二十二
「なら、 私は君が消えても、 残りの生を全部まっとうします。 君が消えても、 生きて、 ずっと君を忘れない。 君だけを想って残りを生きます。 君の墓を作って、 いつか自分の命が終わる時まで絶対に生きる。 私が君より先に逝く時は、 君を道連れにするけれど」
甘く優しい囁きに、 東雲は緑の瞳を開いた。 そこには、 変わらぬ熱の瞳と慈しみ。
「だから東雲、 私の妻になってくれますか?」
呆れるほど無邪気な、 けれど違える事は決して無いと誓うような笑みだった。
「東雲、 私に愛される覚悟はありますか? 今度こそ、 逃げる機会はあげませんよ」
下がろうと思えば下がって逃げられる時間は過ぎた。 絡められた熱い指先は、 いくら逃げようとしても、 もう放さない。
これが最後の逃げる機会。 人間の愛は深く重く、 一度受けてしまえばもう手遅れ。 この手から逃れる事など思いもしなくなってしまうのだから。
「東雲」
「意味をわかって言っている? 私は自分が先に死んでもあなたを連れて行かないのに、 あなたには、 あなたが終わる時に一緒に連れていってと言っているのよ」
「勿論ですよ。 言ったでしょう?」
ついなは東雲の顔を覗き込む。 幼子に言うような優しく暖かな声で答えを返す。
「君を誰にも渡さない。 残して行くなんて有り得ない。 君が居なくなった世界なんて意味はないけど、 君の思い出があれば人間の寿命なんてすぐです。 寂しくて、 もしかしたら無理矢理、 安らかに逝った君を引き摺り下ろして甦らせてしまうかも知れないけど、 それは許して下さいね」
滅茶苦茶な事を言っている。 けれどついなは本気だ。
「私がそんな事をしなくて良いように、 私の寿命が来るまで、 生きて下さい」
晴れやかな笑顔は正反対の妖艶さを纏って東雲を捕らえる。
「東雲。 私の妻になってくれますか?」
黒い瞳に魅入られる。 げに恐ろしきは人間と、 人間以外の者は口を揃えて言うだろう。
絡め取ろうとする指先を、 東雲はぎゅっと握り返す。
握り返された指先に、 ついなは息を呑み、 破顔した。
「最期まで、 道連れにしてあげます。 私の全てを君に。 そして、 君の全ては私のもの。 もう逃がさない」
「…………馬鹿だと思っていたけど、 違ったわ。 底抜けの大馬鹿だった」
「すみません」
「ついな」
「はい」
指先を握り返したその時から、 もう東雲は震えていない。
ついなの黒い瞳を真っ直ぐ見据える。
「好きよ。 あなたの事が、 …………好き」
今度こそ、 はっきりと東雲は言って、 花開くように笑顔になった。
ついなは一瞬、 茜よりも赤くなって固まったが、 そっと東雲の耳元に唇を寄せて何事かを囁く。
それを聞いた東雲は瞠目し、 ついなを見つめた。
ついなは微笑む。 そして東雲の額に自らの額を合わせて密やかに囁く。
「これで私は君のもの」
何かを企むような不敵な笑みを浮かべて東雲を見る。
東雲は緑の瞳を瞬いて、 嬉しい心を余さず映した笑顔でやはり何事かを囁き返す。
「ついな、 大好きよ。 これで私は、 あなたのもの」
二人は顔を見合わせて、 額を合わせたまま嬉しそうに恥ずかしそうに、 子供のような笑顔で笑い合う。
互いの髪が擽ったくて、 クスクスとどちらともなく声を溢す。
甘く睦まじい空気が流れ…………、
「ついな! 東雲殿! 帰ってる!?」
無残にもついなの短い至福は終わった。
「っ――――!?」
「花宵? ……お客様ね」
「東雲!?」
しかも東雲はあっさりと指をほどいて来客を迎えに行こうと歩きだす。
―――― 今のはもしかして全部夢!?
ついなはその場に座り込み俯いた。
今の今まで割りと良い雰囲気だったのに!? と。
そしてその至福に終わりをもたらした友人が、
「ちょっとついな! 君なにをやって…………え?」
「花ー宵ぉー…………」
来れば当然矛先はそちらに向かうわけで。
「つ、 ついな? ちょ、 何か呪われそう!?」
やだ何この子こわい。 そんな様子の花宵へと、 ついなは目の笑っていない笑顔で首を傾げる。
「ちょっとお話ししませんか?」
「いやー!」
「待ちなさい」
逃げる花宵と追うついな。
東雲はそんな二人を見て、 笑った。
東の空に映る色は茜。 暁と茜は、 東雲色とも言うそうな。
終