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一度言ってみたかった

 モノリスタワーのエントランスに、ゴンゴンと壁を殴りつけるような音が響く。やがてハッチを蹴り開け、鋼鉄のスクラップから雪鱗が這い出して来る。辺りはおもちゃ箱をひっくり返したよりも酷いありさまだが、彼女はいつも通りに無傷だった。


「ありゃ。これはどいひーだね」廃車確定の装輪装甲車を眺めてため息をつく。「真斗―。幹耶くーん。生きてるー?」

 ややあって、車内からくぐもった声が返ってきた。

「首やっちゃったー。でも大丈夫よー」

「……どういうわけか、生きていますよ」

「そりゃあ良かった。アーメンハレルヤピーナツバターって奴だね」

 意味の解らないことを言いながら雪鱗がカラカラと笑う。


 二人もどうにか車内から這い出し、装備を確認する。真斗のネイルに損傷はなく、衣服も少し汚れた程度だ。幹耶も鞘を払い、刀身を確かめる。傷も曇りもなく、刃は鋭く輝いていた。

「あれ、結構な業物だね。どうしたの、その刀……というか、剣というか」

 雪鱗が目を細めて剥離白虎を眺める。真斗も「そんなの持ってたっけ」と首をかしげている。

「借り物を使い続けるのは気が引けたので、新調しました」

 と、もっともらしい事を言い、幹耶はお茶を濁す。


「さて、エレベーターは止まっているし、階段で上まで行かないとね」

 バベルを操作しながら、雪鱗が面倒そうにぼやく。

「ま、仕方なしね。ランチ前の運動と思って頑張りましょう」

 そう言って歩き出した真斗の足元で、突然銃弾が跳ねた。三人は咄嗟にスクラップの陰に身を隠し、辺りを伺う。見れば、小銃を抱えた複数の人影があちこちの柱の後ろから真斗たちへ銃口を向けていた。


「あれって」真斗が言う。

「素人の動きじゃないね。たぶん、病院で迫撃砲の攻撃を仕掛けてきた連中じゃないかな」

 男たちは互いにカバーし合いながら、真斗たちを包囲しようと素早く動く。動きに無駄がなく、高度な訓練を受けている事を伺わせた。変装なのかPMSCの規定に基づいてか、服装こそ平服にアーミーベストという装いであるが、幹耶たちはどこかの特殊部隊を相手にしている気分だった。


「アーマード・エレメントの兵隊ですかね」

「だろうね。くそっ、これは動けないなぁ」

 敵部隊は無理攻めをすることなく、一定の距離を保ち続けて真斗たちの動きを牽制している。おそらくは時間稼ぎのみが目的なのだろう。

「階段前を抑えられてる。でものんびりもしていられないし……。仕方ないね」


 不意に雪鱗が立ち上がり、スクラップの陰から身体を晒す。

「ちょ、お雪!?」

 突然の行動に真斗が声を上げる。雪鱗は向けられた無数の暗い銃口を睨み、愉快そうに口端を歪めた。

「一度言ってみたかったんだよね。ここは私に任せて先に行け!」

 ビシリ! と効果音が聞こえてきそうな勢いで雪鱗が親指を立てて真斗と幹耶に向ける。

「……ちょっと、らしく無いんじゃないですか? 雪鱗さん」

「そうよ。ハードルもフラグも全て叩き折るのが信条じゃなかったの?」

 くつくつと喉を鳴らし、雪鱗は不敵に嗤う。雪鱗の脚を狙って銃弾が放たれるが、不可視の防壁に弾かれた銃弾は蜂の羽音のような音を上げて明後日の方向へ飛んでゆく。敵部隊の間に動揺したようなどよめきが一瞬だけ広がり、相手の正体を察した男たちは雪鱗へ銃撃を集中させる。


「ま、適材適所ってやつでしょ。何とかやってみせるよ」

「……危なくなったら適時退きなさいよ!?」

 敵の意識が雪鱗に集中した隙を突き、真斗は階段ホールへ駆けて陣取っていた男の顎にネイルの銃身を叩きつける。死にはしないだろうが、しばらくは流動食しか口にできないだろう。手招きする真斗を追おうと、幹耶も腰を浮かせる。

「ご武運を」

「うん。お互いにね」

 駆ける幹耶へ銃口を向けた男の頭が突然弾けた。遺体は噴水のように血液を噴出させながら、湿った音を立てて倒れこむ。

「何さ。こーんな可愛い()がお相手してあげようっていうのに、男の子のお尻のほうが良いっての?」

 口汚い言葉をがなり立てながら、男たちが雪鱗へ銃弾の嵐を浴びせる。「そうこなくちゃ」と雪鱗が口角を上げる。

「んふふ、やだなぁ。そんなに焦らなくても、きちんと最後までイカせてあげ……、んんっ!?」


 突然、数人の男の上半身が切り離された。ハーフカットにされた男たちの遺体へ、小さいカマキリのようなデミが群がる。また別の場所では狼のような姿をしたデミに群がられ、男が断末魔を上げながら肉塊に変えられてゆく。デミに腹を食い破られ、生きたまま(はらわた)を喰われている者も居る。男は必死に腹からデミの頭を抜こうとするが影を掴めるはずもなく、その指は無情にも虚空を滑り続ける。

 逃げ惑う男が頭頂部から大鎌に両断され、その隣では別の男が野太い脚に踏みつぶされた。ランクA、大型ポリューション〝マンティス〟と〝ガルム〟がデミを引き連れてモノリスタワーのエントランスにまでやってきたのだ。

 今までポリューションはデミに狩りを任せ、本体はあまり動かないと思われていた。しかし、どうやら〝餌〟が足りない場合はその限りではないらしい。


「街にポリューションが溢れすぎて飽和状態になっているのかな。で、餌を求めてここまで来た、と。重大な新発見だけれど……」つう、と雪鱗に額に一筋の冷や汗が流れる。「流石にこれは不味いかも」

 雪鱗の〝ホワイト・スケイル〟は鉄壁の防御と回避困難な不可視の攻撃を併せ持つ強力なアーツだが、多勢を相手にするのは全く向いていない。相手が突けば死ぬ人間であれば勝機もあろうが、本体を倒さない限り無限に増え続けるデミが相手では分が悪い。しかも、その本体はランクAが二体。控えめに言っても、絶望的だった。


 撤退しようにもエントランスの入り口にはポリューションが陣取っているし、周囲もいつの間にか無数のデミに囲まれてしまっている。火蓮がいれば、雑多なデミなど一掃できるのだが……。


「真斗たちをこいつらに追わせる訳にもいかないし、ここを抜かれたら避難所まで向かわれるだろうし……」

 すっ、と雪鱗の瞳が細められる。やるしかないか、と小さく呟き、雪鱗は一粒の金平糖を口内に放り込んだ。


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