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十六

 眩しいくらい命に溢れた笑顔だった。

 それと同時に、 虚ろな闇を孕んだ笑顔でもあった。

 強い光に濃い影が生まれるのと同じように、 彼女の笑顔は生命に溢れているのに空っぽだった。

 それが、 無性に(かな)しかったのを思い出す。

「あなたを私で満たしたいと思ったんです」

 指を伸ばし、 白く柔らかな頬に触れる。

 ―――― ん? 感触がある?

 何で感触があるの? 夢のなかで東雲に手を伸ばしていた気になっていたついなは、 指先に感じた柔らかく滑らかな感触にそう思った。

「満たすってどうやるの?」

 ―――― ずいぶん現実味のある、 ゆ……め……?

 触れた指先で、 東雲が小首を傾げる。 さらさらとした浅葱色の髪が揺れた。

「ついな?」

 ―――― 夢じゃない!?

 一気に意識が覚醒して、 ついなは腹筋だけで飛び起きる。

「し、 しの、 東雲? な、 なん…………」

 狼狽するついなに、 東雲は訝しげな目を向けた。

「打ち所が悪かったの? 言葉がおかしいわよ?」

「打ち所…………」

「そうよ。 自分の衣に(つまず)いて転んだでしょ」

 言われた事を理解して、 昨夜の自分を思い返す。

 東雲の問いに思わずどう言えば良いのかと緊張してしまい、 無意識に動揺してたたらを踏んでいたらしい。 そのまま自分の後ろ衣を踏んで転倒、 と言う事だろうか。 それしかないのだが。

 ついなは自分の失態と、 何より東雲にそれを見られたという事実に打ちのめされて、 膝を抱えたくなった。

 が、 人間とはこういう時、 気付かなければ幸せな事に気付いてしまう事が多々あるわけで。

「…………東雲」

「なに?」

「私は、 廂で倒れたと思うのですが」

「そうよ?」

 聞きたくない。 しかしここまできては最早聞かないわけにはいかない。

「ここは私の部屋ですよね」

「本当に打ち所が悪かったの? 当たり前じゃない。 私は間違えずにここまで運んだつもりよ」

「―――― っっ!」

 ついなは今度こそ掛布ごと膝を抱え込んだ。

 膝に押し付けた顔は涙目である。

 失態を見られたばかりか、 (しとね)に運ばれた? これでどうして平気でいられよう否いられまい。

「私、 何か間違えた?」

 東雲の戸惑う声は聞こえていたが、 流石にすぐさま返事を返す気力は、 ついなに残っていなかった。

 ついなの東雲にしてみればよくわからない落ち込みに、 どんな失敗をしてしまったのかと東雲は内心気にしていたのだが、 ついなは知るよしもなく、 東雲にしてもそれより優先すべきと思われる事が残っていた。

「ついな、 そろそろ仕度をしないと出仕に間に合わないんじゃない?」

「あ、 いえ、 今日は非番ですからそこは問題ありません」

「そうなの?」

「はい」

 コクりと頷くついなに、 それならと東雲は言う。

朝餉(あさげ)の用意、 出来てるわよ」

 東雲の言葉に、 ついなは顔を輝かせる。

「はい」

 ホクホクとした嬉しそうな顔と返事に、 東雲は満足そうに微笑し、 不意に気が付いたようについなの衣を見た。

 昨夜は思い至らなかったが、 倒れたのをそのまま褥に放り込んだのは、 良くなかったのではないかと。

 もしかしてそれが原因でついなは沈んでいたのかもしれないと、 明後日の方向に考えがいって。

 とりあえず、 衣のシワを伸ばしておけば良いかしらと考えた。

 同時に、 まだした事の無かった“妻らしい事”にも思い至って、 これはやるべきだと密かに頷く。

 その決意そのままに顔を上げ、 東雲はついなを見据えた。

「ついな」

「はい」

 にこにこ笑顔でついなは東雲に返事をする。

 が、

「着替えを手伝うわ」

「は………………、 え?」

 ついなの笑顔が凍り付いた。

 嫌だからではなく、 言葉が染み渡るのに恐ろしく時間が掛かった為だ。

 しかし、 東雲はそんな様子などお構いなしに手を伸ばし、 ついなの衣の袷に手を掛けた。

「ちょ……っ」

 その段になってついなの硬直が解け、 慌てて東雲の手を掴む。

「東雲、 自分で着替えられますから!」

「夫の仕度を手伝うのも妻の務めではないの?」

「そういうのは花宵とかそういう貴族です! 私は自分で着替えられます!」

 誓って言うが、 ついなは十八の健全な青年である。

 そりゃ、 全く嬉しくないわけではなくむしろ嬉しいのだが、 手を握るのだってもう胸が早鐘のような状態になるのに、 いきなり着替え、 好きな女性に着替えを手伝って貰うなんて耐えられる自信が無かった。

 ここに花宵がいれば「え、 ちょ、 待って!?」と、 ついなの様子に驚愕の声を上げていただろう。

「そう。 ……わかったわ」

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