7話
「ここにくるのも久しぶりだな……」
そう呟いたシンタローは広大な森に囲まれた大自然の中に、ポツンと開いた空き地に立つ、木でできた小屋の前に立っていた。
辺りには凶悪なモンスターがぞろぞろと勢ぞろいしており、そもそもここまでの道のりすら整備されておらず、まったくもって人の住む環境に適していない。
人気もなくただ静かに時間を刻む、寂寞とした空間であった。
こんな辺鄙な場所に人が住んでいるとは誰も思わないであろう。
だがしかし、いったん空き地に出てしまえば、物干し竿にかけられた真っ黒いローブや、今日の夕食にでもするのか、美味で評判のヘイメルの解体された肉(このモンスターは超強い)、とささやかながらも生活の香りがするようである。
「まぁ、ボーっと突っ立っててもあれか」
そう言って、小屋の入り口の前に立ち、
「お~い、メルティーナ~! いるかぁ~!」
形だけの雑なノックをして、この小屋に住んでいるだろう主に呼びかけた。
声をかけた数瞬後、中からごそごそと物音が響きだす。
しばらくの間シンタローはその扉を前に立っていたが、物音が止み、こちらに近づいてくる気配がし、
「誰?」
ものすごく簡潔な言葉と共にドアが開き、ひょっこりと顔を出す女性。
その突き出た顔は見事にすっぱりと一直線に切られそろえられた髪に覆われ、目元が見え辛くなっている。
相変わらず自分の容姿に頓着しないんだな、と言う感想を抱くも、それを口に出すことはなく、
「よっ」
シンタローも負けずに簡潔な言葉で返礼した。
だが、その女性はかすかに眉をひそめると、嫌そうな声で一言、
「なんだ、シンタローか」
バタン。
そんな言葉と共に再びドアを閉じた。
「なんでだよぉぉぉぉぉ!!? 久しぶりに会った友人対しての態度じゃないよねぇ!? なんか俺が悪い事したみたいじゃねえか!?」
ドンドンドン、と先ほどより乱暴にノックし続けていると、さすがに鬱陶しくなったのか再び女性はその姿をドアからひょっこりと出す。
「近所迷惑」
「誰がほかに住んでるんだよ、こんな辺鄙な場所にっ!」
「……モンスター、かな?」
「かな? じゃねぇーっ! あ~くそ! ちっとも変わってやがらねえなお前は……。
っつーかなんで久しぶりに会う友人にこんな扱いされてんだ俺は……」
どうしようもねえ、と溜息をついたシンタロー。
その様子を見た女性は、ポンとシンタローの肩に手を置く。
「日頃の行いって、大切だね?」
「何で慰められるの? 少なくともお前よりよっぽど社交的だ」
「そうやってすぐ人の悪口を言う所は治したほうがいい」
「お前には絶対言われたくねぇぇぇッ!!」
今日一番の絶叫が大自然に響き渡っていった。
ここは現状最も危険だといわれるSSSランクに指定される危険地帯、アストラル大陸最大の樹海『深き森』。
≪メルティーナ・ヴァステン≫の最も広く伝わった二つ名……『深き森の魔女』の住処である。
★
「久しぶりだなアリア、クロード」
シンタローはそう声をかける。
だがそこには誰も居ない。
居るのは後ろにぽつんと立っている先ほどの女性、メルティーナ。
―――そして目の前にある二つの鉱石で作られた石碑だけ。
その石碑にはこう刻まれている。
アリア・キムラここに眠る。
クロード・ヴァステンここに眠る。
自らが刻んだ文字だ、忘れるはずなどない。
その文字をなぞる様にシンタローは指を這わせた。
ゆびから伝わってくるのは鉱石の冷たさだけ、温もりなどないただの無機質。
二つの石碑の前に、生前アリアの好きだった花を置こうとして気づく。
自分が持ってる花と全く同じ種類の花。
『ローズアリア』。
「……お前が?」
後ろを振り向くと、メルティーナは表情を変えず口を開く。
「親友の命日を忘れるほど薄情じゃない」
「……そっか」
「おかげで二度手間」
「……悪かった」
シンタローは素直に自らの非を認めるように瞳を閉じ謝罪する。
その行動が珍しかったのか、メルティーナはわずかに表情をひそめた。
「珍しく素直」
「自分の妻の命日に遅れをとった上に、二度も手間をかけさせたんだ。頭くらい下げるさ」
「頭は下がってなかった」
「すいませんでしたっ」
これ見よがしに頭を下げるシンタローがおかしかったのか、メルティーナはその表情に笑みを浮かべる。
そこからは二人言葉もなく静かにたたずんでいた。
どれくらいの時間が経ったのか、ふいにメルティーナが口を開く。
「変わらないね」
それは誰に問いかけたのでもないただの呟きだったのだろう。
「変わらない……シンタローが創ったこの石碑も……私も」
「それは見た目だけさ。実際時は十分すぎるほど流れ、時代も、ファミナの街並みも変わって行った」
「でも私の周りは変わっていない。変わらない場所を選んだんだもの」
「……そうやって変わらないまま、時代に取り残されたまま孤独に過ごすのか? いい加減人里に出て来い」
「……やだ」
「ホント変わんないなお前は……」
幾度繰り返されたのか分からない二人のやり取り。
始まりは気の遠くなるような遥か昔……彼等の生きた時代が終わりを告げたその後。
自らの血を残し、受け継ぐ者を見守ろうと人里にでたシンタロー。
自らの血を残さず、変わらぬ愛情をただ特定の者だけに注ごうとしたメルティーナ。
二人の意見が噛み合った事はなく、一年に二度の命日だけが古くからの友人である二人をつなぐ絆であった。
「シルヴィアは元気?」
「気になるなら自分の目で確かめろ」
「ファミナは遠い……面倒」
「お前なら一瞬で行けるだろうが。もう絶対アイツお前の顔忘れてるぞ」
「誰かに似て薄情なんだね、顔も見せに来ない」
「しょうがないだろ、女王ってのは忙しいモンなんだ。アイツは早くから即位したからな、早々連れ出すこともできねえし、ちっさな頃に数度会ったお前の顔を忘れたって仕方ないだろうが」
「ふ~ん。
……まあいいや、どうせ私も顔覚えてないし」
「そんな奴に薄情云々言われたシルヴィアが哀れでならねえよ」
呆れたように溜息をつくシンタロー。
その様子をみたメルティーナは口を開く。
「そのすぐ溜息を吐く癖は直ってないんだね、相変わらず」
「癖ってのは無自覚なんだから、治しようがないだろうが」
「別に責めてない。変わらない事を責める筋合いなんてないし」
「……ほんっと意固地なのな、お前は」
「意固地でいいよ。あ、意固地で思い出したけど爺は元気にしてる?」
「んぁ? 師匠の事か? この前殺されかけたくらい元気だぞ……って、だから気になるならお前が直接会いに行けばいいだろうが」
「遠い……面倒」
「だからお前なら一瞬で……ってあ~もうなんか俺まで面倒くさくなってきただろうがっ」
今日何度目か分からない溜息を吐く。
この癖がついたのは間違いなくコイツが一役買っている、とシンタローは思う。
「……真面目な話」
そう前置きしてメルティーナは語り始めた。
「人と会うのは怖い。なぜなら会うたびに変わっていくことを実感させられるから。
そうやって変わっていく人を見るたびに私はこう思ってしまう。
”なぜ私は変わらないのか? 変われないのか?”
でも、そうやって変わらない私に安心している自分が居る。
だってあの当時から変わっていないということは、あの当時抱いた思いも変わっていないということだから。
”人が本当に死ぬのはその記憶が人から失われた時”だって私は思う。
だったら私は変わりたくない。
そうすればアリアもクロードも死なない……私が変わらない限り。
アリアの生きた証、クロードの生きた証、私はそれを絶対に失いたくない。
もう”歴史に残っていない”のなら―――そうするしかないじゃない」
メルティーナはそう言い終わるとシンタローに背を向け、踵を返す。
「……そういう意味ではシンタローには感謝してる。
貴方が居てくれるおかげで、私は今も”生きていられる”のだから」
振り向くことはなく、その言葉だけを残しメルティーナはこの場を立ち去っていく。
かける言葉は見つからない。
なぜならシンタロー自身、メルティーナと同じ思いを抱いているのだから。
ただそれより大切なモノだと思える存在がシンタローにはあるだけで、違いなんてただそれだけなのだ。
「クロード……アイツとお前との子が生まれていたら、アイツはこんな孤独を過ごさなくてすんだのか?」
―――石碑に問いかけるその言葉は、今となっては意味のない仮定である。