ハイウェイ・スター
ほらっ、と真斗が座席下からアサルトライフルを取り出し、幹耶へ投げ渡す。グリーンの対腐食塗装が施されたAK―5Cだった。
「とにかく近づけさせないで。挟まれたら終わりよ」
ターレットハッチから顔を出し、真斗が銃弾を放つ。小銃の銃弾では射程外の距離ではあったが、ダメージを与えるのが目的ではない。敵車両は反撃に警戒し、狙い通りに回避行動を取り始めた。
『扱いやすいけれど、相変わらず可愛くない銃ねぇ』
『そうですか? この武骨なデザインがたまらないじゃないですか』
真斗と入れ替わり、今度は幹耶が接近を始めていたもう一方の車両へ銃撃を浴びせる。バベルで会話しているのは銃撃音と耳朶を叩く風で互いの声が聞こえないためだ。
『っていうか、可愛い銃ってどんなのですか』
『パラソルの形とか?』
『……KGBあたりなら持っているかもですね』
二人がのんきな会話をしているところへ、反撃の銃弾が飛んできた。しかしその弾丸は高機動装甲車の車体に届くことなく、不可視の防壁に阻まれるように激しい火花を上げながら次々と弾かれていく。
『これは……!?』幹耶が目を見開く。
『お雪の〝不貫白楯〟よ。防御は文字通りの鉄壁だけれど、お雪の消耗が激しくて長続きしないから、過信はしないようにね!』
相手を近づけさせるなというのはそういう理由か、と幹耶は頷く。
雪鱗のアーツは常に過度な消耗を強いるという。不可視の防壁が攻撃を受けるたびに、その消耗は加速度的に増すのだろう。確かに、あまり頼りすぎないほうが良さそうだ。
『しかし攻撃が重いなぁ……。M2重機関銃かな』雪鱗が言う。
『だいぶ古いが、名作だな。さてどうする……』
回避行動を取りつつ、火蓮はバベルに表示された地図に目を走らせる。高機動装甲車が走っているは、アイランドに張り巡らされた高速道路の上だ。しばらくは分岐もなく、逃げ込む脇道もない。このハイウェイの上で、なんとかやり合うしかないのだが……。
三台の戦闘車両は激しい銃弾の応酬を繰り広げながら、ハイウェイを高速で駆けていく。しかし戦力の差は圧倒的で、火蓮の動きに慣れ始めたのか、敵の集弾率も高まってきた。
『ああもう、距離の取り方が上手い! 腹立つ! 反撃重いし……!! お雪、大丈夫!?』
ジリ貧だ、と真斗が歯を剥いて唸る。対人用のアサルトライフルと重機関銃では有効射程に大きな差がある。相手の銃弾は強力な破壊力を真斗たちに届けるが、一方で真斗たちの攻撃は牽制にしかならない。正面装甲はもちろん、操縦席の強化ガラスを打ち抜くこともできず、タイヤを打ち抜いても軍用のエアレスタイヤは少々の銃撃などものともしない。
『金平糖をたっぷり持ってきているから、まだまだ平気だよー』
雪鱗がひらひらと手を振る。防壁を鋭く伸ばして槍にしようにも、相手は射程外にいるので雪鱗としてはカロリーを摂取しつつ耐えるしかない。
『一粒1000キロカロリーの特別品だっけ? それにしても埒が開かないね。このままじゃ……』
有効射程には大きな差があるが、高速で逃げ回る小さな点を狙うのは困難なので、敵としてもある程度は距離を詰める必要がある。そこを真斗と幹耶の銃撃で押し返す――ということを繰り返しているのだが、もし敵が損害覚悟で突撃を敢行すればこちらはひとたまりもない。この事態を打開するためには、大きな一撃が必要だった。
しかしその一撃は、敵方から飛んできた。敵ハンヴィーの一両が銃撃の手を止め、車内から四角い箱に筒のような物がついた何かを引きずり出した。
『げっ!? ちょ、まっ、やばい!!』真斗が声を上げると同時に、筒から白煙が上がる。『ATGM―!!』
『豪勢だなちくしょう!』
火蓮が舌打ちをする間にも、対戦車ミサイルはグングンと迫ってくる。するり、と運転席の窓から一匹の炎蛇が飛び出した。飛び出した炎蛇は高機動装甲車の後方で激しく燃え上がり、炎のカーテンを作り出す。炎にまかれたミサイルは一瞬目標を見失い、高機動装甲車のすぐ隣に着弾した。
『大丈夫か!』火蓮が叫ぶ。
『はい、何とか……っ!? 二発目、来てます!!』
『何っ――』
瞬間、高機動装甲車が――正確には雪鱗のホワイト・スケイルが爆炎に包まれる。ホワイト・スケイルはどうにか攻撃には耐えたか、防ぎきれなかった僅かな熱波が車内を蹂躙した。
『んなぁー! くそっ!! 損害は!?』
『幹耶くんの前髪がチリチリに!』
真斗の言葉に、幹耶は「なってない、なってない」と心の中で突っ込みを入れた。
『……大丈夫そうだな』
火蓮はほっと胸を撫で下ろす。この状況で冗談が言えるのは大したものだが、状況は明らかに悪化していた。次も防げるとは限らない。
『ユキ、大丈夫か』
『ちょっときついー……』
火蓮は思わず唸る。本格的にまずい。チェックメイト寸前だ。
突如、大気を切り裂くモーター音を響かせながら漆黒のオープンカーがハイウェイに合流し、高軌道装甲車の隣に並んだ。
『新手!?』
幹耶の表情に絶望の色が差す。しかしそれは杞憂であった。オープンカーの助手席から男が後方へ狙撃銃を構え、聞き覚えのある炸裂音を響かせる。放たれた銃弾は次弾を放とうと構えていた発射装置の砲身を正面から打ち抜き――、敵車両は爆炎に包まれた。
『ウルトラ上手に焼けました……っと。よお、苦戦しているみたいだな。手伝うぜ』
『ハナ! メロン! んもう、遅いのよ!』
思いがけない援軍に、真斗が表情を輝かせる。
『こっちは火力不足でな、悪いがもう片方も頼む』
『火葬炉の魔女がいて火力不足とはな』
『得手不得手ってものがあるだろう』
いやらしく喉を鳴らす華村に、火蓮が憮然とした声で応える。しかし二人の口端は楽しそうに歪んでいた。
『よぉし、それじゃもう片方はおいらが頑張っちゃうかな!』
キャメロンがミラー越しに残った敵車両に狙いを定め、メロンの形をした爆弾を生み出そうとした瞬間、敵車両は急停車し、踵を返して撤退した。
『……賢明な判断だね』
見せ場を失ったキャメロンは拗ねたように呟き、思念通信は笑い声に埋め尽くされた。




