持つネイルの湾曲した刃を振るう。だがその刃はどこにも届くことなく、手首ごと斬り飛ばされて遠くの床に転がった。
呻き声を上げてうずくまる真斗の首筋へ、幹耶はそっと刃を添える。
「勝負あり、だな」
真斗を見下ろし、幹耶が言う。しかし勝利宣言を受けてもなお、真斗は脂汗を額に浮かべながらニヤリ、と不敵に嗤って見せる。
「まだ、よ。私はまだ死んでいない。まだ、戦える」
「もう、良いだろう」幹耶は緩く頭を横に振る。「両足を失い、ネイルも失ったあんたは、ただの無力な少女だ」
ふふ、と真斗の口元から苦い笑みが零れ落ちる。
「全く、ついてないわ。まさか、そんな落し物があるだなんて」
先ほどのスタングレネードは、真斗が爆殺したアーマード・エレメントの傭兵の装備だ。遺体の回収時に取りこぼされたのだろう。
止めを刺しなさいよ、という真斗の言葉に、首筋に添えられた刃が震える。真斗の細く白い首筋からつう、と一筋の血液が流れ落ちる。しかし、それ以上刃が食い込む事は無かった。
「甘いのね、本当に」呆れたように真斗が息をつく。「いえ。優しい……と言うべきなのかしら。テロリストなんてやっている癖に人命救助を優先しようとしたり、変な所で善良よね」
真斗はショッピングモールでの一件を言っているのだろう。確かに、他人の死に対する感情は、幹耶自身も割り切れていない部分がある。
矛盾している事は解っている。ある程度は仕方が無いとも思っている。しかしそれでも、無駄な人死には少しでも避けたかった。たとえそれが、何度でも蘇る不死の少女の一時的な死であっても。
「そうです、私は中途半端でした。生きようともしていないのに、ただ無為に死ぬのだけが怖くて、いじけて、暴れて。その癖、悪にも染まれなかった半端者です」だけど、と幹耶は悲しげに微笑む。「私は貴方を乗り越えて、思う存分踏み外します。自分の意志で、覚悟を決めて、何もかもを台無しにします」
「何よ。折角良い感じだったのに、口調戻っちゃうんだ。ま、私の隊長としての風格に畏敬の念を覚えたって所かしら」
悪戯っぽく笑う真斗に釣られて、幹耶もまた表情を崩す。概ねその通りであるが、素直に肯定するのはなんだか違う気がした。
右肩に走る不意の衝撃に、幹耶の表情が凍り付く。恐る恐る視線を向けると、そこにはあり得ない物が突き立てられていた。
「な、んで」
確かに破壊したはずだ。だが、幹耶の肩に刺さるその螺旋状の刃は紛れも無く、幹耶が両断したはずのネイルだった。
「せっかく覚悟だけれど、ごめんね」真斗がふわり、と花のような笑顔を咲かせる。「私も、後には退けないの」
砲弾を放つような重い銃声が轟く。ソニックショットの過度な反動で、二人は弾かれるように引き離される。ネイルの銃口から放たれた衝撃波は幹耶の肩に開いた傷口を押し広げ――右肩から先を、無理やりに引き千切った。
「がっっっ!? うあっ、ぐがああぁぁあっぁぁっあぁぁ!!」
今度は幹耶が床の上をのた打ち回る番だった。先を失った右肩からは悪い冗談のように血液が吹き出し、見る間に辺りを赤く染め上げていく。右腕は剥離白虎を握ったまま吹き飛び、その刃を遠くの床に突き立てた。刃の中ほどまでを床に埋め、剥離白虎を覆っていた蒼い光は解けるように霧散していく。
傷口を抑える左手の指の隙間から、紅い滝が流れ落ちる。手のひらで覆った程度でどうにかできる傷ではないが、幹耶には他に方法が無い。
浅く荒い呼吸を繰り返す幹耶の元へ、真斗が匍匐前進のようにして這い寄る。互いに体の一部を欠損し満身創痍であるが、勝敗は決している。綺麗に切断された真斗の傷口は、既に再生を始めていた。
「勝負あり、ね」
生臭い臭いを放つ赤い水溜りに躊躇なく座り込み、真斗は悪戯に成功した子供のように笑う。
「あー、こんな大喧嘩はお雪と出会った時以来ねー。あの時は本当に、どちらかが死ぬまで終わらないのかと思ったわよ」
それはおそらく決闘だろう、と幹耶は思った。二人にそのような過去があったのは意外だが、今はそれどころでは無い。
「どう、して。そのネイルは、確かに……」
「イモータルキャンドルがどんなアーツなのか、忘れたわけでは無いでしょう。その私のサードアームなのよ? 復元くらい普通にするわよ」
そんな普通があってたまるか、と幹耶は小さく呟く。確かにサードアームは血液の提供者であるアンジュの能力を、不完全ながら再現するだけの性能を持つ事がある。幹耶の剥離白虎もその例の一つだ。だが、まさか武器が自動的に復元までしようなどと、誰に予想できようか。
「……貴方の、勝ちです」浅く短い呼吸を繰り返しながら幹耶が言う。「止めを」
「刺さないわよ? 何を言っているの」
ネイルを放り投げ、よいしょ、と真斗は幹耶の身体を引き寄せる。その頭を太腿の上に乗せた。淡い桃色に光るイモータルキャンドルの光の粒子が幹耶の目の前を飛び交う。
「勝者には戦利品を獲る権利があるわよね?」ふふん、と満足そうに真斗が言う。「千寿幹耶、貴方には私の下僕になって貰います」
はっ――? と幹耶の思考が停止する。
「下僕……。え、は? どういう意味ですか」
「言葉のまんまよ。幹耶くんはもう私の下僕なんだから、私のいう事を聞かないとダメなの」だから、と真斗が気恥ずかしそうにそっぽを向く。「もう自分の命を軽んじたり、勝手に未来に絶望したりしない事」
それと――、と真斗が粉雪のように、言葉を優しく舞い上がらせる。
「私の理想実現の為に、手を貸しなさい。一緒にピンキーのメンバーとして、アイランドを守りなさい。ご主人様の命令よ?」
ふふ、と真斗が照れくさそうに微笑む。
幹耶は大いに戸惑った。この隊長様は幹耶のこれまでの罪を許す、と言っているのか? いや、そういう問題では無い事は真斗も理解しているはずだ。では、なんだ。幹耶が罪人だという事を、テロリストであるという事を理解したうえで、それでも仲間に迎え入れようというのか?
「幹耶くんの考えも間違っていないとは思うし、尊重もしたい。けれど、やっぱりそれは寂しすぎるわ。きっと、誰も笑えないもの」真斗の細い指が、慈しむように幹耶の頬を撫でる。「だから、これからは、せめて自分だけでも笑えるように生きなさい。すぐに答えなんて見つからないでしょうし、悩む事も多いと思う。けれど、存分に悩めば良いわ。幸い、この街にはなんでもあるもの。生き方の答えも、どこかのショーウィンドウに並んでいるかも知れないわよ?」
「……でも、私は――」
足元に絡みつく罪を無視して、何事も無かったように生きろというのか。幹耶にはそんな自分を想像することができなかった。被害者でいる事を辞めるのが、恐ろしかったのだ。
「怖いわよね、踏み出すのって。でも安心して」とん、と真斗は薄い胸を拳で叩く。「ご主人様が守ってあげる。だから一緒に、これまでの人生を取り返すわよ」
未だ迷うような表情を浮かべる幹耶の頬を「あーもう! じれったいわね!」と真斗がつねって引っ張る。
「私、君の事、その、まぁ、嫌いじゃないわよ。不安定で危なっかしいくせに頑固な所とか、放っておけないもの。ま、ダメ男好きって奴かしらね」
「ダメ男って……。まぁ、その通りでしょうけれど」
幹耶の表情に、僅かに笑みの色が差す。
「私、知りたいわ。幹耶くんの好きな食べ物とか、好みの音楽とか、グッとくる女の子のタイプとか。良い所もダメな所も、色々知りたいのよ」
バチッ、と真斗は下手くそなウィンクを幹耶に向ける。弱点発見、と幹耶は苦笑いを浮かべた。
ようやく理解した。幹耶にとっては命を懸けた殺し合いでも、真斗にとっては本当に、ただの大げさな喧嘩に過ぎなかったのだ。最初から読み違えていた。この小さな隊長様の器の大きさは、幹耶程度には計り知れないほどに大きかったのだ。
自分勝手などというレベルでは無い。世界は自分の思い通りに転がると信じてやまない。嬉しい事も苦しい事も、喜びも悲しみも全部ひっくるめて、世界に光あれと謳う。
それが秋織真斗という、アンジュの中のアンジュだ。
断れるはずが無い。真斗の背中の向こうに、まだ見ぬ世界を垣間見てしまった。憧れてしまった。
これ以上、瞳を閉じたままではいられない。
幹耶の沈黙を承諾と受け取ったのか、真斗が「よーし!」と声を上げる。
「あだ名を考えましょう、あだ名。いつまでも幹耶くんじゃあ、つまらないものね」
「す、すみません。その前に一つ、いいですか」
うーんうーんと唸る真斗に向けて、幹耶が弱々しく言う。
「とりあえず、止血を、して貰えませんか。マジに、死ん、でしまいま……す……」
んあっ!? と真斗が口をあんぐりと開ける。真斗はすっかり失念していた。過度の失血は十分過ぎるほどに立派な死因になりうる。真斗は慌てて身体中をまさぐるが、止血に使えそうなものは何も無かった。自分にとって必要ないからだ。衣服もボロボロで代用できそうにはない。
「ちょ、あれ。待って待って……。どうしよう、ねぇどうしたら良い? あれ、これってまずいんじゃ」真斗の顔がみるみる青ざめていく。「ちょ、誰か。お、お雪どこ!? お雪―!! ヘルプミ―!!」
遠ざかる意識の中で、幹耶は桃色の光の向こうに広がるアイランドの街並みを眺めていた。
この不死と再生の優しい桃色の光が世界を包み込めば、もしかしたら。
いや、きっと。
――そして、自分も――。
「え? ちょ、ま。幹耶くん? 幹耶くん!? 何一人で終わろうとしてるのよ! 起きなさいって! ご主人様命令よ!? おーい! うぉ――い!!」