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地獄の顕現

「七機のヘリ編隊だと……。バンベルクの黙示録かよ。縁起でもねぇ」吐き捨てるように華村が言う。「奴ら、どこの国の部隊だ? この忙しい時にどんなご用事だよ」

「……奴ら、モノリスタワーに向かっているんじゃないのか?」

 火蓮の言葉に幹耶たちは顔を見合わせる。もし本当にそうだとしたら、あの部隊は――。


「情報より動きが速い……」そう雪鱗は小さく呟き、眼を素早く走らせて萩村へ通信を繋げる。『はーちゃん、確認とれてる? 敵性攻撃ヘリ六、大型輸送ヘリ一、そちらにまっすぐ向かっているよ』

『はいー。呼びかけにも応答がありませんー。対処しようにも、スピネルに防空戦力なんてありませんしねぇ。上はもう大慌てですよぉー』

『モノリスタワーに残っている防衛戦力は?』真斗が言う。

『ガードが三個分隊のみですー。非戦闘員の避難誘導だけで手一杯ですねぇ』

 うーん、と一つ唸り、キャメロンが眉根を寄せる。

「もしかしなくても、アーマード・エレメントの部隊なんだろうね。何が目的で……」

「さぁな。しかしロクでもないって事だけは確かだ」シャルムが応える。


 その時、はるか遠くから小さな閃光が上がった。夜であれば星の瞬きとでも勘違いしてしまいそうなそれは、モノリスタワーの最上部から発せられたものだった。間を置かず、幹耶たちのバベルは緊急事態を告げるレッドアラートに埋め尽くされた。


『何事っ!?』真斗が声を荒げる。

『モノリスタワー最上部で爆発! 原因不明、被害状況確認中ですー!!』

 場に緊張が走る。モノリスタワーの最上部には、アイランド・ワンの象徴にしてアジア圏の経済活動を強力に支えている〝マザーアゾット〟があるのだ。元々、モノリスタワーはそれ自体が巨大な電力増幅装置である。もしもマザーアゾットに何かしらの損害が生じ、天を衝く黒き巨塔が機能不全に陥れば、アジア圏は再び混乱の坩堝に投げ込まれる事になる。


『増電、及び送電装置停止! 最上部保護外殻崩落! マザーアゾットがむき出しに――うわわわわっ!?』

 遠くに霞むモノリスタワーの遠景に、いくつもの火花のような煌きが散る。まるで物騒なクリスマスツリーのようだった。次いで、遠雷のようなくぐもった爆音が青空を震わせる。

『ヘリ部隊から攻撃! 各所で火災発生! 大型輸送ヘリがモノリスタワー最上部に到達――あっ、ちょ、これはまずいですー!! 敵部隊がヘリから降下、制圧されちゃいますよー!』

「そんな……。相手の目的はモノリスタワーの、アイランド・ワンの占領?」

「馬鹿な、そんなことをすれば文字通りに世界の敵だぞ」

 真斗の言葉に華村が呻く。いまや人類の拠り所となっているマザーアゾットを擁するアイランドを攻撃するという事は、世界に唾する事と同義だ。仮にマザーアゾットを独占できたとしても国際社会から爪弾きにあい、割に合わない対価を支払う羽目になるだろう。


 だが、それを力で抑え込める自信があるのだとしたら。

 対価を踏み倒す算段が付いているのだとしたら――。


「ともかく、ホームに戻ろう」シャルムが背後を振り返り、咥えたばこのままで呆然としていた部下たちに檄を飛ばす。「立ったまま寝るな馬鹿者共、行動開始! ペイジ! キャクストン! 他の部隊に連絡、モノリスタワーに向かわせろ! 命令違反を気にする奴がいたらケツをローストされかけているって事を教えてやれ、頭を抑えられたらおしまいなんだからな!」

 チェイサーの二十七番隊の面々は背筋を伸ばし、弾かれたように行動を始めた。練度も士気も高いようだ。


「おいらたちも行動しよう。真斗」

 キャメロンに促され、真斗が頷く。バベルに表示された地図を確認し、モノリスタワーの周辺に浮かぶ六つの光点を睨む。

「攻撃ヘリはモノリスタワーを囲うように展開。こちらからの攻撃手段はない。警戒しつつ、ビル陰に隠れながら接近するしかないわね」

「それしか無ぇんだろうが……」華村が苦虫を噛み潰したような表情をする。「ニック・ワレンダじゃねぇんだ、命綱の一つも欲しいところだな。ガードの詰所に寄れれば携行地(スティ)対空(ンガー)ミサイルくらいあるだろうが……」

「そんな余裕はない、相手は既に王手をかけている。とにかく急いでマザーアゾットの防衛に向かわなければ――」

 火蓮の言葉は、最後まで発せられる事はなかった。

 突然、その場にいた誰もが背筋が泡立つような感覚を味わった。ぞわり、と全身の毛が逆立ち、冷たい血液が全身を駆け巡る。華村やキャメロンが鋭く辺りを見回し、雪鱗が睨むように空を見上げる。


 瞬間。世界がぐるり、と反転した。

 空と大地が入れ替わり、地の底に潜んでいたおぞましいものに、何もかもが飲み込まれたようだった。踏みしめる地面は無数の地蟲の群れのようで、空を漂う雲も腹をすかせた獣の涎に思えた。

 もちろん、全ては幻想だ。現実にはそのような事は起こり得ない。だが、現実的でない何かが起こった。その事だけは、全員の胸に揺るぎようのない事実として刻まれていた。


「これは、何が……!?」

 幹耶の声は再び鳴り響いたレッドアラートに掻き消される。バベル上の地図に、赤い光点が次々に生み出されていく。

『アイランド・ワン全域にポリューション発生! 殆どがランクA以上と推察されますー!』萩村の切迫した声が響く。

『あぁっ!? これが全部ポリューションだっていうのか!? 七十以上あるぞ!!』

 華村が思わず叫ぶ。七十を超えるポリューションの同時発生。しかもその殆どが〝ガルム〟と同等のランクA。驚異の程は計り知れない。


「ドゥームズ・デイって気分だな……。くそっ」シャルムが歯を剥いて唸り、隊へ向き直る。「予定変更! 市民の保護を最優先だ!」

「真斗、こちらも予定変更だよ。隊を分けよう」いつもチェシャ猫のように飄々としている雪鱗も、この時ばかりは真剣な表情を見せていた。「私が何とか耐えて見せるから、モノリスタワーに真っすぐ突っ込もう」

 真斗は小さく頷き、思案するように目を伏せる。

「……よし。私とお雪でモノリスタワーへ。ハナとメロンは火力と機動力を生かして遊撃戦。ポリューションの数を一つでも多く減らして。火蓮と幹耶くんは二十七番隊と合流。火力支援と避難補助をお願いね。拾える命は全て拾いなさい」

 幹耶たちは口々に了承の言葉を口にする。ただ一人、雪鱗以外を除いて。

「待った。たぶん私はタワーに着く頃には消耗しきっているから、幹耶くんをこちらに回せないかな」

「私は構わないけれど、もしかしなくても対人戦になるわよ。……大丈夫なの?」

 人を斬れるのか。真斗はそう幹耶に問うているのだった。デミやポリューションを斬るのとは、わけが違う。ポリューションも元は人間だが、あちらは既に死人に近い。しかしマザーアゾットの元に向かえば生きている人間と対峙することになる。命のやり取りをする事になる。

 その覚悟があるか、と真斗は幹耶に問う。

「問題、ありません」 

小さく頷く幹耶の顔を、真斗はじっと見つめる。そして不意に視線を外し、小さな手を打ち鳴らす。

「清掃開始! 各自迅速にクリーニングを開始せよ!」

 号令の声が響き、真斗の愛すべきピンキーの隊員たちは「へーい」や「ほいほーい」と気のない返事をしてぞろぞろと歩き出す。

「ま、まったく……。もう少しやる気を見せなさいよ。いつも通りだけれど」


 真斗は大きくため息をつき、辺りを見回す。どこかで何かしらの〝足〟を確保しなければならない。とはいえ、攻撃ヘリのキリングゾーンの飛び込もうという連中に火蓮が快く愛車を貸し出すわけもない。華村に至っては完全に論外だ。なにせ、キャメロン以外には愛車を触らせることもしない。

 となれば、どこかで適当な車両の電子キーをスピネルの権限で解除し、拝借というのが一番現実的だろうか。緊急時だ、細かい手続きは後回しで良いだろう。


「あれを使えば良い」

 思案顔の真斗へ、シャルムが兵員輸送の装輪装甲車両を顎で示す。

「確かに借りられれば心強いけれど、良いの?」

「乗っていた奴らは他の車両にしがみ付いていけば良い。なぁに、命の恩人への恩返しだ。むしろ全然足りないくらいだよ」

 文句は無ぇよな? とシャルムが顔を向けると、隊員たちは笑顔で親指を立てた。気のいい連中だった。

「ありがとう、借りるわね。たぶん返せないけれど」

「それも織り込み済みだよ」


 軽快な笑い声をあげるシャルムの隣を通り過ぎ、幹耶たちは装輪装甲車へと向かう。

車両を明け渡すために降りてきた隊員たちとすれ違う瞬間、幹耶の耳元へ一人の隊員が耳打ちをする。


〝良い風向きじゃないの。首尾よくやりなさい〟


聞き覚えのある女性の声だった。

幹耶は弾かれたように振り返るが、声の主は他の背中に紛れてしまって見分けが付かない。

監視のつもりか、と幹耶は静かに歯噛みする。本当に食えない女だ。


「……言われなくてもやってやるさ、(ミスト)いの(ブルーム)


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