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十五

「それでぇ、 何事かと思ったらぁ…………」

 布の塊ことビオルは飽きれとも諦めとも取れる声で、 ついなの頭を膝の上に乗せている東雲に言った。

「そんな青ざめて心配するような事じゃないよぉ。 大丈夫大丈夫ぅ」

 薄茶色の布の塊にしか見えなくとも一応風の精霊の長であるビオルは、 突然ざわめいた東の気配に、 風を操り文字通り飛んできたのだが、 何事かと駆け付けた結果が現在の有り様で一気に馬鹿らしくなった。

「でも」

「軽い脳震盪(のうしんとう)でしょう? シルフィさんがぁ、 力一杯どこかに頭から叩きつけたとかじゃぁなければ人間て案外死なないから大丈夫だよぉん…………だからぁ、 そんな泣きそうな顔しないでぇ?」

 初めて見るよん、 そんな顔ぉ。 ビオルはそう言って今にも泣き出しそうな東雲の頭を撫でた。

 駆け付けた時、 東雲はついなの頭を抱えておろおろとし、 周囲には異常なくらい風が渦巻いて竜巻を作る寸前だったのだ。

 ついなの打ち所よりそちらの方が大惨事になりかねなかった。

 むしろそんな事態だったから、 正直ビオルはついなが死んだのかと思ったくらいである。

「本当に?」

「本当だよぉ」

 ビオルが再度保証すると、 東雲はようやく落ち着き表情を泣きそうなものから変えた。

 膝の上のついなの頭を撫で、 ほっと息をつく東雲を見て、 ビオルはやれやれとその場に腰を下ろす。

「シルフィさんやぁ、 怖かったぁ?」

「…………」

 無言で小さく頷く東雲に、 ビオルは小さく微笑む。

「そぉ……。 うふ。 ならぁ、 もう確実だよねぇ……」

「……………………」

「恋だねぇ」

 東雲はきゅっと唇を噛む。 未だにどうしてそうなったのかわからない。

 けれど多分これはビオルの言うように、 恋なのだろう。

 怖い、 と東雲は思った。

「大切な人ってねぇ、 そういう人が出来るのはとぉってもぉ、 幸せなんだけどねぇ……同時に、 失うかもしれないのは、 恐怖だよねん」

 人間は(もろ)い。 (はかな)い。

 ちょっとした事で失われてしまう。

「だけどぉ、 だから私達は()かれるのかもねん」

 人間の儚さを恐怖し、 そしてその花にも似た美しさに魅せられる。

「大切にね。 ついなさんも、 今抱いているその心も」

「苦しいのに」

「それでも、 それはかけがえのない宝物だよぉん」

 苦しくて、 いつか投げ出したくなる時が来るとしても。

「その心を知れば、 それ以上の幸せも知るんだからぁ」

 寒さを知らなければ暖かいというものを知らないように、 悲しさを知れば喜びを知る。

「その想いはシルフィさんが抱いたシルフィさんだけのものだからねん」

 ビオルはもう一度東雲の頭を撫で、 立ち上がり室を出る間際に振り返った。

「とりあえずぅ、 心配は無いと思うけどぉ、 目が覚めるまでいてあげると良いよぉん。 じゃあねぇ」

 布の塊にしか見えないその姿がそこから居なくなり、 東雲はついなの顔を見下ろす。

 こんなに間近でまじまじと見るのは、 初めてかも知れない。

 眠る姿にはまだ少し、 幼さが残る。

 そっと指先で額に掛かった黒髪を退け、 目を覚ます気配が無いのを確かめてから、 額、 顔の輪郭をなぞった。

「体温……」

 精霊の身では暑さも寒さも感じない。 それなのに、 今は不思議と暖かさを指先に感じる。

 錯覚なのだろう。 それでも、 東雲はその体温に触れられる事が嬉しかった。

 同時に少し、 自分の頬が染まるような奇妙な感覚も覚えたのだが、 それが気恥ずかしいというものだとは気付かなかった。

 ふと、 ついなを見詰め東雲は思い至る。

「このままだと、 風邪を引くんじゃないかしら」

 人間は身体を冷やすと風邪を引いたりして、 寝込むと聞いた事がある。

 熱が出ると辛いとも。

 東雲はついなを抱え上げると、 そのまま寝所へ運んだ。

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