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そうぞうせい・フィクション

そうぞうせい・フィクション3

作者: 冴野一期

 人工知能は、原則として人間の仕事を奪ってはいけない。

 しかし深夜時間などに、なんらかの危険性と遭遇することのある環境では、

 必ずしもその限りではない。


 *


 わたしはいつもと変わらず、学校校舎の見回りを行っていた。

『三階、異常ありません。四階へと移動します』

 昨日および一昨日と数秒違わない時刻に、生体ネットを通じて【A.I.U】認証コードを通し、警備会社本部へ連絡を入れる。そちらでも同じように受信コードを受け取ったわたしが『受信。メッセージログを記録しました。電子モニター上でも異常ありません。継続してください』と言う。

 わたしは自動的に浮遊する。警備用の浮動式単数型サーチャーシステムだ。

 色は白。直径は硬式用の野球ボールよりもひとまわり大きく、重さはふたまわりほど重い。その丸っこい見た目通りに、ヒトビトはわたしのことを『メダマ』と称することが多かった。

 そんなわたしの中には、実システムとして暗視スコープと赤外線スコープとバイオセンサーと簡易気象ユニットと、午前中に自家発電した太陽電池を搭載中。

 万が一にも不審者を発見し、こちらの警告に従わなかった場合。非致死性のテーザー銃を六発まで発射することが許可されている。

 ヒトの手で稼働し、現在の領域に配置されて四ヶ月。まだ発射の履歴はない。


 わたしの発する太陽電池の低い音を除き、周辺に音源はない。学校の階段をあがり、正面にあるトイレを確認すべく中に入り込んだ。男子トイレ、女子トイレの個室を共に確認し、異常ナシと判断したところで廊下に戻るとこの学園の制服を着た女生徒がいた。はじめての遭遇だった。各種センサーに反応なし。生体反応がない。

「……めだまが、空、飛んでる……」

『――警備部受信機構に伝達。生体反応のない人型生命体がいます』

『受信。領域を探索します』

「ぴゃ!? な、なんかいきなし小難しいこと喋ってるよぅ。都会の学校ってやっぱりすごいんだなぁ……。制服もすっごい可愛いし。やっぱり田舎と違って〝はいてく〟なんだぁ……ほわぁ……」

 非生命体が、ぽかんと口を広げてわたしを見る。その間に返信が来た。

『実行部隊へ。こちらでは確認できません。生体反応がないということは、不審者ですか? それとも怪我人ですか?』

『外傷らしきものは見当たりません。該当者は通常通りに稼働しており、現在も小首を傾げてうろんな眼差しでこちらを確認している模様。攻撃してもいいですか?』

「えっ!? だ、ダメだよぅっ! 攻撃しちゃダメ~~っ!」

『受信。それが人間生命体ではなく、かつ武器を所持していない場合はさらなる判断が必要です。まずは質疑応答を三点ほど繰り返したあと、実行動中のわたしの判断で再開してください』

『了解。質問します。貴方は学生ですか?』

「え、あの……わ、わたし、トイレの花子さんです……あの、知ってます、よね?」

「学生であるならば、DNAⅡによる認証コードを提示してください」

『でぃ、でぃー、えぬ、えー、つー?』

『攻撃判断率が上昇しました。不審者ですね?』

「は、はわわっ! ふ、不審者じゃないですっ! わたし、日本民族に伝わる、歴史と伝統ある幽霊なんだかおばけなんだか微妙に曖昧な存在なんです~っ」 

『本部に応答。全国に存在する〝トイレ・花子〟の生徒データを要請します』

『受信。検索します』

「ちっ、ちがっ、トイレ・花子は名前じゃありませんってばぁ!」

『では、製造番号ですか?』

「ええぇ!? そ、そういうのとも、違うような……」

『攻撃判断率、さらに上昇』

「ま、まって! あの、私の話を聞いてくれませんかっ、都会のめだまさん!』

『了解。判断材料として受信します』

「よ、よかった。あのね、わたしちょっと前に、メリーちゃんとメル友になったんだけどね……。その、最近ものすごくどうでもいいメールを一分おきぐらいに送信してきて……あっ、メリーちゃんは悪い子じゃないんだよ!? でもね……返信しなかったら、そのぅ……」


 『 なんでメール返してくれないの、花子ちゃん。

   今夜そっちまで行っていい? いいよね。行くね。

   すぐ行くね。後ろに行くね。待っててね待っててね。

   大好き花子ちゃん花子ちゃん愛してる、ほらつ~かま~えた。 』


「って、気がついたら後ろからぎゅーってされて。そういうのびっくりするから、できたらやめてほしいなって言ったよ、言ったんだけどね……花子ちゃんは私のことキライなのねって怒って〝霊力っぽいの〟で扉をどーんって壊しちゃってね。それでなんていうか、第一種冷戦状態みたいな……? お互いちょっと距離置いて頭冷やした方がいいよねっていうか……」

『判断。解析終了。つまり貴女は現在、性質の悪いストーカーの被害にあっており、この学校施設まで逃亡してきたということでよろしいですか?』

「うん。ぴったしあってる」

 トイレ・花子は即答した。メリー・メルトモを不審生命体としてデータベースに登録を要請。

『しかしここは県の所有地です。明確な立ち入り条件が成されており、それを破った場合は貴女には法の裁きが下されます』

「えっと、だけどそれは、相手が人間だった場合のお話だよね? 私は幽霊かおばけ、どちらにせよ人間じゃないから、それには該当しないと思うよ」

『否定。わたしは〝そうぞう〟する事を許可されておりません。かつ、貴女はヒトによって作られたわたし――人工知能――の一部と、一定の水準をみたす意志疎通のやりとりが可能であると判断されています。よって貴女は、動物以上の〝人間的な知性ある何か〟です。法の裁きを受ける権利は十分に存在します』

「……うー……めだまさん、って、結構頭でっかちだね」

『人工知性ですので。あなたは〝判断的に人間〟です』

「で、でもでもっ、もし私に法の裁きを遵守させたとしても意味ないよ?」

『何故ですか?』

「だってわたし、壁とかすり抜けちゃうもん。さっきも言ったけど、そもそも生きてないんだよ。生きてない生き物に死刑とか言ったところで無意味でしょう? だからめだまさんの言ってることって、正しいけど間違いだよね」

『古典的なパラドックス戦法を仕掛けないでください。テーザーを発射しますよ』

「うぅ、驚かれるのは好きだけど、わたしが驚くのはやだよぅ。鉄砲ってバッキューンってすごい音が鳴るでしょ? こわい」

『テーザーは電気を発射するものなので、そこまで大きな音は鳴りません』

「そうなの? じゃあいいよ」

『バチッとしますが?』

「しないよ。わたし生きてないもん」

『……』

『こちら本部受信型――浮動式単数型サーチャー00E5.指定した領域時間が迫っています。それ以上の対応は警備任務に支障が起こると判断されました。それから〝トイレ・花子〟の検索結果ですが、同様の型式が全国の学校施設に存在することを確認できました。しかしその正体についてはわたし達の〝範疇外〟です』

『了解。本部のわたしへ応答です。そちらのデータモニター上に、何らかの反応はありますか?』

『一切見受けられません。〝範疇外〟です。本日のデータログは残しておくので、この先の事例は人間的な判断に委ねましょう。過去に起きた同様の事例によれば、十パーセント未満の確率で〝オハライ〟〝キトウ〟〝ジョウカ〟に関する財政投下が行われると判断しました。しかし残りは特にこれといって何もされません。この問題を解決する優先レベルは1です』

『了解。〝些末な問題〟ですね。それではわたしは最適行動として〝ミテミヌフリ〟を実行。より優先順位の高い警備任務を継続して実行します。それではさようなら、トイレ・花子さん』

「あ、えへへ。よくわかんないけど、じゃあ個室入っていいのかな。めだまさん、ありがとう。何かあったらまたよろしくね」

『受信。よろしくお願い致します』

 わたしは攻撃を中止した。ジジジと低い音を立てながら廊下を進む。

 後ろからは「それじゃ、お邪魔します」と言って。扉の閉まる音がした。


「す、すごい! このおトイレ、洋風だよぅ! フタまでついてる~っ!

 ひゃ、ひゃああぁん! ウォシュレットって妄想の産物じゃなかったの!?

 すごいよぅ、すごいよぅ、はいからだよぉ!」


 警備部へ報告。

 異常、ありませんでした。


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