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 何故、 自分では何もしない輩の為に力を尽くさなければならない?

 ついなはようやく元服した事を喜ぶ親族たちの宴を見ながら、 そこに祝いの品や言葉を持って来る客人達を見ながら、 心の中でそう呟いていた。

 何もしないだけならまだしも、 自分たちが困れば助けてくれと言うくせに普段は心の中で見下してくる輩などさらに助ける価値が見出せない。

 その見下す視線の中に、 嫉妬がいつも混じっているのも解せなかった。

 自分たちに出来ない事をする力。 それが羨ましいのだろうと気づいたのは数年前だ。

 けれど、 だからこそわからない。

「異質なものを嫌うくせに、 羨むなんて」

 結局、 異質を嫌うというのの根っこはそれなのかもしれない。

 人は自分の手が届かないものに焦がれ、 そしてそれが行き過ぎ煮詰まって、 嫌悪や憎しみに変わるのだろう。 行き過ぎる前に諦めるか別の道を取ればまた違った所に行き着くのだろうけれど。

「くだらない」

 ついなは物音も立てずにただ呟きだけを残して宴を抜け出した。

 主役のはずの長男がいなくなっても、 誰一人として気に留めない。

 元々ついなは十二才にしては冷めていて、 言動もしっかりしてはいたが子供らしさとは無縁の所謂いわゆる可愛くない子供だった。 ともすれば大人よりも冷静冷徹とも言える判断をする事もしばしばで、 そんな様子だったから姿が見えなくなっても心配する必要などいつの間にか大人達の中に存在しなくなっていて。 大騒ぎして探したら本人に「馬鹿ですか?」という目で見られればさもありなん。

 それが子供に対する親の当然の反応だとしても、 吉野の家ではついなにだけは適応されるものではなくなっていた。

 祝いに来ている客人達とて、 目当ては元服した主役ではない。 その家の現当主に、 祝いを言うのが肝心なのであって、 いくら長男でいずれは代替わりすると言ってもまだ元服したてのひよっこなどに用はないのだ。

 吉野の郷には春に花を咲かせる草木が沢山自生する山がある。

 屋敷を抜け出したついなはその足で山へと入った。 天狗が出るとか妖樹が蠢くとかそういう話も絶えない山であるが、 ついなには慣れ親しんだ庭だ。

 その山にある神社には、 数少ない友人もいる。

「瑞穂」

「うるさい。 今日は忙しい」

 そう言って、 数少ない友人は本当に忙しそうに動き回っていて、 面白くは無かったがそれで邪魔するほど子供でもなかったついなは、 つまらなそうな顔をしたもののそれならと諦めて踵を返した。

 そこかしこから視線を感じる。 馴染みの妖たちのものもあれば、 他所から流れてきたらしいものの視線も感じた。

「ねえ、 誰か遊ぶ?」

 この場合の”遊ぶ”は勿論、 「喧嘩売ってみる?」なのだが。

 途端に周囲から一斉に妖の気配が散っていく。 その事についなは小さく舌打ちする。

「意気地が無い」

 自分の命が掛かっている彼らにしてみれば相手と自分の力量を比べて判断するのは重要だ。 意気地とかそういう問題じゃない。

「別に滅するまでやらないのに」

 そうじゃなくても、 喜んで怪我を負うものなんてそうそういるものではないだろうに。

 溜息をついてついなは適当な大岩を見つけると腰を降ろして蒼く透き通った空を見上げた。

「都でもここでも、 どちらでも同じだろうに」

 むしろ都の方が窮屈さは増しそうだ。 それに唯でさえ友人が居ないのにたった一人の友人とも離れなければならなくなる。

「面倒だし、 今更学ぶ事なんてないし」

 家は陰陽の名家と呼ばれるものだし、 その蔵書は既に一部はそらんじることの出来るほど読み込んであるのだ。 今更、 自分よりも進捗の遅い他者に合わせて学生として陰陽寮に入る事になんの意味があるのだろうか。

「どうせ、 適当な時期に適当な女性と娶わせられるんだろうし」

 公に勤める場所での名家とはいえ、 所詮は一部署でのトップ。 世間一般で言う『貴族』などでは間違いなくない家。

 だからこそ、 気を抜けばすぐに没落してしまうのが自分の家だけではなく『貴族』未満の家全部の現状だ。

 没落を防ぐには、 道は二つ。

 一つは、 力で。 能力でも財力でも権力でも何でも良いから力でもってのし上がり困難とか障害とか自分の邪魔のなるものをねじ伏せ、 安寧を掴む方法。

 もう一つは、 自分のよりも家の格が上の妻を娶る事。

 この国では妻の実家に婿が養ってもらうのが一般的だ。

 ただし、 娶った後は自分の力で家を養っていかなくてはならない。 最初だけは妻の実家に世話をしてもらえるが、 そこから先は夫の甲斐性というわけである。 だから、 一夫多妻が認められているとはいえ、 幾人も妻を娶る事が出来るのは娶った後に今度は自分が養っていける者のみ。 それこそ貴族だけとなる。

 一般的には貴族とはいかずとも、 やはり貴族に近いような家柄の妻を娶り、 地道に家の格を上げていくのが安定した生活の第一歩なのだ。

「馬鹿か」

 しかしついなにはそれも気に入らない。 ”そんな事”の為にどうして顔も何も知らない相手と”恋愛ごっこ”などしなければならないのか。

「時間の無駄だな」

 女性はむやみやたらに人前に顔をさらすものではないとか、 歌を送りあって駆け引きだの、 はてはどう言い方を変えても”覗き”だろうに”垣間見する”とか。 やってられるか。

 見合いで決められた相手ならば少しは手順も半強制だから簡略化されるだろうが、 何が悲しくて興味の欠片もない見合い相手と文通して気が合っても合わなくても結局は娶わせられなければいけないのだ。

 書物を紐解くほうが余程、 有意義な時間を過ごせるというもの。

「好き好んで私と娶わせられるものも居ないだろうに」

 自分の家は、 常人には見えぬものを祓う職にある。 人間は本能的に自分たちと異質なものが居れば排除しようとするのだから異能も当然歓迎などされない。

 現に自分の母親はついなや他の異能を扱う者を、 時折見ては瞳の奥に気味悪く思う色をひた隠そうとしている。

 実の親子でさえ、 理解できないものは恐ろしいのだ。

 どんな姫と娶わせられても、 相手にとっては自分は異質で、 自分にとってみたらそんな視線とそれから一生付き合っていかなければならない。 冗談も大概にして欲しいものである。

「せめて次男かそれ以降に生まれたかった」

 長男でさえなければ別に無理に娶わせられなくて済むのだが、 非常に不運な事についなは長男だった。

 さらに、 恐らく極めつけに一番の不幸は、 確かにその才がありついな自身は才を磨くこと自体は好きだった事だろう。 玉も磨かねばただの石。 なのだが、 玉でさらにそれを磨くのだからただの石とは言えない。

 これから先を思って溜息をつく十二才。 可愛げも何もあったもんじゃない。

 憂鬱になりながらも、 ついなはある意味で飼い殺しのようなその状況から抜け出そうとは思っていなかった。 何を言えどここまで育てられたのは事実であるし、 それに抜け出す価値のあるものが見出せないのが本音でもある。

 自分のやりたいことは、 そのままでも出来るからだ。 役目さえ果たせばあとは自由。

 抜け出そうとする労力とその対価を考えて、 わざわざそうするものがない。

 それがついなの出した答えだった。

 ふと、 視線を一本の桜の木へと向ける。

「風のカミか」

 淡色の中に若葉のような緑が見えた。 空を抱き締めるように伸ばされた白く細い腕。

 声の届かない位置にいるのに、 見えたその顔は今にも笑い声が聞こえそうな、 楽しそうな笑顔だった。 その姿は女性で、 物語の中の天女のような衣を身に纏っていて。

 浅葱色の長い髪と桜の花弁が歌う様な風に踊って、 その女性は空へと舞い上がる。

 刹那、 本当に偶然。 女性と目が合った。

 その瞳の色まではわからない。 けれど、 ついなは息を止めた。

 楽しそうに、 本当に楽しそうに、 彼女は笑って。

 それは生命の輝きそのものに見えた。 吹いた風は少しだけ強く、 けれど春の優しさをそのまま伝えるようなもので。




 ついなの数少ない、 というか現時点では唯一の”人間の友人”である瑞穂は忙しさにも一段落して、 数刻前に追い払った友人を思い出し眉をしかめていた。

「本当に忙しかった。 忙しかったけど……ちょっと言い方、 きつかったかな?」

 あの友人に限ってあれで傷つくなんて有り得ないけれど、 少々余裕が無くて自分の言い方も無愛想過ぎたのではないか。

 ついなの友人とはいえ、 常識人である瑞穂はそう考えて溜息をつく。

「また来たら、 桜餅と茶でも出してやるか」

 そういえば、 あれはようやく元服の儀を済ませたと聞いた様な気がする。 曲がりなりにもその挨拶に来てくれたのかもしれないと思い返し、 少し悪かったなと思った。

「―――― 瑞穂っ!!」

「ついな。 さっきは悪かっ」

「私は彼女を妻にします!!」

「…………は?」

 誰が、 誰を?

 瑞穂はまた突拍子も無い事を言い出した友人へと胡乱げな視線を投げる。

 欄干をひらりと飛び越え、 沓を脱ぎ捨てて廂に立った友人は、 元服して被ったはずの烏帽子もどこに落としてきたのか。 ただいつも冷めて子供らしくも無いその顔を、 珍しくも輝かせ、 まるで恋する”乙女”のように頬を染めてやけに力強く宣言した。

「彼女が私の妻になるひとです」



     ◆◆◆ ◇◆◇ ◆◆◆



「ついに頭が沸いたのかとあの時は本気で思ったな」

 当時を思い返して瑞穂は呆れたような目を向かいに座るついなへと向けた。

 聞けば、 相手はそれなりに高位の風を司るカミだと言うし、 よりにもよってこの男が一目ぼれとか何の悪い冗談かと思ったのは紛れも無い事実だ。

 理由を聞けば「だって他の何よりも欲しいと思ったんです」だったし。

 それから四年ほどで都の陰陽寮で力をつけつつ見合いはのらりくらりと避け続け、 遂に目当ての女性を……否、 女性と、 ”再会”を果たして追い掛け回し、 つい先日とうとういつかの宣言通り彼女に妻問いして承諾を貰ったという。

「東雲殿は本当に災難だな……」

「何を言っているんです。 瑞穂。 私は彼女を誰よりも幸せします」

「……だったら今すぐ、 解放して差し上げろ。 それが一番幸せだ」

「嫌です。 それじゃ私が幸せじゃありません。 私は、 私と東雲どちらも幸せにするんですから」

 それにね、 とついなは何故か妙に自信満々で言い切った。

「解放するのが東雲の一番の幸せなんかじゃありません」

「ほう。 お前と居るのが一番だとでも?」

「その為に、 私は妻にと願ったんですよ」



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