十四
「ついな?」
固く決意を決めた矢先に聞こえた声に、 ついなはびっくりして内心飛び上がった。 しかし表側は努めていつも通りを装いつつ振り返る。
「東雲、 お帰りなさい」
まさか玄関から来るなんて、 とは言わずに。
「……ただいま。 何していたの?」
「え、 それは、 ああ」
どうしよう。 あなたを待っていたのです。 と言って良いものかどうか。
ついなはそんな事を考えた。 本来ならむしろ何故そんな事で悩むのかと言われる類いだが、 ついなのこれまで取ってきた行動が行動である。
自分が少々突飛な、 普通の定義から外れた思考や行動をすることがあると、 ついな自身認識しているのだ。 そして東雲にそれがどう思われているか、 先日の花宵乱入ではっきりきっぱり言われてわからない程、 頭は錆び付いていない。
しつこく付きまとわれたと認識(それは紛れもない事実であるのだが)されているのに、 ここでまた東雲を待っていたと言ったらどう思われるか。
妻になっても付きまとわれるの? なんて思われたら、 今度こそ嫌われるんじゃないかと、 本当に今更ながらついなは怖かった。
「…………?」
「東雲、 今日はどちらに?」
「吉野よ」
「そうですか……」
ついなの態度に訝しげな顔で東雲は首を傾げるが、 それ以上は追及しない。
それが余計にぎこちなさを生み出している事に、 ついなは薄々気付いていたが、 自分から踏み出す事が出来なかった。
幸せだからこそ、 その関係を壊したくなくて。
その先を求めるには、 踏み出す勇気が必要なのに。
「ねぇ、 ついな」
「はい」
自分の不甲斐なさに軽く沈んでいると、 東雲が側へと近寄ってくる。
そして何気無い口調でさらりと爆弾を投下した。
「私をどうして好きになったの?」
「え……………………」
森の緑は吸い込まれそうなほどに深い。
―――― ああ、 ずっと見ていたい。 …………ではなくて!
否、 見ていたいんだけども! と頭の中がてんやわんやの大騒ぎだが、 外見は至って普通の笑顔で固まっている。
しかも東雲は明らかに答えを待っているようで、 黙ってついなをじっと見つめていた。
「…………ついな?」
「それ、 は…………」
美味しい時には乱入してくるくせに、 何故こういう時には花宵は来ないのかと半ば八つ当たり気味の考えが過ぎったのは紛れもない現実逃避。
「それは?」
「その……」
「その? …………ついな!」
「え?」
あまりに深くついなにとっては何よりも美しい緑の瞳が、 驚きに大きく瞠られた。
嗚呼、 綺麗だな。 と見惚れていたのがいけなかったのか、 おかしいと思ったのは視界から東雲の姿が消えてからだった。