6話
チュンチュンという鳥の囀りの聞こえる、うららかな陽射しが大地を照らす昼過ぎ。
キムラ武具店の偏りすぎる客層により構成されるお客様もおらず、静けさだけがこの空間を支配していた。
そんな中、シンタローはカウンターでつい昨夕打ったばかりの剣を鞘から抜き放ち、その刀身を見て呟く。
「う~ん、やはりマカライトの配合は難しい……。
たとえ真打だったとしても硬度上昇なんてすずめの涙程度だし、ダマスカスと組み合わせてもやっぱ脆いんだよな~……。
これ以上配合比を傾けると鋼に打ち負けてしまうし、マカライトのスキル浸透率からいってその特性を打ち消したくないし、何より……」
シンタローはその剣に『闘気』をこめる。
元々透き通るような蒼色をしたその刀身が次第に輝きを放ち、見るものを魅了させるような、それはそれは見事な幻想を描き始めた。
「光る武器は~ロマンじゃけぇ~のう……。
まってろよ~、必ずお前を完成させてやるからなぁ……そしてお前の存在を輝く武器としてファンタジー世界に磨きを掛けてやるんだぁ……」
うっとりとその光を放つ刀身を見つめ恍惚とするシンタロー。
どこからどう見ても変態である。
元々マカライトは魔術師のロッドに使われるような鉱石で、前衛でガチンコ勝負をするような武器の素材には向いていない。
ただ闘気との相性が良いため、剣として使うのならば隠し味程度に配合するのが本来のコツなのだ。
それを前面に押し出すという発想自体が狂っている。
というよりもこの男、光ると言う一点のみでマカライトを選別している節があった。
バカである、アホである、そして変態である。
「さ~て、お客さんもいないし……もういっそのこと閉店して研究に今日を費やしちまおうかなぁ」
商売人として言っていい言葉ではない。
そう呟いたことで本当に閉店する気になってしまったのか、カウンターから降り、店の前の看板をCLOSEにしようとドアへ向かった時、
「コラァ、この馬鹿弟子がぁぁぁぁッ!!」
「おぶふっ!?」
ちょうどいい具合に勢いよく開いたドアに顔面を強打し、見事なブレイクダンスをアクロバットしながら吹き飛んだ。
その開いた扉から顔を見せるのは、見るからに頑固一徹と言った爺であった。
そしてぐったりとしたシンタローからマウントポジションをとり、
「またテメエは性懲りもなくあんなモン作りやがったのかバーロー! ダマスカス製武器がなんで3鉱石に摩り替わってんだこのボケカスッ! うらやましいぞ、俺に寄越せっ!(←?
テメエを紹介した礼に顔見せに来たアイツの剣見た瞬間、寿命が縮んだわこのカス野郎ッ!!
老い先短い俺にトドメを刺す気か、ああんッ!? 上等だ、表でろコラァッ!!」
【ちょ、ちょ―――ゴルヴァス殿、首、首ぃっ!】
【お、おい爺さん!? シンタローが泡吹き出したぞ、オイ!? 一応コイツも分類的にはギリギリ人間なんだからそれ以上は死んじまうって!!】
容赦なくガクガクとシンタローの首をゆすったうえ、絞めはじめたゴルヴァスと呼ばれた爺。
ゴルヴァス・ハーベスト。
シンタローの師匠でありドワーフ族を代表する稀代の名工と呼ばれ、年齢不詳のパワフル爺さんであった。
★
「ふん、駄作だな……」
「ああっ!? 酷いっ!! 緻密に構成比を計算して真打で打ったのに!」
ゴルヴァスはシンタローが昨夕打ったばかりの剣を一目見るとばっさりと切り捨てた。
「は、テメエの技術で真打なんざ1000年はえぇんだよ。
大方マカライトの脆弱性を真打にすることで補おうとでもしたんだろうが、全然なっちゃいねえ。
見てるこっちがこっぱずかしくなるような出来だアホタレ」
「う……っ」
一瞬で構成を見抜かれ、図星をつかれたシンタローは返答に詰まる。
さすがにゴルヴァスの手前大きく出れず、萎縮するように縮こまっていた。
「その発想力は認めてやらんでもないが、腕が追いついてないようじゃ話にならねえ。
大体テメエは昔から小手先の技術で基本をおろそかにしやがるんだ、全然成長してねえようで逆に関心しちまわぁ。
いいか、真打ってのはなぁ、一振りの力加減ですらその性能を変えるんだ、それを怠ってるから……ほら見ろ、刀身にわずかな波紋で出ちまってる。
それと水差しのタイミング、テメエはちょっと油断してその温度調整を―――」
くどくどくどくど、がみがみがみがみ。
ありとあらゆる荒を嘗め回すかのように見つけ出し罵倒するという繰り返し。
まさに拷問である。
「―――ってきいてんのかコラァッ!」
「あべしっ!」
注意をそむけようものなら脳天にハンマーの鉄槌が振り下ろされる。
もはや抜け道はない。
そうした地獄のような時間を数時間。
ようやくゴルヴァスの説教が終わりを見せ始めた。
「ったく、言い足りねえがしょうがねえ。
まぁいい、あんまり待たせちまうのも気の毒だしな、お客を待たせちまうのは良くねえ」
「は? なんのことです?」
シンタローの言葉にゴルヴァスが腕を組み瞳を閉じ口を開く。
「いやよぉ、俺の店に来た客にいかにも頼りねえ~男がいるんだがよ、そいつがなぁ今度の旅でアカシャの森にいかなきゃなんねえそうだ」
「はあぁ!? アカシャの森って……エルフィナの?」
「おう、そのアカシャの森だ」
「いやいやいや、あそこ普通にSSランク指定の危険地帯っすよ? リレイさんですら梃子摺る危険地帯に、そんな頼りねぇ~なんて言う人が行っても生き残れる場所じゃないですって」
エルフィナという地帯に存在するアカシャの森。
このアストラル大陸には8つの国が存在する。
しかし広大な大地を誇るこの大陸は、8つの国に収まるほどの面積ではない。
むしろ国が収めていない面積のほうが遥かに大きいのである。
なぜ国がその大地を収めることが出来ないのか。
その理由は酷く簡単である。
収めることが出来ないほど危険な場所であるからだ。
だから国はその場所を所有することが出来ず、手付かずのまま放置されているのである。
未開の大地はおおよその分別がされており、そのモンスターの強さ、環境によってSSS~Dまで分類される。
文献に残る数々の名のあるハンター達がその命を賭けて作り出した地図は、それぞれの国やギルドが共有し今もなおその記号を増やし続けている。
そんな中でもエルフィナのアカシャの森はSSランクに指定されるほどの危険地帯。
人が踏み入れることが出来ないわけではないが、相当に危険な場所である。
「わかってら、そんなこと。
だから『お前に頼みに来たんじゃねえか』」
「…………俺はもうハンターじゃないっすよ。それにウチの女王様が許してくれね~でしょ」
ゴルヴァスの言葉にシンタローは顔をしかめそう答えた。
シンタローが住むこの国、ファミアを収めている女王シルヴィア。
とある事情がありシンタローと奇縁を結ぶことになった女性。
その詳細は後のお話とさせていただこう。
「別にテメエにその場所に赴けって行ってるんじゃねえよ。ただ口を利いてほしいってだけだ、『剣』とな」
「? 師匠だって剣と対話できるでしょうに、なんでわざわざ俺なんですか?」
「お前が打った剣だからに決まってるだろうが。どうもあの『剣』は意固地なっちまったみてぇでよ。
いくら理由があろうとマスターをそんな危険な場所には行かせられません、らしい」
「……っか~……結局は自分でまいた種って事かよ」
ゴルヴァスの言葉にシンタローが髪を掻き毟った。
だんだんと見えてきたゴルヴァスの話に心底疲れたような表情を見せる。
「テメエのやったことは全く正しい、それは誇っていいぜ。
ただその保険が話をややこしくしたっていうだけで、な」
「≪精霊王≫にぶっとい釘を刺されてますからね。
……で担い手のほうは了承してる話なんですか?」
「まあな。そうじゃなきゃわざわざファミアにまで頼みにきやしねえよ」
「で、その頼りね~男に同行する理由はなんなんです? それなりの理由がないと俺としても説得しきれないですよ?」
シンタローのその言葉に、ゴルヴァスは頷く様に答えた。
「目的は”エリクサー”らしいぜ」
「うわっ……なんか見たくもない背景が見えてきちゃいましたよ。
そりゃアカシャの森に行かなきゃならない訳だ」
エリクサーとはアカシャの森に存在すると言う世界樹の葉から作られる霊薬である。
その効用は飲んだ者のあらゆる傷を癒し、瞬く間に生命力を回復させると言う。
だが、エリクサーの効用はそれだけには留まらない。
飲んだ者の呪い、病気などを治し、健康体に戻すという文献で確認できる唯一つの薬でもあるのだ。
この大陸には魔法使いの魔法でも手に負えない呪い、病気などはたくさんある。
その不治の病を負ったファミアの現女王シルヴィアに、『何者か』によってエリクサーが届けられ、その病を治した事は大陸中の誰もが知っている有名な話だ。
おそらくその話に頼りない男は縋ったのだろう。
「……そりゃ材料があれば作れますよ、確かにね。
お客さんが直接顔を見せないのはそういうわけですか」
「別に俺だってテメエに迷惑かけたいわけじゃねえんだからよ、そこら辺はわきまえてらぁ」
エリクサーは世界樹の葉があれば簡単に作れる霊薬ではない。
おそらくこの大陸でこの霊薬を作ることが出来るのは、シンタローと『深き森の魔女』くらいのものだ。
だが深き森の魔女は人にかかわろうとはしない。
頼み込んだとしても、突っ返されるのがオチであろう。
「……はぁ……で、助けたいのは誰なんですって?」
「お袋さんだとよ。夫を亡くし女手一つで優しくも厳しく育て上げてくれた恩を返したいんだそうだ……どこにでもありそうな話だなぁオイ」
その言葉を聴いたシンタローは大きく溜息を吐いた。
そしてどうやって説得したもんか、としばし頭を悩ませるのであった。
その一ヵ月後、とある国のとある村に住んでいた不治の病の女性が、病を克復したという話が大陸中に広まった。
自ら足を運び、アカシャの森の世界樹の葉を手に入れたというその頼りない男の無謀な親孝行は、同行したハンターと一振りの剣の物語と共に未来へと語られる吟遊詩人の歌となったという。