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暴走国家  作者: 鈴木
【第一部】 フラッシュ
4/5

前原香奈江


 ※グロ注意


 グロ描写に力を入れたのは、この話が初めてです。ある意味、処女作です。温かく失笑してやってください。





   【4】




 なぜ、前原香奈江は土屋扶実に嫌がらせを吹っかけるのか。この問いに適切な解答を提示し得る唯一の人物、それは加害者であり当の本人、香奈江そのひとを措いてほかにいない。腰巾着に甘んじるだけの三樹、綾瀬にも伝えていない、単純を極めた彼女の胸中。それは……。

 ……あの眼。


 誰であろうと、それこそ香奈江だろうとクラスメイトだろうと、あげく教師だろうと他人ならば例外なく真っ平らに評価する、あの冷やかな眼。それが香奈江には、たいそう気に入らなかった。


 扶実は、他人をあくまで『他人』としか認識しない。あっちの人はこうだから、こう偉いんだ、こっちの人はああだから、ああ立派なんだ、だからあっちの人にはこういう接し方をしよう、こっちの人にはああいう物腰で相対しよう、といった感性を、彼女は持ち合わせていないのである。


 香奈江は自他共に了承する美貌の持ち主で、それも手伝い性格は高慢である。自分を目にした男女がもたらす、ある種羨望の、ないし嫉妬の、ときに畏怖の眼差しが最高に気持ち良く感ぜられた。過剰な自信は歳月を経て成長し、優越感に浸ることは、快感を愉しむ手頃な方法でしかなくなっていった。


 それなのに、扶実だけは自分に憧れない。敬わない。砂場の『石』みたいなクラスメイトと淡麗な私とを、同様の価値として見定めてやがる。ああ、気に入らない……。

 あの冷えた眼が、気に入らない……。


 あいつの眼窩は節穴なのか、と香奈江は考える。だったら仕様がない。美と醜の判別もつかないのだから、憧れろと云うのも酷な相談だ。ならば。


 憧れない、いや憧憬の心を知らないのなら、徹底的に畏れてもらわねばならない。土屋扶実には、恐怖の名のもとに私を崇めてもらう。


 香奈江はこうして、忠実な部下を連れ立って扶実に接近するにおよんだ。三樹と綾瀬には、便宜上「土屋さんに無視された」「邪険に扱われた」と人聞きの悪い情報ばかり流したおいた。女帝にへつらうを目途とするふたりが、扶実にちょっかいを出すにあたって異論を唱えるわけもないと踏んではいたが、しかし偽りの予備知識をわざわざ与えたのは、いわば保険のためであった。と、その所為もあって、三樹と綾瀬は少しもためらわず挙を起こしてくれた。


 そしていま、


(これで、あいつも懲りたかしら)


 香奈江は、扶実を倉庫に監禁したことからの満足感に酔いしれていた。


 茜N***高校、二年三組クラスにて。時刻は十三時前。数学科の担当教諭が監視するなか、配付されたプリントに筆を走らせる。五限目は、数学の抜き打ちテストだった。扶実の不在をいっときは疑問視した数学教師も、香奈江の嘘を見破ることはできなかった。彼はいま、檀上に備わったパイプ椅子に脚を組んで坐っている。


 教室を、紙面にシャープペンシルのなすれる音が制圧する。そのリズムが適度に心地よく、ともするとまたたく間に目蓋が下りてくる。


 問題を解かねばならないのに、香奈江の精神は扶実にばかり囚われていた。


 扶実の冷たい眼に宿った炎。あれは、敵意の表れだったに相違ない。無論、私を嫌ってのことだろう。まさか崇拝とは縁遠い、嫌悪の念を突きつけられてしまうとは。予想外だった。


 ――しかしまあ、それはそれで悪くない。嫌われたことに順応し得た、快感とは似て非なる充足感……。なんだ、これも悪くないじゃないか、と香奈江はほくそ笑む。


 尊ばれ、畏れられ、妬かれるごとに快楽を懐くなど、こんなの普通じゃない。香奈江だって愚かではない。性癖がいかれていることに、うっすら感づいてはいた。けれど、欲求には抗えない。特別視されていたい。けっきょく香奈江は、性の欲するままに行動するしか途はなかったのであって――。


「はい、そこまで」


 腕時計から目を離し、男の教師が椅子から腰を浮かせた。


「筆記用具を置いて、後ろから前に解答用紙を送りなさい」


 試験終了となり、緊張のほどけた生徒らが小声で私語を交わす。隣席でつらそうに眉間を揉む綾瀬に、香奈江も「ねえね」と話しかけた。


「どうだったかしら」

「――お手上げです」


 綾瀬は悪戯っぽく二本の人差し指を立てて、そう答えた。香奈江と交流するとき、彼女は決まって改まった口調になる。


「テストするならするって、あらかじめ予告しとけってかんじで。むかつきますわ」

「私も。集中できなくってね。――ほら、あの子、今頃なにしてんだろうとか考えちゃって」

「……ああ。土屋さん、ですか」


 流れてきた解答用紙の束を揃えながら、香奈江はクッと笑った。


「これに懲りたら、もう二度と私たちに嘗めた真似しないことね。これは罰よ、罰。あの子は、調子に乗り過ぎた」

「おっしゃる通りです」

「面白そうだし、次の休み時間に様子を見に行きましょうか。きちんと謝罪するのであれば、まあ許してやらんでもないし」

「そうですね」

「うわ。なんか、あれ、すげえ」


 ひとりの男子生徒が驚きの声を上げたのは、数学教師が全員分のテスト用紙を回収しおえた、そのときである。起立した男子生徒は窓ガラスを見詰め、その先の景色を凝視しているようだった。


「すっげえ。――ぴかぴか光ってる。なんだあれ、やべえよ」


 光ってる? 校庭に面した窓の、その先で光を放つものとは……。

 首を傾げる香奈江。と、キィィィィン――と、微かな音を鼓膜がキャッチする。出処は、校外。窓ガラスの外から……。


「どうかしたか」


 尋ね、教師はプリントを教卓のうえに置いてから、興奮する男子生徒の肩に手を乗せた。

 生徒を横に退かせ、みずから外の景色を確認する。


「あれは……」


 その顔はどこか歪み、おののいているかのよう。


「先生ぇ、どうしたんですか」


 女子生徒がひとり、ふたりと窓際に集合した。香奈江と綾瀬が注視するなか、三樹もそろりと集団に加わった。野次馬根性に素直な男、女生徒も加わり、その数は二桁に達そうとしている。


 キィィィィン……


 耳鳴りに似て、継続的に鳴り響く音は甲高い。飛行機が離陸、着陸するときに発する機械音にも酷似している。


 ……ィィィイイイン

 

(気のせいか、ちょっとずつ音量が増している?) 


 まるで音の源が、校舎に接近しているような。それも、かなりのスピードで。学校との距離を縮めているような……。

 いぶかしみながらも香奈江は、ひかくてき悠長に事の動向を見守っていた。――と。


 突然、世界が白く発光した。極限まで強力に改造したストロボを焚いたような、それは派手な光だった。


 隣りで綾瀬が、「わあっ」と悲鳴を上げた。香奈江は咄嗟に「眩しい」と感じた。しかしそれも刹那的な感想で、途端に「眩しい」は「くすぐったい」に変わり、そして――。


 眼球に走る、焼けるような痛み。激痛は視神経を駆け抜け、脳味噌を砲火する。

 我慢する余念もなく、香奈江の口から「ひぃいいい」と悲痛な叫びが漏れた。


 痛い! 痛い痛い痛い痛い痛い。


 なにも見えない。目を閉じているのかどうかも、定かではない。


 香奈江は混乱し、椅子から転がり落ちた。受け身も、ろくにとれなかった。


 したたかに側頭部を床に打ちつけ、爆発的な痛みと熱が頭蓋の内側で弾けた。

 赤子のように腕と脚を振り乱し、なんとか四つん這いになって顔を両手でかばう。


 頬を滴る液体に、指が触れた。生暖かな、やけに粘着く液体……。……これは。

 涙であって欲しかった。だが、違う。

 血だ! 目から血が沸いている。それも際限なく、後から後から……。血が、私の血が流れている……。

 

「いやぁああっ」


 綾瀬の叫び声が、どこか遠くで聞こえた。


 香奈江は、急に呪わしい心持ちになった。綾瀬の大声が、鋭利な刃物となって脳味噌を切りつけるのだ。

 傷に障るじゃないか、黙っていろ、と念じた。それからふと、香奈江は思い直すや手の裏を返し、「早く助けてくれ」と切実に願うのだった。

 なんとかして、助けて欲しい。手段は問わない。だから、誰か、どうにかして……。


(そうだ、病院……)


 ぎりぎりと痛む頭で組み立てた、決死の二文字。


(……はやく、病院に。医者に診てもらわなきゃ……)


 しかし、ダンゴ虫のように小さく縮まった身体は動いてくれない。舌も、麻酔を注射されたようにぐったりしている。心音だけは盛大に、耳元で狂ったリズムを刻んでいる。


「痛いっ、いたいぃいい」


 またもや遠くで、悲鳴が上がった。綾瀬の声ではなかった。


「いやあっ。先生、どうして。やめて、噛まないでえ!」


 女の、泣き叫ぶ声だった。


(――噛む?)


 香奈江が、胎児のように小さくなるすぐ横を、慌ただしい足音が幾つか通り過ぎる。


「あぐっ」


 踏みつけと思しき強い圧力を背中に受け、腹がぺしゃんこに潰れた。胃袋が容赦なく圧迫される。紙風船を踏み潰したような、ブスッというおぞましい音を発した。

 香奈江は「ぐうぅ」と低く呻いて、教室の端まで避難を開始する。誰ひとりとして手助けしないことに強い違和感を感じたが、上手く思考がまとまらない。我を忘れかけるほどに、無我夢中で床を這った。


「あうっ」


 と、一メートルも進まない香奈江の背に、どっさりとのしかかる者がいた。“その者”は、柔道の寝技を彷彿とさせる体位で、香奈江の脇と太腿に持前の四肢を絡みつかせた。


 香奈江は、姿の見えぬ相手に恐怖した。待針で串刺しにされた標本用昆虫さながら、手足を投げ出して抵抗した。まさしく必死、そのものであった。が、抗戦むなしく、乱れた後ろ髪もろとも盆の窪を鷲掴みにされ、強大な力で首の肉を引っぺがされる。腱鞘が破け、てらてらと赤黒い繊維性組織の束が糸をひいている。


 爆発的な衝撃を首回りで感じ、香奈江は肝を冷やした。首の半分を損壊しただなんて――視界が不自由のため――夢にも思ってはいなかったが、彼女なりに、衝撃相応の怪我を負ったのかもしれない、と危惧したのである。


 ふざけるな、と声に出そうとした。そこで、彼女は「あれ?」と思った。

 もはや「うぅ」とも「あぅ」とも、呻き声すら上げられないことに気付いたのだった。呼吸しようとするだけで、口からではない身体の箇所から、ビュウビュウと風が吹きすさぶのだ。


(いったい、なにが……なにが起こって……)

(……誰か。助けて)


 心臓が普通じゃない脈の打ち方をするさなか、香奈江は、耳にこびりつくキーワード(……噛まないでえ!)の意味を見出そうとした――。が、香奈江は、彼女を絶命の淵にまで追い込んだ“その者”の手によって、生者としての最期を押しつけられることになる。


 盆の窪を抉ったことにより、剥き出しになった脊髄を握ると。“その者”は、その細長い骨を凄まじい握力で引き千切ってしまうのだった。

 バチン、と、金網をペンチで捩じ切ったような音がした。


 













 ここまでがプロローグ、のはずです。本編がスタートしてからも、作品とのお付き合いのほどをよろしくお願いします。

 

 …感想欄を通し、グロ描写のコツ(?)等を授けて頂けたら大変嬉しく思います。

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