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アーマード・エレメント

 朝日が昇り、薄靄の中で街が目覚め始める頃。幹耶は寝不足の頭を抱えて昨夜のコミュニティルームへ向かっていた。

 因みに、この六十三階にある居住スペースは全てピンキーこと、スイーパーのみに割り当てられているらしい。コミュニティルームもピンキー専用だ。しかし特別扱いという訳ではない。他部隊との無用な衝突を避けるための、いわば隔離処置のようなものだ。


 幹耶がコミュニティルームに辿り着くと、既に真斗、雪鱗、火蓮の三人顔が並んでいた。真斗は頑固な寝癖に苦戦しており、ブラシで髪を梳くたびにぴょこん、と後頭部で角が跳ねていた。

「おはようございます」

「ああ、おはよ……って、なんだその疲れた顔は。寝ていないのか?」

 幹耶の目の下にはうっすらと隈ができていた。火蓮が「仕方ねぇな、コーヒーでも淹れてやる」と席を立つ。

「あっははは。結局寝れなかったんだ?」

「色々と考えてしまいまして」

「ふぅん。ま、でも少しは良い眼になったね。気持ちは固まったって事かな」

 ニヤつく雪鱗に「ええ、まぁ」と曖昧に返事を返し、幹耶がソファーに腰掛ける。何もかもを見透かした様な雪鱗の態度には、まだまだ慣れそうにない。それがただのポーズであれば良いのだが、本当にこちらの心を見通されているような気がして、落ち着かないのだ。


「今日はチェイサーのお手伝いをする予定だったんだけれど、それどころじゃなくなったわ」

 ブラシを放り投げて真斗が口を開いた。自身での寝癖の駆逐は諦めたようだ。ブラシは雪鱗の手に渡り、どこからか取り出した寝癖直しのスプレーを掛けながら桃色の髪を梳いている。二人の様子に違和感は無く、これがいつもの光景なのだろうな、と幹耶は思った。

「何か問題が?」

「問題というか……」真斗が困ったように唸る。「昨日の幹耶くんがその……、やっちゃった参考人のパソコンをはーちゃんとお雪が調べていたんだけれど、厄介な事が解ってね」

「そっちの運び屋も、仕事を依頼したのはバルミダの人間だと思っていたんだけれどさ」真斗の言葉を引き継いで雪鱗が言う。「どうもそちらの方は、〝アーマード・エレメント〟っていう多国籍PMSCから依頼を受けていた形跡があるんだよねぇ」

「PMSC、とは?」

「民間軍事企業だ」ほら、と火蓮が幹耶へマグカップを差し出す。「国軍に代わって拠点の警備や兵站補助に兵員輸送を請け負うのが一般的だが、アーマード・エレメントといえば正規軍顔負けの実戦兵器を抱える世界規模のPMSCだ。実際にイスラエルの軍隊とやりあって、連戦連勝だよ」


 三十七年前のオイルディストラクション以降、各国の軍隊は機能不全に陥った。多数の軍人が職にあぶれ、しかして戦場と共に生きてきた彼らの行き着く先は、やはり戦場でしかありえなかった。

 結果として、パワーバランスにおける民間軍事企業の占める割合が急速に高まる事になる。兵站線を思うように構築できない正規軍は防衛に徹するようになり、しかし人は息をするように争う。混迷の時代において軍事力は一層求められるようになり、結果として、国家や宗教や人種に囚われないフレキシブルな軍事力であるPMSCの需要が高まり、戦場の便利屋でしかなかった彼らは国家の代理戦争を請け負うまでに勢力を拡大させた。国際社会は民間に過度な軍事力が集中することに危機感を覚えてはいるが、治安維持におけるPMSCの役割は大きく、目下黙認している状態であった。


「それで、どうしてそんな戦争屋が絡んでくるのでしょう」

 コーヒーを啜りながら幹耶が言う。爽やかな苦みのアメリカンコーヒーだった。

「解らないから困っているのよ。言うなれば、狐を追っていたら藪から虎が現れたって所ね」髪を結いながら真斗が言う。「アーマード・エレメントといえば、今や世界の軍事力の二割を抱えているとまで噂される戦闘集団だからね。スピネルとしては関わり合いたくはないって訳よ」

「しかし、ポリューションの〝製造〟については無視をするわけにもいかない」

 火蓮が幹耶のバベルへ映像データを送る。華村とキャメロンが発見した、隠し研究所のデータだ。展開してみると、そこには冗談のような光景が広がっていた。赤黒い液体が染みついた壁、ガラス詰めにされた人々や、ポリューションの姿まである。あまりに現実離れした光景に、幹耶は言葉を失った。

「こういう集団なのよ、バルミダ機関ってのは。倫理観が絶望的なまでに欠落しているの。だから解体されて、研究員は全てスピネルの監視下に置かれていたはずなんだけれど……」

 真斗が憮然とした様子で言う。

「彼らは再び集い、好き勝手な研究を再開した……と」

 そういう事だね、と雪鱗が頷く。

「まさかその音頭を取っているのがアーマード・エレメントって事は無いと思うけれど、これ以上事態が大きく転がる前に、この事案にケリを付けようってのが、スピネルの方針だよ」

「そこで急遽、スピネルはバルミダ機関の元研究員の一斉摘発を決定した。この件に関与しているかどうかに関わらず、とりあえず全員を捕まえて、計画を頓挫させようという訳だ」

 湯気の立ち昇るコーヒーを一口啜って火蓮が言う。甘味が足りなかったらしく、砂糖を追加している。

「詳細を調べるのは後回しという訳ですか」

「そうだ。バルミダ機関の元研究員はアイランド外周部の研究施設、三七か所に散らばっている。これらを同時に確保する為に、あたしたちも駆り出される」

 幹耶の言葉に、マグカップを掻き回しながら火蓮が応える。

「磯島も捕えるの?」真斗が言う。

「当然でしょう。何せ、バルミダ機関時代でも主任研究員だったんだよ? 無関係なはずが無いもん」

「……そう。そうよね」

 雪鱗の言葉にどす黒い物が渦巻く低い声で呟き、真斗が小さく頷く。どうやら磯島と真斗の間には因縁があるらしいし、複雑な気持ちなのだろうな、と幹耶は思った。


 真斗が腰を浮かせるのを合図に、全員が立ち上がる。目的地へは火蓮の愛車で向かう事になった。四人はそれぞれの表情で、朝靄に沈む街へと繰り出していった。



 小麦粉を練って作ったレンガを、食べやすい大きさに切り分けました!

 そんなキャッチフレーズがお似合いな支給品の携帯食料を齧りながら、幹耶は窓の外を眺めていた。朝の眩しい光に照らされた街並みは輝くようで、そこにダストの翠色が緩やかに掛かっている。夜景も美しかったが、これはこれで味があるな、と思った。味が無いのは手にした小麦レンガのほうだ。


 生産性、携帯性、保存性。そして必要な栄養素を網羅することを重視して作られたこの携帯食料からは、味という概念が抜け落ちていた。それに、やけに硬くて非常に食べにくい。胸に忍ばせておけば銃弾も防ぐのではないか? 幹耶たちは、そんな小麦レンガを朝食代わりに齧り、水で無理やり喉に流し込んでいた。


「相変わらず、食事の大切さを思い出させてくれる代物ね……」真斗が気分を悪くしたように顔を顰める。「アンジュは体力勝負だから機能面では確かに最高なんだけれど、もう少しなんとかならない物かしらね」

「砕いてミルクに入れたら、少しはマシかな」雪鱗が言う。

「そこまでするなら、普通にグラノーラでも食うわ」短く息をついて火蓮が言う。

 味気ない食事に辟易した様子で火蓮が雪鱗に小麦レンガを投げて寄越す。カリカリカリカリ、と雪鱗はものの数秒でそれを平らげてしまった。まるで冬眠前のリスでも見ている気分だった。


「朝からよく食べますね……」

 幹耶は思わずそんな事を言う。石花海こと、ダンナの営む〝左利きのくじら〟でも感じた事だが、雪鱗の大食いは少々常軌を逸しているように思う。

「アーツの代償だよ」デザート代わりの金平糖を取り出しながら雪鱗が言う。「私のアーツはカロリーの消耗が激しくてね。六時間以上何も食べないでいると、それだけで餓死しちゃうの」

 ドブネズミみたいでしょう? と雪鱗は軽快に笑うが、幹耶は愛想笑いも返せない。たったの六時間で、餓死だと? 

「アーツを使っていなくても、ですか?」

「うん、常に消耗し続けるんだよね。四時間食べないだけでも動けなくなっちゃう」

 四時間の絶食で行動不能、六時間で餓死。酷い代償だ、まともに眠る事もできないでは無いか、と幹耶は戦慄した。それこそ、まるで呪いだ。


「確認をしよう」

 火蓮がそういうと、幹耶たちのバベルにアイランド・ワンの簡易的な地図が表示された。円形の外周部に三七の赤い点があり、それらがバルミダ機関の元研究員が所属している研究所の所在地という事だろう。そのうちの一つが点滅している。

「そこで二名確保する。一時間後にチェイサーの十二番隊が護送車を回してくるから、それまでに――」


 火蓮の言葉を遮る形で、バベルへ緊急の通信が入った。通信は自動的に接続され、四人は同時に萩村の声を聴いた。

『どうも雲雀でーす。おはようございますー』

『うん。おはよう、はーちゃん』真斗が応える。『何事かしら』

『ああ、はい。各地の研究所に先行していたガードとチェイサーが、所属不明の武装集団から襲撃を受けていますー』

 車内の空気がピリッ、と張りつめた。あまりにも穏やかでは無い。


『各部隊の状況と、相手の武装は?』珍しく真剣な表情で雪鱗が言う。

『ガードの第三、九、十四番隊、及びチェイサーの第二、十九番隊が移動中に車両を攻撃され大破、生存は絶望的ですねぇ。対戦車ロケットか対戦車ミサイルによる攻撃と思われますー。研究所で銃撃戦に突入した部隊によれば、敵勢力は多数の戦闘用ドローンを使用している、とのことですー。四足の白い奴ですねぇ』

 どういうこと……? と真斗が歯噛みする。バルミダ機関の元研究員を一斉摘発するという事は、真斗たちも今朝方聞かされたことだ。その上で待ち伏せされたという事は――。

『くそっ、情報が駄々漏れって事かよ』吐き捨てるように火蓮が言う。『各部隊に指示が出されたのは早朝だ。三時間足らずで待ち伏せを仕掛けられるとは考えにくい。かなり上層部から情報が洩れているな』

『スピネルの腹を探るのは後回しよ、火蓮』真斗が気の強そうな瞳を更に吊り上げる。『本部の指示は?』

『真斗さん達は予定通りに動いてくださいー。敵勢力と遭遇した際にはこれを殲滅、可能であれば生け捕れ、とのことですよー』

『デスク組は簡単に言ってくれるわね……。私たちは盤上の駒じゃないってのに』溜息と共に真斗が言葉を吐き出す。『了解したわ。予定通りに研究所に向かう』


 火蓮がペダルを踏み込み、深緑の高機動装甲車が速度を上げる。ぐんぐんと流れていく景色を瞳に映しながら、雪鱗が口を開く。

「白い四足のドローンね……。ナチュラルキラーかな?」

「RPGはともかく、テロリストがATGMまで持っているかしら」

 真斗の言葉はもっともだった。構造が単純で大量生産が可能な対戦車ロケットならともかく、対戦車ミサイルなどはそう簡単に調達できるものでは無い。ましてや、アイランド内に持ち込もうというのならば尚更だった。


「そうなると襲撃者は……アーマード・エレメントの連中か?」火蓮が言う。

「いやぁ」雪鱗が首を横に振る。「そんなゲリラみたいな真似、するかな? 私はナチュラルキラーにどこかの誰かが手を貸しているのだと思うけれど」

「それよりも解らないのは、なぜその襲撃者はバルミダ機関の手助けをする様な真似を?」

 幹耶が唸る。このタイミングでの襲撃、研究所での待ち伏せ。バルミダ機関と襲撃者が無関係と考える方が不自然だ。

「バルミダ機関とナチュラルキラーが協力関係にあるって事? でも、それは流石に……」

 真斗の言う通り、それは確かに考えにくい事だった。バルミダ機関の人間はあくまでも研究者であり、しかもスピネルから監視されている立場だ。武器弾薬の調達や戦闘用ドローンの提供などできはしないだろう。


「そもそも、バルミダ機関の事をリークしてきたのは他ならぬナチュラルキラーだからね。チェイサーやガードを誘き出して叩くのが目的だったりして」

「病院占拠の時と同じようにって事?」雪鱗の言葉に真斗が唸る。「ま、難しく考えるのは後ね。私と幹耶くんは周辺警戒。お雪も警戒しつつ、他部隊の戦況を確認。動きがあれば逐一知らせて」

「早速一つ良いかな」

「何? お雪」

「後ろからお客さんが来ているよ。軍用(ハン)車両(ヴィー)二台、アメリカ製かな」

 幹耶が後方を確認すると、確かに遠くからベージュ色の装甲付き軍用車両が二台接近してきていた。スピネルで使用しているものとは型が違う。車体の上部には重機関銃が据え付けられている。首を回して後方を見遣り、真斗が眉根を寄せる。

「もしかしなくても、敵でしょうね……。打撃力高そうね」

「真斗。あいつら、呼びかけに応答しない」雪鱗が言う。

「了解。ま、誤射る訳にもいかないし、一応は確認しないとね」

雪鱗の言葉に真斗が小さく頷き、車体上部に開いたターレットハッチから顔をだして接近する車両を目視で確認。萩村に向けて通信を飛ばす。

『はーちゃん? 後方から接近する不明車両二台の照会を――』

 不意に不明車両のターレットハッチから男が顔を出す。重機関銃の銃口を幹耶たちの高機動装甲車へと向け、次の瞬間には銃弾を放ち始めた。高機動装甲車の走り去った後のアスファルトがバチバチと弾け飛んでいく。

「んなわわわ!」突然の発砲に驚き、滑り落ちるように真斗が車内に帰って来た。『こ、攻撃を確認! 不明車両を敵性勢力と認識、これより戦闘行動に入る!!』


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