十
ついなは花宵の言い分に呆れきったような顔をしたが、 ふと思い直したようで首を傾げて聞いた。
「もしかして、 初めてですか? 想う方を見つけたのは」
初恋ですかと臆面もなく聞いてくる。
「そう」
思わず頬に朱が浮かびつつ、 それを隠すようにもしくは半ば自棄になって花宵はことさら素っ気なく頷いた。
降りる沈黙が居心地悪く、 花宵はとりあえず店を見る。
目の前に広げられた品々はどれも素朴で安価な物ばかり。
それが悪いと言うのでは無いけれど、 やはりあの壊れた櫛ほどの一品は無い。
「…………まぁ、 櫛はやっぱり避けた方が良いかもしれないし」
ちょっと自分で自分を慰めるように呟く花宵だった。
「どんな方ですか?」
「え?」
「あなたの好きな方は」
「どんなって……」
「華美なものがお好きですか」
「いや、 どちらかと言えば装飾はあまり興味ない感じだったけど」
そこまで口にして、 花宵は思った。
やっぱり贈れなくて良かったのかも。 と。
華美な装飾は好まないけれど、 櫛ならと思って用意した。 それでもよく考えればそんな彼女に贈っても困らせるだけだったかもしれない。
絶対似合うと思うけれど、 それは自分の思っているだけだから。
舞い上がってたなぁ、 とほろ苦く花宵は肩を落とす。
「毎日使えてかつ装飾に興味のない方に贈るもの……」
ぶつぶつと何かを呟き、 ついなはぐるりと辺りを見回した。
「あれなど良さそうですよ」
「ちょっと!」
ついなが花宵の手を引いて何かを目指して一直線に人の間を駆ける。 ただでさえ動きにくい女装の花宵は人を避けるので精一杯になりつつも転ばぬようになんとか切り抜けた。
「ほら、 これ!」
花宵がぐったりとしている姿を振り返り、 ついなは子供の無邪気な笑顔で自分が見つけたものを示して見せる。 それは小さな木製の調味料入れだった。
焦げ茶の木目とつるりと磨かれた入れ物に可愛らしい花の模様が彫り込まれている。
「何、 これ」
地味。 あの櫛と比べて花宵はそう思った。
「料理の味を調える香辛料の入ったものです。 中々に入れ物が可愛らしいので、 きっと喜ばれますよ」
「…………」
女性への贈り物に調味料。 そんなのは聞いた事がない。
花宵の乗り気のしない様子を見て取ったのか、 ついなは調味料入れを店主へと包むように願い、 さっさと自分で代金を払ってしまった。
「ちょっと」
「いいから。 騙されたと思ってこれを差し上げてみて下さい。 絶対、 櫛より喜ばれますから」
「む……。 これの方があの櫛より良いって言うの?」
あまりに自信たっぷりについなが言うものだから、 先ほどまで贈らなくて良かったのだと自分に言い聞かせていた花宵も、 自分の贈ろうと思っていたものがこんな地味なものに劣るものかとカチンときた。
睨み付ける花宵に、 ついなはさも当然のように頷いてみせるものだから尚更に。
「だからそう言っているじゃないですか」
「へぇ……。 じゃあ、 あの子が喜ばなかったら君はどうしてくれるんだ?」
そもそもついながとび蹴りしなければ櫛だって割れなかったのに、 強引に自分を引っ張り出して、 壊れた櫛の代わりに押し付けたのはこんな地味なもの。
「喜ばなかったら、 あの櫛よりも美しい櫛を差し上げます。 一応あてはありますから」
そんなあてがあるならそちらを先に出せ、 と喉元まで出掛かって花宵は唇を引き結んだ。
「ふぅん。 わかった。 ちなみにあれ、 元服したばかりの君が購おうとしたら一年分の禄どころじゃないけど?」
「でしょうね。 でも大丈夫ですよ。 そんな事にはなりませんし、 そうなっても自分で言い出した事ですから」
にっこりと笑うついなと花宵の間に不可視の火花が散る。
どこか不敵な子供らしくない笑みを口許に浮かべ、 ついなは言う。
「代わりに、 喜んだら、 どうします?」
「その時は君が正しかったって認めて好きなだけの禄を取らせてあげるよ」
「…………。 その言葉、 忘れないで下さいね」
「それで、 結果は?」
東雲の問いに、 花宵はくすっと笑って肩を竦めて見せた。
「言うまでもなく、 ついなが正しかった」
調味料は考えてみれば貴重品で、 それだけでも贈り物として一般人には十分。
その贈りたかった女性は猟を生業にしていて山の中腹に住んでいるような人だったから、 櫛なんかよりも生活で使えるそれをとても喜んだ。 中身は勿論、 使い終わっても器は別のものを入れることもできる。 可愛い入れ物だと本当に喜んでくれて、 今でも彼女はそれを使っているのだ。
「私の惨敗よ」
「……それで、 それと私にどう関係があるの?」
「ついなの方が正しくて、 約束通り私はついなに好きなだけの禄を取らせようとしたんだけど……」