3話
「よ~坊主! 久しぶりだなぁ! ガーッハッハッハ!!」
「あべしっ!?」
ズカーン、とそんな豪快な音と声と共に店へと入店してきた大男。
身長は190を超えるだろう見事な巨体で、店に陳列されている武器がいやに小さく見えてしまうのは錯覚だろうか。
見事なのはその巨体だけではない。
その身にまとう装備は重兵装……ではなく機能美を追求した無骨なライトアーマー。
見る人が見ればすぐに分かる、オリハルコン製の防具である。
オリハルコンというのはその特質上やたらめったに重い金属ではあるが、この大男は意に介さぬかのように身にまとっている。
ただ全身に纏うのは流石に無理があるのか、それとも立ち回りを重視し動きを疎外しない程度してあるのか軽装ではあった。
まあ、なんにせよ力は有り余るほどに有していることは疑いのない事実なのだろう。
「しかし、いつも思うんだがこの店のドアは脆くていけねえ、ちょいと押しただけでバターンなんて大げさに開くもんだから、こっちがおどろいちまわぁ……ん? なんだ、蹲って。 腹でも痛いのか?」
「おおおおぉぉぉぉ……っ」
そしてその馬鹿力で思い切りあけたのだろう、店のドアは蝶番が吹き飛びドアは豪快に吹き飛んでいた……シンタローの顔面に。
「……ま、いいや。今回の収穫を鑑定してほしいんだけどよ、ぱぱっとやっちまってくれ」
「誰が鑑定するかボケェェェェェ!!! 帰れぇぇぇ!! ドアを直して俺に謝罪してから帰れぇぇぇぇ!!」
血まみれの顔面と返り血にまみれたドアが印象な、とても平和な昼下がりである。
★
「……ん~、これはサラマンダーの鱗、か。んでこっちはアイスドラゴンの瞳……爪……と。
火龍と氷龍なんて大陸の反対に存在する龍なんだが、何処までドラゴン追いかけてんだこの人は。
お次は……お、珍しいサンドワームの牙にカオスヘッドの角、かな?
……ギルティンさんはドラゴン専門のハンターだと思ってましたけど、なんだ結構手広くやってるみたいじゃないですか」
「おお、別に狙った獲物ってわけじゃねぇんだけど、ドラゴン狩りに行く途中で突っかかってくるもんだからよ。
シバいて剥ぎ取ってやったぞ、結構珍しいモンスターみたいだからな」
「カオスヘッドとか普通ハンターが複数いて狩れるぐらいの大物なんですけどね。単独でしかも行きずりにシバくとか、もう人間やめてますね」
「わはは、そう褒めるなよ!」
カオスヘッドとは全長十数メートルの体格を誇る、一本角の肉食モンスターである。
シンタローが過去居た世界で例えるとするなら、一本の角にしたトリケラトプスを数倍大きくして凶暴にして肉食にしたような、そんな代物だ。
間違っても単独で倒せるようなモンスターではないのだが、目の前の男はなにせ規格外であるため、あ~そんなことがあったんですね~程度の話になってしまうようだ。
そんな怪物を行きずりに倒してしまうという、目の前で照れくさそうに鼻を掻く大男ギルティン。
通称『龍殺し(ドラゴンスレイヤー)』なんていう中二病な二つ名として有名な、SS級ギルドハンターである。
ハンターという職業はなかなか複雑なシステムの上に成り立っており、例えばリレイ・フォレスタは国家認定S級ハンターであり、この目の前の男はSS級ギルドハンターである。
国家認定ハンターとギルドハンターの大きな違いは、そのハンターの仕事内容の違いにある。
例えば国家認定ハンターの場合D~SSSまでのランクが用意されており、ランクをあげるためにはそれに応じた実績を積んでいかなければならない。
国家認定を受けるには国からの採用試験を通過する必要があり、好成績を収めれば最大でA級に認定される。
ハンターとなった後の仕事内容としては、その国の問題など、大小様々なモノ……例えばこの森に生息するモンスターを討伐してくれだの、隣国の国境付近に怪しい動きがあるから調査にいってくれだの、国主体の問題を解決していく職業だ。
モンスターを倒すだけではなく、時には密書を運んだり、他国への移動の際の護衛、たまに戦争に借り出されたりもする国のお助けマン的存在と思っていいだろう。
国として雇っている的な立ち位置だが、安定収入ではなく歩合制であり、働かなければランクが下がる、ランクが下がれば支援もひもじくなっていくといスパイラルを起こすためランクの維持は結構厳しい。
ただしのそのランクに応じての支援は、さすがに国からの支援ということもあってS級ともなれば国での買い物が領収書で落ちたり、支給品でこれがほしいといえばよほどのものでないかぎり融通してくれるという破格な対応を受けられる大きなメリットがある。
ただし国からの強制任務を断ることができない、他の国家間の依頼に介入することか出来ないというデメリットもあるため、ある程度行動を縛られ大陸を自由に旅して気ままに行きたい人には向かない物となっている。
ちなみにリレイはそんなのしったこっちゃねーとばかりに大陸中を旅するわ、他の国家に平気で介入するわで実力的には十分SSS級であるにもかかわらずS級にとどまっているのはこの為だ。
シンタローがある日、「なぜ融通の聞くギルドハンターでいないんだ?」との素朴な疑問には「内緒♪」と答えられ、軽く萌えたのは彼だけの秘密である。
逆にギルドハンターは書類さえギルドに通せば誰にでもなれるモノで、完全な実力主義だ。
F~SSSまでランクが用意されており、まず初めは必ずFからはじめなければならない。
また仕事内容は依頼されるモノを処理することもあれば、依頼もなく勝手に討伐してきたモンスターの一部を提出することによって報酬を得たりすることもある。
そんなことをすれば依頼主が減ってギルドが成り立たないのではないか、という疑問突き当たるが、このアストラル大陸には8つの国家が存在しており、また国家が保有していない、管理することが出来ない土地も多く存在する。
さらにモンスターはどこにそんなに居たんだコラ、というほど大量に生息しており、どの国もモンスターには手を焼かされているのだ。
その為国家の枠を超えた『ギルド』という組織が形成され、各国大小様々な形で存在している。
ギルド内は国という枠組みは適用されず、どの国出身の者でも差別されず、どこの国のモンスターも狩りたい放題の完全実力世界である。
ギルドに寄せられる仕事はその国に住む人たちの問題や、国に頼むほどでもない街単位での依頼も寄せられたりする。
国に依頼すれば書類に起こし提出、審査、優先度の設定などなど対応が遅れるのは当たり前であり、手遅れになってしまう危険性がある。
だからこそのギルドであり、依頼すれば即日対応、即解決することが可能となり需要と供給はいつも需要過多なのが現状なのである。
なぜならモンスターは前述のとおり討伐しても討伐しても次から次へとわんさか現れる存在なのだから。
と、このような仕組みでハンターシステムは形成されているというわけである。
今、キムラ武具店にいるギルティンはギルドハンターであり、ドラゴンをなぜか執拗に討伐することに固執しており、大陸中のドラゴンを討伐して回ってるある種珍しいハンターだ。
なぜそこまでドラゴンにこだわるのかは誰も知らない。
ただドラゴンというのは数多いモンスターの種類でも最上位に位置するモンスターであり、ピンからキリまでその強さは変動するが、総じて生命力が高く、下手な人間より知能があり、空まで飛ぶため、普通に強い。
「それを個人で討伐するギルティンはギルド内でも評価が高くランクもSS、『龍殺し』なんていう恥ずかしい二つ名までつく変態野郎なのである」
「やかましい」
「ひでぶっ!?」
どうやら途中から口に出していたらしい。
「ご、ぐふっ……と、ま、まあ一通り鑑定し終わりましたけど……ん~ざっと624万オーブルですかね?
この国は比較的気温の変化とかないし、強力なモンスターはいないですからね、他の需要のある国で細々と売って回ったら700万位まではいくんじゃないですか?」
オーブルというのは大陸共通の通貨で、10円あたり1オーブルだと考えて貰いたい。
つまり約6000万円以上の収入をギルティンは一回の旅で稼ぎ出したということだ。
まぁ日本と此方では武具や消耗品などの違いで生活費の支出は増えるのだが、それにしたって相当の稼ぎである。
「そうか、まぁ坊主の鑑定なんだから間違いはねえだろうな。そこら辺は信用してるさ。
ったく最近の店はケチって低く見積もってきやがるからよぉ、アコギなことしやがってメンドクサイったらないぜ!」
「ま、彼らも商売っすからね~、見積表作っとくんでちょい待っててくださいな」
「おう、ちょっと店のモンみさせてもらわぁな」
ヒラヒラと手を振り店に陳列されている武器を眺めに行くギルティンに苦笑し、シンタローは見積用紙を取り出し、それぞれの品の鑑定結果を書いていく。
シンタローは鍛冶師兼鑑定士である。
鑑定士というのは国家認定資格が必要な職業であり、相応の知識も必要となる極めて難しい職業だ。
シンタローは観察眼というチートなスキルを持っているため、比較的簡単に資格を取ることが出来ていた。
鍛冶師だけでも生計を立てていくことは簡単だが、鑑定士の資格を持っているとギルティンのような変わり者が持ってくるモノを物珍しげに眺めれたり、必要な素材があれば融通してくれるというメリットがあるため、割と楽しい趣味と実益を兼ねた職業である。
せっかく異世界にいるのだからと、日本ではお目にかかれないモノを見るたびに冒険心をくすぐられたりするのだ。
ならハンターになればいいとよく言われるが、それが一筋縄ではいかない訳があるのだ。
「ウチの女王様超怖いからなぁ……」
「ハーッハッハッハっ!! お前も災難だよな! どんな弱み握られてるのかしらねえが、ご愁傷様なこった!
あの人は変わりモンが大好きで、人一倍執着心が強いからな……哀れな坊主だ」
チーンと此方に向けて手を合わせるギルティンを、コイツさっくり死んでくれねえかな、といわんばかりの視線で睨み付けたが、ギルティンは意にも介さなかった。
これ以上つっかかって気分を悪くするのは不毛だとシンタローは思い、ギルティンを視界から外し、見積表を作成していくのだった。
★
「……ふ~……ウルトラ上手にできました、と」
見積表を作成し終えたのは夕刻前であった。
結構な量になってしまった見積表を纏め鑑定したモノをギルティンが持ち込んだフクロの中に戻していく。
明らかに質量保存の法則を無視した容量を詰め込むこの袋は、スペースバッグという名前であり、この場合『範囲』なのか『宇宙』なのかと疑問に思うも、異世界にきたとき日本語が通じたし、基本的な英単語も存在する時点で≪ファンタジー≫の一言に尽きる、とシンタローは結論付けた。
街の人たちにハロー!といったら笑顔で会釈されたが、アンニョンハシムニカ!と言ったら汚物を見るような目で見られた記憶は忘れたい出来事である。
「お、終わったか?」
見積が終わった事を察したのか、ギルティンは手に取っていた剣を戻しカウンターへよってくる。
「まーちょいと分厚くなっちゃいましたけどなんとか。しかし相変わらずいい稼ぎっすね。
ウチを利用してくれるお客さんの中でも、これだけ稼ぐのはリレイさんとユフィくらいですよ」
ギルティンにスペースバッグと一緒に見積表を渡す。
それを受け取ったギルティンは、ふと思い出したように、
「お~、そういやユフィの嬢ちゃんといえばアステア王国のギルドであったんだが……」
「アステア王国って……そりゃまた随分なところで出会いましたね。っつーかアンタ火龍と氷龍の生息場所の距離も大概でしたけど、アステアなんて最果てじゃないっすか。
どこまでドラゴン追いかければ気が済むんですか」
ちなみに今シンタローが住んでいる場所はファミアという国で、アストラル大陸の南西に位置する、さほど脅威の存在しない国である。
アステア王国は北東最先端の国で、火竜、氷竜がいたとされる場所はそれぞれ南東、北西である。
つまりギルティンは軽い大陸一周している計算となり、方程式としては=バカであると証明できるであろう。
アストラル大陸は聞いてみて調べたところユーラシア大陸ぐらい広いらしいので、方程式としては=超バカとも言えるかもしれない。
「いや、アステアにゃほかの用事で言ったんだが、ってそれはいいんだ。
嬢ちゃんがお前に言いたいことがあるって言づかってたんだよ」
「ユフィが俺に……?」
何度も名前が挙がってるユフィというのは、Sランクギルドハンターで、銀髪ショートカットのちんまい少女である。
しかし背丈は低いが自分の身長より巨大な大剣を軽々と扱う剣士で、ギルティン、リレイには一歩劣るがそれでも凄腕のハンターだ。
性格は大人しく控えめな大和撫子といった感じで、シンタローとしては妹のように可愛がっている。
少し背伸びをしたがる所なんかはとてもツボを抑えており、狙ってやってるのではないかと疑うくらい器量のいい娘である。
「うむ、珍しい鉱石を発見したから楽しみにしててください、とのことだ。俺にも教えてくれなくてなぁ」
「へえ? 3鉱石のひとつでもみつけたのかな?」
「あの辺は確かに珍しいが……あの様子だとちょっと違う気がするな。
まあ直ぐに帰ってくるだろうよ、楽しみに待ってりゃいいさ」
そういってギルティンはスペースバッグを担ぎ、会計を済ませると店から出て行った。
その夕陽になじむ後姿を眺めながら、仕事を終えた脱力感と共に溜息を吐く。
「珍しい鉱石……ねぇ。ま、楽しみにしておくかな。
……ってコラ! ドア直してけよッ! 何さわやかに立ち去ろうと……って聞こえてんだろ、なんか競歩くらいの速度になってんぞ!! 戻って来いハゲッ! オイィィィィィッ!!!」